5-5:ビオトープにようこそ

エピソード文字数 2,686文字

 翌日。ぼくはジェット機に乗って、ビオトープに向かう。
 絶海の孤島に築かれたクラスタの総本山、いわばカルト集団のど真ん中。
 そんなところに軟禁されるわけだから、先行きに不安がないと言えば嘘になる。
 しかしこれまでに幾度となく常軌を逸した出来事に巻き込まれてきたからか――不思議と気分は落ちついていて、もはやなるようにしかなるまいと、諦観にも似た覚悟が決まっていた。
 どうせロクでもないことが起こるのだから、そのときにまた悩めばいい。

 それよりも朝早くから起こされて引っ越しの準備をさせられたので、油断すると機内で眠りこけてしまいそうだ。
 もちろん目的地に着くまで休んでいてもよいのだけど、できれば今のうちに昨日観たショートムービーに添えるコメントを考えておきたい。カルト製作のプロモーションフィルム、しかもボランティアに近い仕事とはいえ……思いのほか内容がよかったので、余韻が残っているうちに書いてしまったほうがいいはずだ。

 というわけでクラスタから支給された執筆用のポメラを開いてみるものの、なにせコメントの依頼というのは初めての仕事だ。なかなかいいフレーズが出てこない。
 ぼくがうんうんと頭を悩ませていると、隣の席に座る金色夜叉(コンジキヤシャ)さんが話しかけてくる。

「尊師がそうやって真摯にコメントを考えてくださるだけでも、製作スタッフの苦労は報われるというもの。こう言ってしまうと角が立ちますが、視聴前のご様子だとあまり期待しておられなかったようですから、彼らも貴方様に一矢報いることができたわけですな」
「う……態度に出ていたのだとしたら、それは素直にすまぬと詫びよう。しかし実際、ひとりの作家として参考にすべき点はいくつもあった。欧山概念の原作をただ忠実に再現するのではなく、今の若者にも伝わるよう随所にアレンジが加えられてあったし、ショートムービーという尺の短さを考慮して、少女の独白に振り切った構成にしたのも英断だったと思う。おかげですんなりと感情移入できたからな」
「実を言うとシナリオや演出にかんしては、原作至上主義派と再解釈派に別れて相当に揉めたのですが、尊師のお言葉を聞くかぎり、今のかたちにして正解だったようですな」
「そうだったのか……。まあ『在る女の作品』って欧山の短編でもとくに人気が高いらしいからな、映像化にあたって色々あったというのも理解はできるぞ」

 なにせ主人公のモデルは、彼の代理人であり恋人でもある美代子。
 江戸後期、浮き世絵師の少女が闘病の末に事切れた瞬間、その身体は作品の中に呑みこまれていき、真の救済にいたる。
 生と死、そして現実と虚構の狭間が曖昧になっていく結末は、いわゆるクラスタが言うところの欧山概念(おうやまがいねん)的世界観に満ち満ちた作品なのだ。

 一方のショートムービーでは時代が現代に近く、主人公のお佐和(さわ)も妙齢の女性から幼い少女に変わっている。
 ラストも原作では作品を描きあげた直後に絶命するのだが、そこも制作途中に血を吐きつつも筆を取ろうとする姿、というようにアレンジがなされていた。

 しかしフィルムの後半、十歳くらいにしか見えない子役の少女が血を吐きながら手を伸ばし、描きかけのカンバスに引き込まれていく――あの迫真の演技と映像の美しさを見れば、原作者の欧山概念ですら感嘆の息を漏らし、手を叩いて降参を認めるはずだ。
 と、そこまで考えたあと、今の内容をそのまま書いてしまえばいいことに気づく。ぼくはさっそく文字を打ちこみ、完成したコメントを金色夜叉さんに渡した。

「おお……なんというありがたいお言葉。欧山大師の魂を継承せし尊師がこれほどの賛辞を送ったとなれば、周囲の反対を押しきってシナリオに変更を加えた監督の美代子さまもきっとお喜びになられるでしょう」

 彼はそう言ったあとで感極まったのか、メタリック粒子の入り交じった涙をほろりとこぼす。ぼくは大げさだなあとその反応に呆れ笑いを浮かべたものの、ふと疑問を覚えて、

「美代子さま……? 監督の……?」
「はい。企画立案からシナリオに監督、あのショートムービーの制作を陣頭指揮なさったのはクラスタの代表者であらせられる、美代子さまご本人なのでございます」

 クラスタの代表者。ということはネオノベルに囚われていたとき、僕様ちゃんのイタコ術で彼女の身体に憑依して、ぼくたちを救ってくれた人物だ。
 そして欧山概念の代理人である『美代子』と、まったく同じ名前。
 まさか彼女が生きていた……? 
 いや、そんなわけがない。ぼくはクラスタの理念を思いだし、こう問いかけた。

