7-1:文豪の声を聴け(1)
文字数 2,586文字
勢いに任せてろくに推敲せず全編を公開してしまったけど、誤字脱字の修正は明日にでもやればいいだろう。
「せめてもの供養にぼくなりの二次創作として書いてみたけど……内容が気に入らないからって化けて出てこないでくれよ、欧山概念」
実家のうす汚れた砂壁に向かってそう呟いたあと、百年前の文豪に敬意をこめて中指を立ててみる。
とはいえ、内容に納得しきれていないのはぼく自身だった。
時刻を見ると午後八時。
あと一時間かそこらで、夜勤バイトに行く準備をしなくてはならない。
その前に絶対小説の感想でもあれば、ぜひとも目をとおしておきたいところだ。
「すぐに反応をもらえるのがWeb小説の醍醐味だよな。必死こいて新シリーズを書いたのにほとんど感想すらないまま埋もれていった経験があるだけに、身にしみるね」
ところがしばらく待っても反響はなく、ぼくはブラウザを再読込しながら虚無感に苛まれる。
せっかく公開したのにPVがまわらない。自分の作品なんて誰も読んでいない。
そんな事実が可視化されてしまうところは、Web小説だからこそ味わうまた別の地獄である。
心がよどんでいくのを実感しつつSNSを開いてみると、今度は【十年ラノベ作家としてやってきたけど心を病んで筆を折った話】というタイトルのネット記事が流れてきて、追い打ちを食らってしまった。
似たような経験をしたのが自分だけではないことに安堵すべきか、それとも悲観するべきかすらもわからなくて、これからバイトに行かなくてはならないというのに心が折れそうになる。
どうしてまた、小説を書きはじめたのか。
なんでまだ、物語を紡ぐことをやめずにいるのか。
若かりしころの自分に銃で眉間を撃ち抜かれるという、倒錯しきった自慰行為を試みて――こうして現実に戻ってきたというのに、ぼくの心はいまだに迷い続けている。
実家に戻ってから早一年。
せっせと働きながらWebで執筆活動をはじめたものの……出版不況は悪化の一途をたどり、小説という媒体そのものが追い詰められつつある。
絶望と納得と諦観の中で筆を折った先人たちのように、すっぱりとやめることができたらどれほど楽になれるだろうか。
いっそバイトに行く途中で、トラックに轢かれてみようか。
行き着く先がたとえチートとハーレムに満ちた異世界でなくとも。
創作という名の苦しみからは、解放されるのだから。
しかし自暴自棄になったところで死ぬほどの勇気はなく。
ぼくはいたって普段どおりにバイトをこなし、やがて週末がおとずれる。
あれから数日を経たというのに、絶対小説のPVはろくにまわっちゃいない。
……読んだひとが少ないのならむしろ、一から書き直してみるべきだろうか。
すくなくとも、トラックに轢かれてみるよりかは建設的なアプローチのはずだ。
「もう一度、行ってみようかな」
欧山概念という作家を知った場所に。あの温泉地に。
絶対小説を書くにいたった出発点に戻ってみれば、なんらかのインスピレーションが得られるかもしれない。
この際だし、夢の中でめぐったところにも実際に足を運んでみよう。
ビオトープは現実に存在していないから、行けるのは埼玉の山間部くらいだけども。
プロの作家という肩書きを失ったとはいえ、小説を書くために取材をしてはいけないということはない。
たとえ君が隣にいなくても、ぼくはどこにだって行けるのだ。
◇
というわけで父のラクティスを借りて、ドライブがてら欧山概念ゆかりの温泉地へ向かう。
絶対小説の作中では所在をぼかしていたけど、目的地はずばり伊香保である。
群馬県内にある温泉地のうち、伊香保は草津などと比べると若干のマイナー感がある。しかし比較的アクセスしやすいこともあり、日帰り旅行にもってこいなのだ。
前橋市の町中を抜けて山のほうに向かうと道路の勾配が急になってきて、まいたけセンターやラブホテル、やたらと多い水沢うどんの看板が見えてくるともう伊香保。
周辺には県民にとっては遠足でおなじみのグリーン牧場、竹久夢二の美術館や記念館、おもちゃと人形自動車博物館などなど……温泉以外にも観光スポットが多数あり、楽しもうと思えばいくらでも楽しめる。
とはいえ今回は小説の取材が目的だ。
道すがら水沢観音にて書籍化の祈願と万葉歌碑を拝んだものの、あとは寄り道をせず記念館のある石段街方面へ向かう。
絶対小説の作中では困ったときに助けてくれる猫型ロボットみたいな占い師に連れてこられたけど、実際はNM文庫の鈴丘さんとケンカ別れする二週間ほど前、気分転換に小旅行したときに立ち寄っている。
ぼくは前に来たときと同じような道をたどり、夢の中でもそうであったように細い裏路地を抜けて、ひっそりと佇む記念館にやってきた……はずだった。
「あれ、道を間違えたのかな」
そこにあったのは、昭和レトロめいた喫茶店風のお店。
パッと見た感じでは築何十年という雰囲気が漂っているものの、近づいて眺めてみればそれなりに新しそうな建物だった。
スマホを開いて地図を確認すると場所は合っていて、ぼくは嫌な予感を覚えつつ店内に入ってみる。
出迎えてくれたのは、ビームスの店員のほうが似合いそうな小洒落たイケメンだった。
「すみません。欧山概念の記念館を見にきたんですけど……」
「あー、前はそんな感じの建物があったみたいっすね。なんでも老朽化がどうとかで」
取り壊されたあと、喫茶店ができたわけか。
一年前に足を運んだ時点でかなりやばそうな雰囲気だったし、なくなっている可能性も想定しておくべきだった。欧山概念の記念館が影もかたちもなくなっているという事実に、ぼくは少なからずショックを受けてしまう。
しかし今さら、どうしようもない。
……こうなったら欧山概念にゆかりのある場所がほかにないか、探してみるとしよう。
夢の中で泊まった旅館だって、まだ残っているはずだ。
そう考えたぼくは、そのまま伊香保をめぐることに決めた。