4-2:ぼくが神さまだったら、室町時代あたりで投げてますよ。
文字数 6,042文字
ぼくはすぐさま荷物をまとめると、僕様ちゃんとともにマンションを出た。すると彼女はスタスタとどこかに歩きはじめたので、慌ててその背中を追いかける。
「……警察に相談するのはダメなんですか? あるいはネオノベルのひとにぼくが原稿を持ってないことを説明してみるとか」
「それでどうにかなるようなら、最初からそうしとるわ。警察内部にも闇の出版業界人の仲間は潜んでおるから、ヘタに相談すると逆効果になるぞ」
自分の店を燃やされた人間の言葉だけに、いやに説得力があった。
僕様ちゃんは呆れたようにぼくの顔を一瞥し、
「やつらは戦後まもないころから、出版業界に巣くう
「ええ……。めちゃくちゃ容赦ないですね……」
「最初からそう言っておるじゃろうが。仮に原稿が手元にないと理解してもらえたとしても、そのときはすでに非人道的な拷問を受けたあと。お前の精神はズタボロに崩壊し、作家としての未来は永遠に断たれておるであろう」
……聞けば聞くほど、恐ろしい話である。
ぼくを脅かそうと、大げさに言っているのだろうか。
しかし僕様ちゃんの顔にも恐怖がにじんでいるのを見て、これはマジかもしれないと思い直す。
いよいよ危機感が芽ばえてきたところで、ぼくの脳裏にふたつの顔がよぎった。
「狙われている理由が絶対小説がらみなら、
「まこちゃんは大丈夫だな。あの子の実家もヤバいから、ヘタに手を出すと戦争じゃ」
できれば知りたくなかった情報がぶちこまれて、ぼくは内心ショックを受けてしまう。
……まことさんて仁義なき家系だったのか。
温厚そうに見えて破天荒なところが、わりとイメージにマッチしているから困る。
「しかし金輪際くんのほうはあかんな。失踪癖があるとはいえ、このタイミングで音信不通になるのはよろしくない。ネオノベルらしき連中につきまとわれていたという噂もあるし、ヘタすると拉致されたか、あるいはもはや――手遅れやもしれぬ」
「いやいやいやいや、やめてくださいよ! 縁起でもない!!」
ぼくは冷や汗を垂らして否定する。
彼が失踪しているのは事実なので、本気でシャレになっていない。
すると僕様ちゃん先生はニッカリと笑みを浮かべ、
「ま、あのおっさんは大丈夫であろ。おおかた狙われているのを事前に察知して、自ら行方をくらませたのではなかろうか。なにせお前を囮に使うくらいだしのう」
「はあ……。それならいいのですけど」
安心してそう言ったところで、ぼくはひとつ引っかかりを覚えた。
「ぼくを囮……?」
「あ、うっかり口をすべらせてしまったな。ハハハ」
「説明してください」
「実のところ、ほかでもない金輪際くんが『
そういえば以前は担当の鈴丘さんと話をするたび、絶対小説のことで文句を言われたのに、近ごろはまったく触れられなくなっていた。
……金輪際先生がぼくのために、原稿の件を水に流してくれたのだろうか。
いや、実際はたぶん、
「雲行きが怪しくなってきたから、ぼくに厄介ごとをなすりつけてバックレたと」
「うむ。あいつマジ最悪よな」
毎度毎度、どうしてこうも金輪際先生に振り回されてしまうのか。
僕様ちゃん先生も「まったく……」と困りはてたように吐き捨ててから、
「おかげでお前から依頼を受けて、色々と調べていた僕様ちゃんもとばっちりだ。金輪際くんの仲間だと思われたようでのう。もはや八方塞がりであるし、一旦逃げるほかあるまい」
「逃げるって、どこにですか?」
ぼくが足をとめてたずねると、彼女は駅のあるほうを指さした。
「
「なるほど。絶対小説の現物を渡せば、ネオノベルの連中も満足するわけですからね」
「うむ。やつらのいいように使われるのはシャクだがの」
しかし……作家ゆかりの地とはいえ、原稿の在処と繋がりがあるとはかぎらない。
だというのに彼女は、温泉地に行けば手がかりがつかめる、とでも言いたげな雰囲気だ。
ぼくが首をかしげていると、
「かの温泉地はよほど思い入れのあった場所であろうし、欧山概念の残留思念がとどまっておるやもしれぬ」
「残……? 今なんと?」
「だから僕様ちゃんのイタコ術を使って、彼の霊を呼びだしてみるのじゃ」
イタコ。
ひさびさに聞いたな、その単語。
そういえば彼女は占い師、いわばオカルトの専門家なのだ。だからうさんくさいスピリチュアルな手段を使うというのは、冗談ではなく本気なのだろう。
困ったな。うまくいきそうな気がまったくしないぞ……。