「つまりその人は……欧山作品に登場するキャラクターではなく、現実に存在した彼の代理人の役を演じているというわけのか? いわゆる、なりきりコスプレとして」
「ええ、お察しのとおり。彼女は尊師と同じくクラスタにおける宗教的なシンボルであり、我らの代表者というだけでなく巫女としての役割も担っているのでございます」

 言葉の意味がよくわからず、ぼくは眉間にしわを寄せて首をかしげる。
 金色夜叉さんはまばゆい顔面をくしゃくしゃに歪めて、得意げにこう答えた。

「おわかりになられないのですか? 欧山大師の才能を見いだし、世界的な文豪に押し上げた立役者こそが、ほかでもない美代子さまなのです。ゆえに彼女の遺志を継ぎしクラスタの美代子さまも、同じような役目を背負っているのでございます。新たな欧山概念――すなわち今私の目の前にいる貴方様のような才能を、この広い世界から見つけだすという」

 彼がなにを言っているのか、今度は理解できた。
 そして絶海の孤島にて待っているという、概念クラスタの代表者の人物像についても、なんとなく察することができた。


 ◇


 やがてジェット機は目的地にたどり着き、ぼくは潮風の吹きつけるエアポートに降り立つ。 遠くから到着を待ちかねていたかのように手を振ってくる、着物姿の人物が見えた。

 カルトの総本山に知り合いなんていない。いてたまるものか。
 だけどぼくの足は彼女のもとに進み、ごく自然に久方ぶりの挨拶を交わす。

「やあ。もしかしたらと思っていたけど、やっぱり君だったんだな」
「ビオトープにようこそ、兎谷(うさぎだに)くん」

 まことさん、あるいはマクガフィン先生――そして今ではクラスタの代表者である美代子さんは、以前に会ったときと変わらぬ、見惚れるような笑顔を浮かべていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

兎谷三為


売れない新人ラノベ作家。手にしたものに文才が宿る魔術的な原稿【絶対小説】を読んだことで、百年前の文豪にまつわる奇妙な冒険に巻き込まれる。童貞。

まこと


オカルト&文芸マニアの美人女子大生。金輪際先生の妹。

紛失した絶対小説の原稿を探すべく、兎谷と協力する。

欧山概念


百年前に夭折した文豪。

未完の長編【絶対小説】の直筆原稿は、手にしたものに比類なき文才を与えるジンクスがある。

金輪際先生


兎谷がデビューしたNM文庫の看板作家。

面倒見はいいものの、揉め事を引き起こす厄介な先輩。

僕様ちゃん先生


売れっ子占い師。紛失した絶対小説の行方を探すために協力してくれる。

イタコ霊媒師としての能力を持つスピリチュアル系の専門家。アラサー。

河童


サイタマに生息する妖怪。

肉食植物である【木霊】との過酷な生存競争に明け暮れている。

グッドレビュアー


ベストセラーのためなら作家の拉致監禁、拷問すら辞さない地雷レーベル【ネオノベル】の編集長。

裏社会の連中とも繋がりがあるという闇の出版業界人。

田崎源一郎


IT企業【BANCY社】の代表取締役。

事業の一環として自社のAIに小説を書かせている。


田中金色夜叉


欧山概念を崇拝するあまりカルト宗教化した読者サークル【概念クラスタ】の幹部。

欧山の作品に登場した妖怪になりきるために全身をゴールドのポスターカラーで塗りたくっている。

川太郎


欧山概念の小説【真実の川】に登場する少年。

赤子のころに川から流れてきた孤児であるため、己が河童だと信じている。

リュウジ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】の主人公。

最強の思念外骨格グラフニールに搭乗し、外宇宙の侵略者たちと戦っている。

ミユキ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】のヒロイン。

事故で死んだリュウジの幼馴染。

外宇宙では生存しており、侵略者として彼の前に現れる。

ライル


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の主人公。

勇者の生まれ変わりとして育てられたが、のちに偽物だと判明する。

マナカン


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】のヒロイン。

四天王ガルディオスとの戦いで死んだライルを蘇らせたエルフの聖女。

真の勇者ユリウスの魂を目覚めさせるために仲間となる。



聖騎士クロフォード


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の登場人物。

ライルの師とも呼べる存在。

ガルディオス戦で死亡し、魔王軍に使役されるアンデッドになってしまう。

お佐和


欧山概念の小説【在る女の作品】に登場する少女。

病弱ゆえ外に出ることができず、絵を描くことで気分をまぎらわせている。

やがて天才画家として評価されるが、創作に没頭するあまり命を削り息絶えてしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み