5-2:ともに帰りましょう。我らの故郷へ。

文字数 5,841文字

「突然のことに驚きになられるのはご無理もないでしょう。しかしどうか落ちついて我ら読者のささやかな言葉に、その尊き御耳を傾けていただければと思います。……申し遅れました、私は概念クラスタ評議会のひとり、金色夜叉(コンジキヤシャ)でございます」

 突如として部屋に現れた全身ゴールドの半裸おっさんは、恐怖のあまり悲鳴をあげたぼくを見て、やけに恐縮した態度で自己紹介をはじめた。
 奇妙な姿のわりに慇懃かつハキハキとした語り口で、大勢の聴衆の前に立って話すことに慣れた人間特有の落ちついた雰囲気をまとっている。

 ぼくは内心ビクビクとしながらも、冷静に対処しようと心に決めた。

「金色夜叉さんですか……。つかぬことをお伺いしますが、本名ではないですよね……?」
「いえ、戸籍上においても『田中 金色夜叉』でございます、尊師。といっても御察しのとおり、生まれながらにしてこの名であったわけではありません。クラスタへの貢献が認められ評議会の一員となりました折、崇高なる夢想に紡がれし金色夜叉なる魂を現世に顕すべく、このように改名したのでございます」

 このおっさん……日本語を話しているはずなのに、会話の内容がとにかく難解である。
 ツッコミどころは山ほど浮かんできたものの、
 
「あの、尊師というのは」 
「それは私の目の前にいらっしゃる貴方様のことでありますよ、尊師。現在クラスタに入信している読者のすべてが、崇高なる欧山概念大師(おうやまがいねんだいし)の御霊を継ぎし大作家様がご降臨された奇跡に敬服し、感激のあまり内なる魂を震わせているのでございます。ゆえにこのたびは金色夜叉が皆の代表として、兎谷三為尊師(うさぎだにみつなりそんし)様にご挨拶させていただいている次第でして」

 金色夜叉さんは早口でまくしたてたあと、ぼくに「失礼」と断りを入れてから唯一身につけている金色のビキニパンツをまさぐり、ペンタイプのポスターカラーを取りだした。
 彼はまるで一般的な礼儀作法に倣うかのようにごく自然な仕草で、汗によって流れ落ちた顔の塗料をリペアすると、再び完璧なゴールド人間となって話を続ける。

「ウーム……やはりと言うべきなのでしょうか、ずいぶんと困惑していらっしゃるご様子。僭越ながら我らクラスタの理念と活動内容について、尊師がどこまで把握していらっしゃるのか、おたずねさせていただいても宜しいでしょうか?」
「ええっと、欧山概念の作品をこよなく愛する読者の集まりで、彼の小説に登場する世界観やキャラクターを現実に再現することを主な活動内容としている団体だとか」
「さすがは尊師!! よくご存じでいらっしゃいますね!! ほかならぬ欧山大師の御霊を継ぎし貴方様に我らの活動をご認知していただき、私めはお恥ずかしながら熱情的波動(パトス)を抑えることができません」

 金色夜叉さんはぷるぷると震えて涙を流したあと、塗料の流れ落ちた目元にポスターカラーを塗りたくる。
 この時点でぼくは悲鳴をあげて逃げだしたい衝動に駆られたのだが……カルト施設のど真ん中に収容されている以上、おとなしくベッドのうえで彼の話を聞くほかなかった。

「欧山大師の愛用していた、あるいは大師にまつわる品々の収集や文化的保全、作品の素晴らしさを広く世に知らしめるべく地道な布教活動や、内容の理解をより深めるべく読者同士のシンポジウムなどなどほかにもございますが……やはり今しがた尊師自らがおっしゃった内容こそ、クラスタがもっとも誇るべき献身的な活動でありましょう。欧山大師の崇高なる夢想を現世に体現するべく、私ども敬虔なる読者は日々研鑽を積んでいるのでございます。たとえば、このように」

 金色夜叉さんは満面の笑みを浮かべて、両手を広げてみせる。
 相手はカルトの偉い人。
 今のところ友好的とはいえ、機嫌を損ねたらなにをされるかわかったものではない。
 ぼくは頭をフル回転させて、彼のよくわからない話の趣旨を理解しようと試みる。

