6-5:ええ!? ビオトープよりヤバいって超ヤバくない?
文字数 4,869文字
その間、ぼくらは僕様ちゃん先生の手配で高田馬場にある安マンションに落ちつき、比較的平穏な日々を送っていた。
今のところ概念クラスタから追っ手が差し向けられた気配はなく、まことさんも新しい生活に慣れてきたころである。
金色夜叉さんからもらった軍資金だってかぎりがあるのだから、新シリーズの出版が頓挫してしまった以上、お互いそろそろバイトを探すなりしたほうがいいのかもしれない。
むしろ不安があるとすればそれはぼくらではなく、この国そのものの未来だろう。
そう、某国のミサイル誤射以後――世界は大きく揺れていたのである。
「まことさん、もしかしてどっか行くの?」
「うん。散歩ついでにコンビニ寄ってこようかと思って」
「最近は物騒だし、ひとりで出歩かないほうがいいよ。ちょい待ってて」
平日の午後四時。以前であれば散歩くらいで大げさだなと笑われてしまう時刻だけど、今の世情を考えると用心に越したことはない。
ぼくは護身用の警棒と害獣対策の唐辛子スプレーを持って、まことさんとともにマンションを出る。
「引きこもりのわりに頼もしいのね、兎谷くん」
「自慢じゃないけど大型の木霊だって撃退したことがあるんだよ。夢の中で、だけどね」
ふたりで路地を歩きながらそんな話をしていると、民家の垣根からふいに黒い影が飛びだしてきて、ぼくは女の子みたいに「きゃっ!」と悲鳴をあげてしまう。
気を取り直してじっと睨みつけると、それは子猫サイズの小さな木霊だった。
『――ピュアアアア! ピュアアアア!』
「驚かしやがってっ! これでもくらえ!」
葉っぱを広げて威嚇しているところに、ぼくは容赦なく唐辛子スプレーを噴射する。
するとミニ木霊はへなへなと萎れ、逃げるように垣根の中へ消えていった。
いたってカジュアルな妖怪退治を終えたところで、うしろに避難していたまことさんに、声をかける。
「もう危険はないから大丈夫だよ。しかしこいつらもあっというまに増えたよなあ。最近じゃ夏場のセミ並に遭遇するし、これだともうUMAなんて呼べないよ。畑は荒らすわ生ゴミは漁るわで完全に害獣だ」
「でもこうやって撃退しちゃうのも可哀想ね。放っておくとすぐに大きくなるからやるしかないのだけど。この前なんて中型の木霊を轢いた軽トラが横転しちゃったんだって」
「ほとんど北海道の鹿みたいな扱いじゃないか。早くもカラスを越えてしまったか――おっと」
そこで足元に、カサカサになった木霊が転がってくる。
道ばたの端で枯れていたやつを蹴っ飛ばしながら歩いている、小学生たちがいたらしい。
彼らはぼくらとすれ違うとき、気まずそうに会釈を返してきた。
「慣れっていうのは怖いな。日常の風景みたいに溶けこんでいやがるし」
「なんかすっごい勢いで繁殖してるみたいだからね。そろそろ中部地方を越えて関西のほうにまで生息域が広がるんじゃないかって話。駆除も追いつかないから在来種が駆逐されちゃうかもってニュースになっているわ。あと食べると美味しいとか」
「ああ、木霊の実がウマいって話ならぼくもネットで見た。突然変異だし人体にどんな影響があるかわからないので絶対に食べないでくださいって注意喚起されてるみたいだけど、SNSはチャレンジャーが多いからな……げ、動画まである」
しかしスマホで調べたところさらに驚いたのは、木霊の根っこに生えている実(例によって河童の楽園で見たシリコダマにそっくりだった)がネットオークションで驚くほどの高値がついていたことだ。
なんでもたいそう美味なうえに、大型化した危険な個体からしか採取できないために希少性が高いとのこと。
隣のまことさんにスマホをかざして落札価格を見せると、
「ふたりで狩ってきてオクで売りさばけば、生活費だって稼げそうじゃない?」
「リアルでモンスターハンティングか。まさに世も末という感じだ……」
しかし詳しく調べると木霊ハントはすでに大流行らしく、大型の個体を狩るためにエアガンや非合法なクロスボウがバカ売れしている最中だった。
そのうえミサイル誤射以降、テレビでは世界情勢の緊張を報道する特番が組まれ、スマホのバナーには災害時の非常食や防犯用のグッズ、自宅用の核シェルターの広告まで貼られるような有様だ。
おかげで冗談ではなく、終末世界を生きているような気分になってくる。
