4-3:クソラノベ作家に姉さんと呼ばれるのは寒気がするな。
文字数 4,339文字
「温泉につかってもよいが、まだ早い時間ではあるし周囲を散策するとするか。そしたらまた宿に戻って、晩メシ食って温泉に入る。イタコ……じゃない、例の用事は晩メシを食う前か温泉に入る前あたりに試してみようぞ」
「了解。せっかく来たんですし、できればついでに観光しときたいですもんね」
時刻は午後四時。
欧山概念がこよなく愛したという温泉地に到着し、宿のチェックインを済ませたあと。
部屋に案内されたぼくらは、抱えていた荷物を置きつつ今後の予定を話しあう。
やがて仲居さんが退室すると、僕様ちゃん先生はひとこと、
「……いやはや、クソラノベ作家に姉さんと呼ばれるのは寒気がするな」
「姉弟のフリをしようと言いだしたのはあんたでしょうが。若い男女が同じ部屋で泊まるとなれば、いらぬ誤解を受けるやもしれぬ。布団を一枚にされたらかなわぬし、とか」
「一応、僕様ちゃんがお前のことを『お兄ちゃん☆』と呼ぶ案もあるっちゃある」
「それこそ反吐が出ますよ。アラサーのくせになに言ってんだか」
「は?」
急にドスの効いた声を出すのはやめてほしい。
しかしまあそんなわけで……即興の茶番劇を演じるほど親しくなったぼくらは、欧山概念がこよなく愛したという温泉地を、観光がてら見てまわることにする。
◇
「群馬は温泉地が多いからのう、ここは草津あたりのメジャーどころと比べると若干マイナーなのよな。秋頃の行楽シーズンでもさほど混んでおらぬし、すこし寂れたローカル感も風情があってよい。牧場やら美術館やら、温泉以外にも楽しめるところがあるしな」
「はあ。ぼくは小学生のころに遠足で牧場に行ったとき以来ですね、このあたりに来るの」
「さすが地元民じゃのう。ちなみに◯宝館は?」
「学校の遠足で行くわけがないでしょう。……あとお願いですから、行きたいとか言わないでくださいよ。さすがに下ネタは対処しきれないので」
昭和レトロな木造家屋が立ち並ぶ石段街を歩きつつ、僕様ちゃん先生と他愛のない会話をかわしていると――闇の出版業界人とかいう混沌とした輩に狙われているという事実を、ついつい忘れそうになる。
しかし実はこうしている今も、欧山概念にまつわる場所のひとつに足を運ぼうとしている最中なのである。
「石段をもうちょい登った先に、細い道があってな。そこをさらにずっと進んでいくと欧山概念の記念館というのが、ひっそりと佇んでおるのだ。イタコ術で彼の残留思念を呼びだすのであれば、できるかぎりシンクロ率を高めておきたいからのう」
「よくわかんないけど、オカルトも色々と理屈があるんですねえ」
ぼくの皮肉っぽい返しに、僕様ちゃん先生はふんと鼻を鳴らす。
彼女はお土産屋さんと喫茶店の間のスペースを指さして、
「ここを抜けていく。狭いから気をつけろよ」
「え、この先に記念館があるんですか? 道と呼ぶにはあまりにも……」
なにせ人がひとり、ギリギリ通れるかくらいの幅しかない路地である。
しかし僕様ちゃん先生は構わず、野良猫のごとくひょいっと身をひるがえして先に進んでいく。
ぼくがあとを追うと、彼女は金髪ツインテールを揺らしながら、
「記念館、といってもかなり小さいからな。個人の邸宅を改築して作っておるから展示物もしょぼいし、わざわざ足を運んだ欧山概念のファンのほとんどが、がっかりして帰っていくという残念スポットのひとつじゃ」
「知れば知るほど、欧山概念さんて不遇な作家ですよね……。読者がカルト集団化してしまうくらいの文豪なのに、記念館のほうはオンボロとは」
「なにせ生前はさっぱり売れず、世界的に評価されたのも死後だからのう」
「それは初耳ですね。まるでゴッホみたいな」
しかし同時に納得のいく話でもある。
生前に評価されなかったからこそ、怨念のこもった原稿を遺した、なんてオカルト話が生まれたのかもしれない。そういうところも含めて不遇である。
僕様ちゃん先生は「……まあ夭折したくらいだし、運のない男だったのだろうなあ」と呟いたあと、続けてこんなことを言った。
「今でもファンが多いとはいえ、ごく一部のコアな層が支持しているだけなのはあまり変わっておらぬ。そもそも一般ウケするような作風でもないしな。まるで昔の金輪際くんみたいな立ち位置よな」
「あの人もデビューして数年は、さっぱり売れなかったんでしたっけ。いっそ欧山概念もラノベ系のエンタメ小説を書いていたら、生前から評価されていたのかも」
「ハハハ。それはそれで読んでみたいかもしれぬ。――ほれ、見えてきたぞ」
僕様ちゃんが指さしたので、ぼくは路地の先に目を向ける。
事前に知らされてなければ古い民家だと思ってしまいそうな、こじんまりとした木造の建物がひっそりと佇んでいた。
「これが……記念館? あ、でも看板は出ていますね。入館無料」
「まるでお化け屋敷よな。展示物もマジたいしたことないから覚悟しとけよ」
「じゃあなぜ、わざわざ足を運ぼうなんて言いだしたのか。いや、欧山概念にまつわる史跡をまわろうという趣旨は理解してますけど」
