第24話  魔の連休 奥の院

文字数 1,581文字

ざわざわと木々が揺れる石段を歩く。
ここは空気が違う。
理沙はそう思う。
石段を上り終えて平坦な場所に来た。森を抜ける。
目の前に大きな池が広がっていた。
神社への分かれ道を行く、あの池。あの遠千根池のはず。
だが、ここはそれと同じで有りながら、決定的に何かが違うと感じた。
空気が冷たくて重い。神社ではあんなに暖かかったのに。


池の中心に突き出た岩がある。その場所に真っ黒な社があった。理沙はその神社をじっと見る。
・・何で黒いの?
そう呟く。

びくりとする。
大きな武人が池の端に立っている。手には槍を持っている。
「あれは・・?」
「ああ。あれは『鬼門の守り』だ」
小夜子は言った。

「さて、東藤家。ここが奥の院だ」
理沙はきょろきょろと辺りを見渡す。
「寒い。・・・龍はどこにいるのかしら」
理沙は言った。

「東藤家、龍など、現実にいると思うのか?」
小夜子は言った。
「いる筈。ここにいる筈」
理沙は返した。

小夜子は薄く笑った。
「現実に龍などいない。だが、現実でない場所ならいるかも知れない。・・・東藤家。本当に龍に会いたいのか?」
「会いたい。一度見るだけでいい。そうしたら、私は兄に言う。ここは違うと。私の見立て違いだったと。」
理沙は言った。

「命の保証は出来ない」
小夜子は言った。
「あなたは龍を見たの?」
理沙は言った。
「そうだ」
「あなたは生きている。だから私も生きて戻る」
「融を解放しろ。もう猿芝居は終わりだ」
「分かっているわ。でも融さんも一緒に行くのよ。その約束よ」
理沙は融の手錠を外す。


「兄は明日来る。私がここを下見して、実は見立て違いだったと言えば、事無きを得るわ。もしも、明日に間に合わなくても、小夜子さんが家にいなければ何の交渉も出来ない。一緒に来る男は『西藤家』の者よ。彼は物事を暴力や脅しで解決する事を何とも思っていない。・・・兄もその男も自分勝手で冷酷な人間よ。」
理沙は言った。
「融さんが私と一緒に来ることを条件に、私はあなた達に手の内を見せた。だから絶対に一緒に行くのよ」


融は理沙を見る。次に小夜子を見る。そして森の向こうにある赤津の家を見る。
「ふう・・」
とため息を付くと、小夜子に言った。
「仕方がないな・・・。小夜子も行くのだから。史有と阿子を置いて。お前だけ行かせる訳にも行かない。俺が一人でのこのこ帰ったら、史有に何をやっているんだって怒られる。・・さっさと行ってさっさと帰って来よう。怜がいるから大丈夫だろう。」

小夜子は池を眺めて「多分な」と返した。

融はスマホと時計をお婆に預ける。
「史有に渡して置いて。もしも樹から連絡があったら、山に入っているからって、伝えてって。史有に。すぐに帰るからって伝えて置いてって」

理沙は驚く。
「樹さんの御主人って、あなただったの?」
「そう。・・・そうか。君は樹を知っているんだったね」
融は答える。
理沙は小さく息を吐いた。そして「佐伯さん・・辛いでしょうね」と呟いた。
融は黙って理沙を見る。


小夜子は言った。
「トヨ。暫く留守にする。阿子を宜しくと史有に伝えてくれ。すぐに帰って来る。これも想定内だから、心配するなと。伊刀と夜刀を連れて行く。薄羽様が来られないから。だからヨシと一緒に家の守りをしっかりとやってくれ」
「承りました」
お婆は頭を下げた。
「いざと言う時は殺せ」
小夜子は言った。
理沙はその言葉にぎょっとする。
「御意に御座りまする」
お婆は答える。

「ライターと綿は持って来ている」
小夜子は薄手のパーカーの下に付けた小さな防水バックを見せる。

「覚悟はいいか?」
小夜子は言った。
理沙はごくりと唾を飲む。そして頷く。
「温かい血を持つものは何一ついない世界だ。お前の能力は何の役にも立たない。・・・私の識は6年間もそこに閉じ込められていた。生身の体で行くのは、実は私も初めてだ。何が起きるか分からない。・・・夜刀。行くぞ。先導しろ」
小夜子は言った。

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