やがてお目当てのコンビニに立ち寄ったあと。
駐車場にてまことさんとふたりでほかほかの中華まんをほおばりながら、ぼくはふと冬の曇天を見あげ、ぽつりと呟く。
「こんな情勢じゃあしばらく、世間はラノベどころじゃないのかもなあ」
だとしてもぼくは小説を書きたいし、そのために早く絶対小説の呪いを解きたかった。
それにもし今感じている胸騒ぎが気のせいじゃないとしたら――すべての元凶は、ぼくらが探している金輪際先生に、あるのかもしれないのだ。
◇
「ネオノベルから解放されたあとに田崎源一郎氏が身元引き受け人となって、金輪際くんが施設から退院したところまでは把握できた。その後の消息はつかめておらぬが、たぶんBANCY社に身を寄せているのではないか」
翌日。まことさんといっしょに僕様ちゃん先生のところに足を運び、今後のことについて話しあう。
ひとまず調査報告を聞いたところで、ぼくは自分の考えを述べた。
「先生の所在はさらに詳しく調べてもらうとして……やっぱり冷静に考えると、絶対小説の力が周囲に影響を与えるとは思えません。現状をみるに規模がでかすぎますから」
「まあ僕様ちゃんとしても同じ意見じゃな。とはいえ木霊の突然変異を引き起こした研究所にBANCY社も出資していたようだからのう。AIハッキングのミサイル誤射だって彼らが絡んでいるというきな臭い噂があるし、欧山概念の魂がなにかやらかしているという線はやはり捨てきれんぞ」
ぼくはその言葉を聞いて、深々とため息を吐く。
なにせバイオテック汚染に、AIによるハッキングからのミサイル誤射だ。
世界レベルのテロ行為なのだから、まったくもってシャレになっていない。
「確かに現状では、杞憂の可能性のほうが高いとは言えよう。今の情勢だと戦争まで起きかねん勢いだし、さっきの話がもしガチなら金輪際くんが歴史に名を残す作家になってしまうからな。もちろん、悪い意味で」
「事実だけを抜きだすなら、ぼくも先生もただ小説を書いただけですからね。それが現実とちょっとリンクしたからといって、そこまで神経質になる必要はありませんよ。偶然の一致にしてはできすぎている、というのは否定できないですけど」
「でもさあ、最近になってBANCY社が新型のドローンを発表したじゃない? あれってめちゃくちゃグラフニールの雑魚ロボと、デザインが似ているのよね」
まことさんがそう口を挟んできたので、ぼくはもうひとつ偶然の一致があったことを思いだして頭をかかえる。
困ったことに木霊だけでなく、グラフニールの敵メカまで現実に出てきてしまったのだ。
「AI搭載の自立型ドローンの開発、なあ。昨今の事情を考えると商品化の許可がおりるとは思えんが、アメリカ辺りが軍事目的で出資するかもわからん。それがもしなにかの拍子で暴走したらとか考えると、マジでラノベの雑魚メカみたいになってきやがるぞ」
「デザインが似ていること自体は、グラフニールのイラストレーターさんがデザインを担当しているから当然っちゃ当然なのですけど。でもここでまた金輪際先生の作品が絡んでくるとなると無視できないのは確かです」
「ていうかバイオテック汚染もAIのハッキングもミサイル誤射も、自立型のドローンを開発することだって、一応はすべて人為的に行えることでしょ。しかもBANCY社のコネクションを利用できれば、決して不可能ではない範囲で」
「つまり金輪際くんの内に宿る欧山概念が、企業の力を利用して大がかりなテロ行為を起こしている。この世界を自分の小説のようなものに作りかえるために――か。言うなればクラスタが行っていた活動を個人で、さらに過激化したようなやり口だ。まこちゃんの言うように不可能ではない、といえばまさにそのとおり。新作のあらすじを見るかぎりでも、嫌な符号ばかりあるからのう」
会話の途中でぼくはスマホをいじり、金輪際先生の新作が紹介されているページを開く。
公式サイトの更新でさらに詳しいあらすじが公開されており、その内容が驚くほど今の情勢と一致してしまっているのだ。
――――――――
同時多発的に発生したミサイル誤射によって、地上はまたたく間に荒廃してしまった。
人類のほとんどは死に絶え、薬物汚染の影響で突然変異した動植物が跋扈する終末世界で、ぼくらはただ生き残るために――戦わなければなかった。
武器はクロスボウに改造エアガン!?