ぼくはブツブツと文句を言いつつも、ボランティアでやっていそうなお婆さん相手に受付をすませてから、欧山概念の記念館に足を踏みいれていく。
◇
そして数分後。
目玉の展示物のひとつである『欧山概念 胸像』を眺めながら、呆然と呟く。
「ほんとにクオリティが低い……。入館料がないのも納得ですよ」
「肌の塗料が剥げてゾンビみたいになっとるもんな。しかも本人の写真とか肖像画がないから、一から十まで想像で作ってるんだぞ、これ」
そういえば欧山概念がどんな人物だったのかについては、今なお謎につつまれているのだった。
まあ少なくとも、目の前にある邪神像のような姿でないことは確かだろうけども。
「ていうかショボい以前に、ありえないくらい展示物が少ないですよ。手書きの年表とか椅子とかはありますけど。この椅子って欧山本人が使っていた品なんですかね?」
「んなわけなかろう。そもそも愛用していた品々は概念クラスタが独占しておって一般に公開されとらん。だから余計に飾るものが少ないのだろう」
「ここでも例のカルト団体が出てくるわけですか……」
というわけで苦肉の策なのか、館内の展示物のほとんどは欧山本人ではなく、彼の代理人であった女性が使っていたものばかりだった。
欧山と交わした書簡、愛用していた机と椅子、かんざしなどなど……。
今からおよそ百年前、欧山だけでなく数多の文豪たちが生きていたころの時代。その空気を感じるのには一役買っているので、ショボいなりに見るところはあるかもしれない。
僕様ちゃん先生が手書きの年表を眺めながら、隣のぼくに解説をはじめる。
「欧山の代理人であった女性は美代子といってな。生まれつき身体が弱く、この温泉地にて療養している折に、欧山概念と知りあったという。詳しいところはわかっておらぬが、ふたりが恋仲であったという説が一般的だな」
「へえ、今で言うなら作家と編集さんがつきあっていた、てな具合ですか」
「あるいはアイドルとマネージャーじゃな。まあそんなわけで欧山と美代子はとくに繋がりが深い。どうやら最期を看取ったのも彼女のようだからのう」
僕様ちゃん先生の話を聞きながら、ぼくも手書きの年表に目をとおしてみる。
「ふむふむ……美代子という女性は欧山が発表していた同人誌を、新聞社に勤めていた兄に紹介し、のちの出版にいたるきっかけを作った。そして欧山自身が夭折するまで、彼の代理人として出版社とやりとりをしていた、と」
「しかしあるときを境に、美代子との連絡がぱったり途絶えてしまうのじゃ。編集者が不思議に思って彼女のもとをたずねると、欧山がすでに他界していたこと、そして美代子も病に罹り死の淵に瀕していた事実を知らされるわけだな」
僕様ちゃん先生はそこで言葉を区切ってから、しみじみとした表情でこう言った。
「たぶん結核かなにかであったのだろう。どちらが先に罹患したのかわからぬが、お互い親密に接していたからこそ、同じ時期に病に倒れ、そのまま帰らぬひととなったわけだ。とはいえ美代子はともかく、欧山の死因は推測にすぎぬ。いつのまにやら病死というのが通説になっておるがな」
「あー、おかしいとは思っていました。だって経歴すらわからない人物なのに、死んだ時期がはっきりしているというのは、なんとなく矛盾していますもんね」
ぼくはそう呟いてからふと、ひとつの疑念を抱く。
それはすべての前提を覆すような、突拍子のない考えだ。
「あの、欧山概念て本当に死んでいるんですか」
「……なに言っておるのだお前。百年前の文豪じゃぞ、生きているわけがなかろう」
「普通はそうですよね。でも百歳ならまだ可能性ありません?」
「与太話としては面白いかもしれぬがのう。お前の言うことが事実なら、もはや文豪ではなく妖怪のたぐいであろうに」
オカルトはやたらと信じるくせに、こういうときは乗ってこないのか。
欧山概念がまだ生きていたら……それこそホラーだというのに。
ところがさらに奥に進んでいくと、ぼくは冗談ではなくホラーな気分を味わうことになった。それは記念館にある、最後の展示物を眺めたときのことだった。
僕様ちゃん先生が一枚の写真を指さして、
「中央のちょい右に立っておるのが美代子じゃ。今の基準で見てもたいそうな美人だろう」
「この女性が――」
ぼくは言葉の途中で、美代子だという女性の姿に見入ってしまう。
古めかしいモノクロ写真を拡大しているせいか、だいぶ輪郭がぼやけているものの、それでも彼女が整った顔立ちをしているというのはよくわかった。
家族と撮った記念撮影だろう、百年前の女性らしく髪を結い、着物に身を包んだ艶姿。
カメラに向かって可憐な笑みを浮かべているが、眉はキリリと太く、どことなく気が強そうな印象を受ける。
この笑顔と同じものを、すこし前に見た覚えがある。
「まことさんにめちゃくちゃ似てませんか、このひと……」
「そうかあ? むしろ僕様ちゃんのほうがクリソツでは」
彼女はそう言って笑うものの、ぼくは確信をもって言える。
ただの気のせいではなく、美代子という女性はまことさんとそっくりなのだ。
でも、もしそうなのだとしたら。
これはいったい――どういうことになる?