「つまり……あなたが全身ゴールドなのは、欧山概念の作品に出てくるキャラのロールプレイ(なりきり)をしているから、という解釈でいいのでしょうか。その、ファン活動の一環として」
「ご理解が早くて助かります、尊師!! 貴方様のご察したとおり、私めの奇天烈な振る舞いはすべて、化生賛歌(けしょうさんか)に収録された短編、金色夜叉に登場する怪物を再現しているのでございます。おかげさまでクラスタの理念をあまりご存じのない方にはよく驚かれてしまうのですが、これもまた我らクラスタの行きすぎた愛ゆえの道化的振る舞いでございますゆえ、なにとぞご容赦のほどをお願いたく存じます」
「一応、ヤバいことやってる自覚はあるんですね……」

 思わず本音を漏らしてしまったぼくに対しても、金色夜叉さんはとくに機嫌を損ねた様子はなく、穏やかな笑みを浮かべたまま「お恥ずかしいかぎりで」と呟く。
 彼はそこで開きなおったのか、少々ぶっちゃけたトークをはじめる。

「かいつまんでご説明いたしますと……欧山的世界観を体現するという行為は、私めどもの間では『誰よりも作品を愛している』という自らの信仰心を示すポーズのようなものでございまして。その振る舞いが奇矯であればあるほど、再現度が高ければ高いほど、払った犠牲が大きければ大きいほど、クラスタ内での序列が高くなるのでございます」
「……もはや宗教的な苦行じゃないですか、それ」
「ええ、まさしく。ちなみに今演じております金色夜叉なるキャラクターは、さる農村で金色に輝く赤子として生まれ落ち、その奇天烈な姿ゆえ人々に疎まれた悲しき怪物でございます。ゆえにこの姿を見て悲鳴をあげたり怯えたりされるというのは実に作品再現度が高い、すなわち欧山的世界観を見事に体現したという評価になりまして、さきほど尊師自らがそうされた事実がクラスタ内に広まれば、私めの序列はさらに高まりましょう。ハハハ」
 
 ぼくはこめかみから響いてくる頭痛を手で抑えつつ、概念クラスタが独自に作りあげたローカルなルールを自分の中でかみ砕いていく。

 要するにコアなアイドルオタクが推しのグッズを大量に買い集めて別のオタクにアピールするような――フリークがフリークにマウントを取るために行うフリークな行為がエスカレートした結果、カルトきわまりない集団ができあがってしまった、ということなのだろう。

 ネオノベルのときとは違い、相手がフリークであることに自覚的な人間だからだろうか。胸襟を開いて話をしてみると、奇天烈な振る舞いの意図がすぐに理解できてしまった。
 しかし自覚的であろうとなかろうと頭のねじが飛んでいる事実に変わりはないし、ぼくは一刻も早くこの場から逃げだしたい。

「クラスタがどういった団体なのかは理解できました。それはそうとして……ぼくは今のところ、どういった状況に置かれているのでしょう? ネオノベルに拉致されていたところを救出してもらったうえ、こうして施設にて療養させていただいたことには大変感謝しているのですけど、個人的には早いところマンションに戻って、自分の仕事を進めたいというか」
「尊師のご希望とするところは重々承知しておりますゆえ、ご安心ください。概念クラスタは献身的に貴方様の創作活動を応援させていただきます」

 ぼくはその言葉を聞いて、心の底から安堵する。
 創作活動を応援してくれるということは、体調が回復したあとは普通に解放してもらえるのだろう。全身ゴールドなわりに思いのほか良心的な人で助かった。
 すると金色夜叉さんは満面の笑みを浮かべたまま、

「偉大なる欧山大師が遺した御霊稿、すなわち絶対小説なる作品の超然たる力については、評議会でも長らく議論がなされていたのですが、よもや原稿そのものがほかならぬ大師の御霊が別の形態をまとったものであり、文才の継承とともに現世から消失してしまう代物であったとは、クラスタ一同にとっても驚くべき事実でありました」
「はあ……。ぼくとしても驚きでしたよ、まったく」

 だって口から出任せなのだし。
 むしろ金色夜叉さんが件の与太話をなんの抵抗なく受け入れていることに、今さらながら驚いてしまうほどだ。
 たぶんまだ、ぼくの作品を読んでいないのだろう。でなければ、こうも素直に信じてくれるはずがない。