みんなで知恵を絞れば、火炎放射器だって作れちゃう!?
ラノベ界の核弾頭・金輪際が描くリアル系終末ハントアクション、ここに開幕!!
【世界の終わりとリアルモンスターワールド】
――――――――
あらためて読みかえすと、この小説のあらすじは黙示録の予言めいていて、杞憂とか偶然の一致でかたづけるには無理があるような気がしてくる。
しかし現状、あれこれと考えたところで答えが出るとは思えない。ならば物事はシンプルにとらえたほうが動きやすいはずだ。
「絶対小説の力が現実に影響を与えるとか、BANCY社が大規模なテロ行為を画策しているとか、そういった壮大な話の真偽はとりあえず脇に置いときましょう。ぼくは欧山概念の魂を成仏させるつもりなんですから、裏でなにかやらかしていようが関係ないですよ」
「ハハハ。あくまで小説を書くために、か。お前らしくていいのではないか」
「えええー……。みんなで世界を救おう! てなノリでやったほうが盛りあがらない? わたしたち三人揃って怨霊バスターズ! みたいな感じでポーズを決めてさ」
それはできれば、ひとりだけでやってほしいところである。
最近のまことさんはカルトな実家から抜けだした開放感からか、今まで以上に奔放な雰囲気になっている気がする。
まあ、そういうところも可愛いと言えるのだけど。
なんてのろけていると、唐突に僕様ちゃん先生のスマホが鳴った。
「……ふむ、金輪際くんの所在が判明したようだぞ。やはりBANCY社だ」
「すぐに行けそうな雰囲気ですかね。アポイントメントが取れそうなら今日中にでも」
「そりゃ難しいだろうな。どうやら軟禁されているようだし。お前も金輪際くんもネオノベルだのクラスタだのBANCY社だのと捕まりまくっとるなあ。しかも今回にかぎっては今まで以上に救出が難しいところやもしれぬ」
「ええ!? ビオトープよりヤバいって超ヤバくない?」
と、あの島を管理していた教祖さまが自ら、驚いて声をあげる。
ぼくとしてもいつも以上に面倒な気配が漂ってきたのを感じて、眉をひそめてしまう。
「いわく金輪際くんが囚われているのは、東京湾にほど近いBANCY社の工場地帯だそうだ。民間ながらAI搭載のドローンとか企業機密を扱っておるゆえに警備は厳重で、内部はさながら軍事施設のようだとさ。マジでこれ、ヤバいことやっておるんじゃないか?」
イカれた出版社のオフィス、カルト教団が支配する孤島。そして今度は世界規模のテロを画策しているかもしれない企業の、軍事施設並の工場に向かうわけだ。
ぼくはただ自分の小説を書きたいだけなのに、やらなきゃいけないことの規模がどんどん壮大になっていく。
それこそ世界を救えとお膳立てされているような気がして、なんとも嫌な気分だった。