◇
ともあれ今は、僕様ちゃん先生のほかに頼る相手はいない。
というわけで目的地をめざして、電車で移動する。
平日の昼間。乗客がまばらな車内から、ぼんやりと外の景色を眺めていると、夏の終わり頃にまことさんと取材に行ったときのことを思いだす。
思えばあのときも、欧山概念ゆかりの地へおもむいたのだった。
しかし今回の旅のおともは僕様ちゃん先生なので、いまいち心がおどらない。
よくよく眺めてみれば美人といえなくもないだが、性格がクソすぎるので台無しである。
「……なんだ、じろじろ見て」
「いえいえいえ。そういえば件の温泉地って群馬なんですね。めっちゃ地元ですよ」
「お前の個人情報なんぞどうでもええわ。どうせならもっと面白い話をしろ、ラノベ作家」
そう言って僕様ちゃん先生は、座席で足をプラプラさせる。
見たところ二十代後半から三十代前半くらいなのに、仕草がやたらと子どもっぽい。
ぼくは彼女の相手をするのが早くも面倒くさくなってきて、
「すみませんね、ラノベ作家もけっこう忙しいんですよ。問題がかたづくまで自宅にいないわけですから、念のためその旨を担当さんに伝えておかなくては」
ぼくはそう言いつつ、鈴丘さん宛にメールを送る。
『執筆に専念するため、しばらく温泉地に滞在します。諸事情でバタバタしているので急な連絡に対応できないかもしれませんが、締め切りには間に合わせますので』
こんなところで大丈夫だろうか。
スマホから目を離すと、隣でじっと見ていた僕様ちゃんが、
「そういえばお前、どんな新作を書くのだ」
「……え、気になりますか?」
「どうしてもというのなら、時間つぶしに聞いてやるぞ。編集者ではない、一読者の忌憚なき意見というのも参考になるじゃろ」
「そうですね。じゃあせっかくですから、かいつまんで話しましょう」
というわけで目的地に着くまでの道すがら、これから書く予定の新シリーズのあらすじを語ることにする。
その名も――偽勇者の
ぼくがタイトルを告げたところ、僕様ちゃん先生は「ほう」と呟いたあと、
「いかにもラノベという感じだな。タイトルから察するにファンタジーか」
「なにせ流行のジャンルですからね。……舞台はベタに中世ヨーロッパ風の異世界。主人公の少年ライルは勇者の生まれ変わりでして、国王より聖剣エウレーカを託され、三百年ぶりに復活した魔王を倒すべく冒険の旅に出かけます」
「ちょい待て。設定にヒネりがなさすぎでは」
「まあ続きを聞いてくださいよ。オリジナリティがあるから企画は通ったわけですし」
「言われてみればそうじゃな。口を挟んですまなんだ」
僕様ちゃん先生がわりと素直に謝ってきたので、ぼくはつい笑ってしまう。
実際ここから徐々に王道路線から外れていくわけだが――はたして彼女の評価はいかに。
「勇者が旅に出るといっても、この世界の人間たちは魔王が復活するまでぼーっとしていたわけではないんです。なにせ三百年あったのですから入念に準備を重ねていて、パーティーの仲間たちは選びに選び抜かれた精鋭で、道中の魔物もあらかじめ討伐されたあと。だからとくに困難もなく、どんどん先に進んでいきます」
「実戦を経験しないまま魔王と戦って大丈夫なのか。だってレベル1のままじゃろ、勇者」
またもや話の途中で、ツッコミを入れてくる僕様ちゃん。
とはいえ読者の心の動きがわかるから、ある意味よい参考になるとも言えよう。
「もちろん、主人公のライルも不安に思います。しかし聖剣エウレーカを持って戦えば、すぐに勇者の力に目覚めるから大丈夫、と仲間に言われてしまうわけで」
「ふーむ、都合がよすぎて逆に不穏だのう」
「で、なんのかんのあってライルたちはいよいよ四天王のひとり、宵闇のガルディオスと戦うことになります」
「いかにも強そうな名前じゃの。全滅するのか、全滅するんだろ」
「……あの、いちいち先の展開を読もうとしないでくださいよ」
「おっとすまぬ。ついクセで」
まったく、厄介な読者サマである。
ぼくは気を取り直して、あらすじの続きを語った。
「ガルディオスは四天王の中で最弱。だからライルたちは苦戦することなく、相手を倒せるはず。ところが……こちらの攻撃はまったく通用せず、精鋭揃いだった仲間たちは次々と敗れていきます。ライルは一縷の望みをかけて聖剣エウレーカを振るうものの、その一撃はガルディオスにたやすく受けとめられてしまいました」
「……おかしな話じゃな。聖剣を持てば、勇者の力に目覚めるのではなかったのか?」
