6-6:わかんない。うんこか赤ちゃん、どっちだろ。
文字数 3,263文字
「メインパーソナリティーは話題沸騰中のカリスマ占い師、僕様ちゃん。アシスタントは現役美人女子大生のMACOちゃんだぞい。よろしくな」
タイトルコールが終わったところで、ぼくは『揃ってポーズ』とカンペを見せる。
するとふたりは小首をかしげて「どうなってるの~☆」とカメラに向かってきゃぴきゃぴとアピールをした。
そのうちに「はーい、オッケーです」という言葉とともにカメラが止まり、肩にセーターをかけたコテコテの業界人スタイルのディレクターさんが近寄ってくる。
「はじめてなのにテレビ慣れしているねー。この調子でどんどん頼むよー。ねえ君、ほんと可愛いし今からグラドル目指してみない?」
「お、マジか」
「あー……違います。金髪ツインテじゃないほうの子」
「でもわたしカルト団体の教祖やってたんですけど、後々スキャンダルになりませんかねー」
「だいじょうぶだいじょうぶ。最近のアイドルわりとなんでもありだから」
嘘つけ。まことさんが冗談を言っていると思ってテキトーぶっこいているのではあるまいな、このおっさん。
などという正気とは思えない世間話に耳を傾けつつも、ぼくはローカルテレビ局のADらしく撮影機材のケーブルをぐるぐるとまとめあげる。
すると僕様ちゃん先生がすすっとそばによってきて、小声で囁きかけてきた。
(次はこの区画の責任者にインタビューだ。工場の敷地が広いせいかこの辺りは事前に得ていた情報と比べるとだいぶ警備が薄いな)
(でも奥の区画は関係者以外立ち入り禁止ですから、たぶん監視カメラとかありますよ。ヘタすりゃ企業スパイと誤解されかねませんし、バレたら完全にアウトですよね?)
(見つかったら最悪、新人のADがやらかしたってことにしてもらおう。見てのとおりローカル局の番組スタッフだからな、普段からめちゃくちゃ雑だし信じてもらえるだろ)
(しかしBANCY社もよく撮影の許可を出しましたねえ)
(そこらへんは僕様ちゃんのコネでちょちょいっとな。即席ででっちあげた架空の新番組であるし、最終的にはなんか問題があってお蔵入りさせるつもりだが……だからといって目的を果たす前に揉めるのはマズい。金輪際くんを見つけるまで、絶対に捕まらんようにしろ)
了解と無言でうなずくと、僕様ちゃん先生は親指をぐっと立てながら区画責任者のインタビューをするためにカメラの前に戻っていった。
とまあこんな感じでテレビのロケという偽装工作をして、ぼくらは現在BANCY社の工場内部に潜入したところである。
事前の打ち合わせだと途中で撮影からバックレて三人で金輪際先生を探しに行く予定なのだけど……工場の面々の視線がある中で、撮影から自然に抜けて個別行動をはじめるというのは思いのほか難しそうな雰囲気だ。
大丈夫かなと思って心配しながら見ていると、インタビューの撮影中、まことさんがいきなりしゃがみこんで、めちゃくちゃ苦しそうな声で手をあげた。
「……ごめん、めっちゃお腹痛い」
「もしかして産まれるのか。それとも普通にぽんぽん痛いだけか」
「わかんない。うんこか赤ちゃん、どっちだろ」
ディレクターさんが慌ててカメラを止める。
お腹がふくらんでいないのだから間違いなくうんこだろうと全員が気づいていたはずだけど、当のまことさんが真剣なせいで誰もツッコミを入れてこない。
あのふたり、いったいなにをするつもりなんだ……?