 ネオノベルに囚われていたときは切羽詰まっていたから押し通そうとしたけど、やはり冷静になって考えると、あの与太話はかなり無理がある。
 実際、グッドレビュアーはぼくの肉体に欧山概念の魂が憑依しているという話に、最後まで懐疑的だった。
 クラスタの代表者だけはどういうわけか認めてくれたが、あれとて未来ある作家が理不尽に潰されようとしていることに、義憤を覚えた結果だと考えたほうが自然だろう。

 偽勇者の再生譚(リバイバリー)はどう読んだところでラノベであり、彼らが愛してやまない化生賛歌とは似ても似つかない。
 最高傑作だと自負しているとはいえ……いや、だからこそ、あの小説は欧山の文才を得たからではなく、あくまでぼく自身の力で紡がれた作品だと、本来であればそう判断されてしかるべきなのだ。

 ところが、

「実は私もさきほど、尊師が紡がれた夢想をご拝読させていただきました。いやはや、生きているうちにかのような絶対的な傑作に再び巡り会えるとはと、自らの幸運を噛みしめた次第でございます」
「え……? 読んだのですか? ぼくの作品を?」
「もちろんですとも!! クラスタの代表者より直々に印刷されし御霊稿にて、しばしその素晴らしき作品世界に浸らせていただきました。やはり貴方様こそ真ある御霊の継承者であると、私めも思わず膝を叩いて感服いたった次第でございます」 

 ぼくは驚きのあまり、とっさに謙遜の言葉が出てこなかった。
 金色夜叉さんは偽勇者の再生譚を読んだうえで――クラスタの代表者がネオノベルのオフィスでそう認めたように――あのファンタジーラノベが欧山概念に匹敵しうる内容だと、というより彼が書いたような作品だと、そう評価しているというのだ。

 うかつに語るとボロが出そうで怖かったが、ぼくは思わず、

「でもあれってけっこう、ラノベラノベしてませんか? 中高生向けに書いたものですから、もしかすると化生賛歌のような難解な作品を好む読者の皆さんにはご満足いただけないのではないかという不安もあったのですが……」
「いえいえいえ! いーえいえいえいえ! 偽勇者の再生譚はまさしく現代に蘇りし欧山概念の作品だと、誰もが評価すべき内容でしょう!!」

 ええ……。なんだこれ……。
 酷評されるのも辛いが、ここまで全力でヨイショされるとそれはそれで戸惑ってしまう。
 しかし金色夜叉さんは、金色の顔にくっついた黒目を爛々と輝かせながら、

「もちろん、化生賛歌とは雰囲気が異なる内容であるのも事実でしょう。しかしながら中世ヨーロッパ風の世界観の随所に欧山的なエッセンスが含まれており、さらには現代的なアレンジがなされ、全体的な筋書きはエンターテイメント精神をふんだんに盛り込みつつもときに思慮深く情緒的で、嗚呼……言うなればポスト欧山概念的ライトノベルだと、もし彼が現代に生きていたらこのような快活な幻想小説を書いたであろうというのが、クラスタ評議会の一致した見解でございます」
「ポ、ポスト欧山概念的ライトノベルですか……」
「左様でございます、尊師。あれほどまでに欧山的な作品を生みだすことが出来うるのは、貴方様の身のうちに大師の御霊が宿っているからこそでありましょう。ゆえに何度も申しあげますが、クラスタはニューウェーブ欧山概念的ライトノベル作家である兎谷三為尊師と専属契約を結び、その創作活動のすべてを独占することに決めたわけであります」
「ニューウェーブって……さっきと言っていることが違うような」

 このおっさん、適当なことを言っているのではなかろうか。
 しかし作品がベタ褒めされるのは悪い気がしないものの、こうも欧山欧山と引き合いに出されると、なんだか釈然としないものがある。

 やはり偽勇者の再生譚はぼく自身の小説として素直に評価してもらいたいところだし、金色夜叉さんの熱弁はどうも先走りすぎというか、実際の内容についてではなく『絶対小説の力を得た人間が書いた』というイメージが、一人歩きしている印象すら受ける。
 こうなってくると与太話で騙くらかしていた事実がバレたときの反動も怖いし、ボロが出る前にこの施設から出ていったほうが賢明だろう。