「本来であれば、そうなりますね。でもライルは、勇者の生まれ変わりではないので」
僕様ちゃん先生はわかりやすく、首をかしげてみせる。
反応がおおげさなので、なんだか子どもに話を聞かせているような気分になってきた。
「実は人間たちと同じように、敵のほうも魔王復活に向けて入念に下準備をしていたんですよ。勇者の生まれ変わりがこの世に現れたばかりのころ、密かに平民の赤子とすり替えておいた。つまりライルは――」
「偽物だった、というわけか」
ぼくは彼女の言葉にうなずいてみせる。
ここで『偽勇者』というタイトルの意味が回収されるのだ。
「しかも勇者の生まれ変わりだったはずの少年ユリウスは、今や魂を失った抜け殻の状態。いずれはその肉体に、復活した魔王が宿ることになります。すると唯一魔王を倒すことのできる聖剣の力を、ほかでもない魔王が手にする、という絶望的な状況になりまして」
「……なかなかに容赦がない展開じゃな。それでライルはどうなるのだ」
「僕様ちゃん先生の予想どおり、ガルディオスに殺されます。これにて勇者たちは全滅。人間たちの未来は、もはや闇に閉ざされる運命となってしまいました……とさ」
ぼくがそこで話を区切ると、僕様ちゃん先生は「ふーむ」と呟く。
そして頬をゆるませながら、こんな感想を呟く。
「王道の邪道という感じで、ツカミとしちゃ悪くないかもしれん。むろん敵にやられたまま終わり、というわけではなかろうな」
「そりゃもちろん。むしろここからが物語のスタートラインですから。いわば今までのあらすじは長めのプロローグといったところでしょうね」
「けっこうけっこう。目的地に着くまで時間はある。もったいぶらずに最後まで話せ」
この反応からすると、ひとまず序盤の展開は満足していただけたのだろうか。
ぼくは内心でガッツポーズを決めたあと、彼女に物語の続きを語ることにした。
◇
「……だからな、シーフのクレアは性別を男に変えたほうがいいと思うのじゃ。ライルはなにもできずに仲間を失ったことで、深いトラウマを抱えているのだ。彼と信頼関係を結ぼうとする親友キャラは、同性のほうが自然では?」
「でもこれ、ハーレム寄りのラノベですから。だから基本的に全滅したあとで加入するメンバーはみんな女の子ですよ。金髪の清楚おっぱいエルフ聖女、黒髪ショートのクール盗賊、あと赤髪のやんちゃ半竜ガールてな具合に」
「カーッ! これだからラノベは! もっと男キャラを出せ! じゃないとアレコレ妄想できぬであろうが!!」
「それはそれで、別のジャンルになってしまう気が……」
電車を降りて、温泉地最寄りのS駅にてバスを待つ間。
ぼくは『偽勇者の再生譚』の内容について、僕様ちゃん先生からのアドバイス? というかほぼ個人的な要望に耳を傾けていた。
彼女が自販機で買ったコーヒーを片手に熱心に語るものだから、ぼくはにやけ面で、
「でも、気にいっていただけたのならよかったです。僕様ちゃん先生の反応を見るかぎり手応えは感じたので、これからさらに面白くなるよう努力してみますよ」
「ま、あえて否定はすまい。お前の新シリーズが無事に刊行できるよう、僕様ちゃんが一肌脱いでやろう。なにせネオノベルの連中に捕まったら、構想だけで終わってしまうやもしれぬからのう」
「あはは……。ぼくも早いとこ執筆に集中したいですよ」
なんて話していたところで、目的地に向かうバスが到着する。
僕様ちゃん先生は缶コーヒーをゴミ箱にポイと投げ捨てると、ぼくにこう言った。
「思い描いた物語を、小説にせぬのはもったいない。いわば新たな世界を想像し、無数の命を生みだす行為なのだからな。……たとえばもしこの世界の神さまが、人間を作るのを途中でやめていたら、僕様ちゃんたちは存在しないことになるであろう?」
「そりゃまたずいぶんとスケールの大きな物語ですし、エタらなかったのはほとんど奇跡でしょうね。ぼくが神さまだったら、室町時代あたりで投げてますよ」
彼女は「ハハハ」と大きな声で笑ったあと、自分のボストンバッグをひょいと担いでバスにのりこんでいく。
その背中を追いかけながら、ぼくは小声で呟いた。
「……なんだかんだでいいひとじゃないですか、僕様ちゃん先生」
「バカめ。今さら気づいたのか」
げ、かなりの地獄耳。
でもまあ、イメージどおりといえば、そのとおりかもしれない。
うかつに陰口を叩かぬよう気をつけよう。
ぼくはそう思いつつ、世話好きな占いガールとともに、逃避行めいた旅を続ける。