と困惑していたところで、僕様ちゃん先生がぼくのほうを見て言い放った。
「たぶんうんこだと思うが念のためだ。パパもついてこい」
「お願い、兎谷くん」
「ええと、わかりました。たぶんうんこだと思うから三人でトイレいきましょう」
周囲の面々の表情を見るかぎり『うんこなんだからひとりで行ってこいよ』と『あの子、こいつとデキてんのか』の半々という空気だったが、とりあえずぼくらが撮影の途中でトイレに向かうことを止める人間は誰もいなかった。
◇
「ちょっと無理あるかなと思ったけど、うまくいったわね」
「昨今はやれパワハラだのセクハラだのマタハラだのと世間もうるさいからのう。若い女子ふたりで真剣なんですよ! という感じでやっとけば、うかつに茶々を入れられぬであろ。周りにいたのほとんど野郎だしの」
「そうなのか……? ていうか若い女子ふたり……?」
「なんか言いたいことあるならぶん殴るぞ、兎谷」
ぼくは帽子の下にかぶった髪留めネットの位置を直しながら、ごまかすように苦笑いを浮かべる。
無事に撮影から抜けだせたので、今度はトイレでBANCY社の作業着に着替えたあと、工場のバイトとして奥の区画に進んでいくのである。
しかしそこでいくつか懸念事項があることに気づき、僕様ちゃん先生にたずねる。
「あれ? この状態で見つかったら、番組スタッフって言い逃れはできないですよね?」
「せやな。しかも変装用の作業着まで用意していたとなると計画的犯行だし、どうやってもムショに連行されるだろうよ。あるいはマジでBANCY社がヤバいことやっていたら内々に処理されるかもしれん。何度も言うが気をつけろ」
「いや、気をつけろと言われましても。僕様ちゃん先生のおかげで敷地内の地図も手に入れてありますけど、関係者以外立ち入り禁止の区画は載ってないですし……それに監視カメラとか警備員とかのセキュリティをどうやって突破するつもりなんです? クソ占い師と引きこもりのラノベ作家とカルト宗教の教祖さまのパーティーでOO7みたいなことをやるのはやはり無謀だったのでは」
「いよいよ作戦開始ってときにウダウダうるせえやつだなお前は。今回の潜入にあたって招集をかけたのはローカル局の撮影スタッフだけではない。鍛えあげられたプロフェッショナルもやってくるから問題ないはずだ」
「そんなに頼もしい味方が? 僕様ちゃんのコネってなんでもありですね」
「フフフ。残念ながら助っ人は僕様ちゃんたちの味方とは言えぬし、どちらかというとまこちゃんのコネかもしれん。あとは……わかるな?」
僕様ちゃん先生はそう言って意味深な笑みを浮かべる。
会話を聞いていたまことさんがはっとして、驚いたような声でこう言った。
「まさかクラスタの私設部隊を招集したの? でもどうやって――」
「あいつらに偽のリーク情報を流してやったのだよ。『ふたりはビオトープにてBANCY社の工作員に拉致された。そして金輪際くんとともに囚われている』とな。代表取締役の田崎氏もクラスタを抜けだすときに一悶着あったようだし、意外なほど簡単に信じてもらえたぞ」
「なるほど、敵の敵は味方ってわけですか。ぼくらを探しているときにそんな情報が降ってきたら、あいつらはネオノベルのときと同じように襲撃をかけるでしょうね。あとはそのXデーに合わせて計画を動かせば」
「混乱に乗じて立ち入り禁止区画に潜入できる、というわけだ。一歩間違えばBANCY社どころかクラスタにとっ捕まってしまう危険はあるが、軍事施設並に厳重なセキュリティ網をかいくぐるにはカルトの後先を考えないパワーが必要だろう。……さて、そろそろ時間かの」
僕様ちゃん先生がそう言った直後、工場全体にけたたましくサイレンが鳴り響く。
怖々としながらも工場の窓をのぞくと、バラバラバラというヘリの駆動音とともに空からなにかが降ってくるところだった。
同じように外の景色を眺めていたまことさんが、静かにこう呟いた。
「精鋭揃いの落下傘部隊を投入するなんて、評議会もいよいよ本気なのかしら。こうなってしまったらもう、死人が出ないことを祈るしかないわね」
精鋭揃いの落下傘部隊。死人って。
なにそれこわい。