 そう思い今一度、早く帰りたいという旨を伝えようと口を開きかけたとき――ぼくはふと彼の言葉に違和感を覚え、眉をひそめて聞き返した。

「クラスタと専属契約……? 独占……?」
「それがどうかいたしましたか、尊師。さきほどご説明させていただきましたように、私どもクラスタは欧山概念大師が生前に愛用していた品々を文化的に保全する活動などもしております。本来であればほかならぬ大師の魂を宿した御霊稿もそのひとつに含まれるわけでございますが、貴方様の御身に憑依――すなわち尊師ご自身が絶対小説ということになりますと、さすがに資産として扱うわけにはまいりません。そのため作家として専属契約を交わし、今後はクラスタの全面的バックアップのもと、私どもが運営しております施設にて、ご自身の創作活動に励んでいただければと思います」 
「ちょっ……!? 待ってください!! ぼくを帰してくれるのでは……?」
「はい、ともに帰りましょう。我らの故郷(ビオトープ)へ」

 ビオトープ。
 その単語を聞いたぼくは、ネットで見たニュース記事のことを思いだす。
 概念クラスタは都内の孤島を買い取り、その全土を使って欧山作品の世界観を再現するための大型施設を作りあげた。しかしながら一般公開はされておらず、その実態は多額の資産を用いて築いたカルトの総本山。それがビオトープである。
 
 結局ぼくは解放されないどころか、カルト集団に軟禁される運命らしい。
 場所が絶海の孤島であるぶん、ネオノベルのときより状況が悪化しているような……。
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登場人物紹介

兎谷三為


売れない新人ラノベ作家。手にしたものに文才が宿る魔術的な原稿【絶対小説】を読んだことで、百年前の文豪にまつわる奇妙な冒険に巻き込まれる。童貞。

まこと


オカルト&文芸マニアの美人女子大生。金輪際先生の妹。

紛失した絶対小説の原稿を探すべく、兎谷と協力する。

欧山概念


百年前に夭折した文豪。

未完の長編【絶対小説】の直筆原稿は、手にしたものに比類なき文才を与えるジンクスがある。

金輪際先生


兎谷がデビューしたNM文庫の看板作家。

面倒見はいいものの、揉め事を引き起こす厄介な先輩。

僕様ちゃん先生


売れっ子占い師。紛失した絶対小説の行方を探すために協力してくれる。

イタコ霊媒師としての能力を持つスピリチュアル系の専門家。アラサー。

河童


サイタマに生息する妖怪。

肉食植物である【木霊】との過酷な生存競争に明け暮れている。

グッドレビュアー


ベストセラーのためなら作家の拉致監禁、拷問すら辞さない地雷レーベル【ネオノベル】の編集長。

裏社会の連中とも繋がりがあるという闇の出版業界人。

田崎源一郎


IT企業【BANCY社】の代表取締役。

事業の一環として自社のAIに小説を書かせている。


田中金色夜叉


欧山概念を崇拝するあまりカルト宗教化した読者サークル【概念クラスタ】の幹部。

欧山の作品に登場した妖怪になりきるために全身をゴールドのポスターカラーで塗りたくっている。

川太郎


欧山概念の小説【真実の川】に登場する少年。

赤子のころに川から流れてきた孤児であるため、己が河童だと信じている。

リュウジ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】の主人公。

最強の思念外骨格グラフニールに搭乗し、外宇宙の侵略者たちと戦っている。

ミユキ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】のヒロイン。

事故で死んだリュウジの幼馴染。

外宇宙では生存しており、侵略者として彼の前に現れる。

ライル


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の主人公。

勇者の生まれ変わりとして育てられたが、のちに偽物だと判明する。

マナカン


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】のヒロイン。

四天王ガルディオスとの戦いで死んだライルを蘇らせたエルフの聖女。

真の勇者ユリウスの魂を目覚めさせるために仲間となる。



聖騎士クロフォード


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の登場人物。

ライルの師とも呼べる存在。

ガルディオス戦で死亡し、魔王軍に使役されるアンデッドになってしまう。

お佐和


欧山概念の小説【在る女の作品】に登場する少女。

病弱ゆえ外に出ることができず、絵を描くことで気分をまぎらわせている。

やがて天才画家として評価されるが、創作に没頭するあまり命を削り息絶えてしまう。

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