6-15:ネオエクスデスおじさんが、第二形態に移行しているのだ。
文字数 4,145文字
すると彼女は背後にいるクラスタの落下傘部隊に顔を向けて、
「お前ら、今の話を聞いたか。これまでの事件の首謀者は金輪際くんだったらしいぞ。クリーチャーどもの群れに隠れて目視しづらいが、あの男は絶対小説の力に呑まれ、かのようなバケモノと化してしまったのじゃろう」
「な、なんと……! では我らが敬愛する大師さまも……」
「左様。現世に未練を残した文豪の魂はもはや原型をとどめておらず、創作の苦しみに屈した哀れな中年作家の肉体と一体化してしまっておる。お前らクラスタが求めていた新たな欧山概念の顕現とやらが、どれほど醜悪なものかこれでわかっただろう」
僕様ちゃん先生は訳知り顔で金輪際先生の状態について語ってみせるものの、残念ながら見当外れの憶測にすぎなかった。
なぜなら彼女はいまだこの世界が小説の中だと知らず、だとしたら本当の意味で現状を把握するのは不可能だ。
しかしその弁舌には一定の効果があったようで、精鋭揃いの落下傘部隊の表情に動揺が走る。
「よおく見ろ、数多の木霊を引き連れた男の姿を。生者に取り憑き魑魅魍魎と化したかの文豪に、今さらなにを求める。我らにできるのは、せめて成仏させてやることだけだ」
「しかし……我々クラスタは!!」
「欧山大師の御霊に銃を向けるなど!!」
「たわけ!! 今ここでやらなければ、欧山概念は現世への未練に囚われた怨霊のまま、未来永劫続く苦しみを味わうのだぞ!! かの文豪の魂を輪廻に還し、再び現世に舞い戻る日が来ることを祈れ。生きているうちに新作を望めぬかもしれん。だとしても、真に敬虔なる読者であれば……己の都合で作家の自由を縛るのではなく、新たな可能性に向けて羽ばたかせてやるのが筋というものであろうに!!」
僕様ちゃん先生は謎のカリスマ性を発揮し、クリーチャー化した金輪際先生もとい欧山概念の憑依体に銃を向けることに難色を示していた落下傘部隊をまとめあげようとする。
元々カルトだけに場の空気に流されやすそうなクラスタの連中は、彼女の熱弁にあっさり看過され、聖戦に赴く騎士のような表情になって思い思いに武器を構えた。
「やりましょう。それが大師のためならば」
「そうだ、俺が、俺たちが真のクラスタだ!!」
「わかってくれたか。では参ろう、ここが我らの戦場じゃああ!!!」
「あ、ちょ……」
その場の勢いというのは恐ろしいもので、まことさん含めその場の全員が金輪際先生と真っ向から立ち向かう道を選んでしまう。
僕様ちゃん先生はさっそくショットガンを乱射し、会話の最中にも近づいてきていたクリーチャーどもを吹っ飛ばしていく。
そのうちにクラスタの落下傘部隊はもとより、まことさんやローカル局のスタッフまでもが手渡された銃器を構え、たどたどしいながらも応戦しはじめる。
しかしそんな熱狂のるつぼの中でさえ、ぼくだけはなおも逡巡したままだった。
ギャアギャアと断末魔の悲鳴をあげながら爆発四散していくクリーチャーども、僕様ちゃんfeats.落下傘部隊の華麗なガンアクション、まことさんの勇ましい戦いぶり、ローカル局のスタッフのコントみたいな発砲モーションを、棒立ちのままただ眺め続ける。
実のところ、嫌な予感を抱いていた。
ぼくらが窮地に陥ったところで僕様ちゃん先生や概念クラスタが加勢して、ラスボスと化した金輪際先生をやっつける。
あまりにもご都合主義的な展開だし、あらかじめ用意されたものだとしか思えない。
だからきっと、このままでは終わらないはずだ。
『ギュパアアアアアアアッ!!』『グォオオオオオオッ!!』
「うわっ!? なんだこいつら、急に――」
「金輪際くんの中に、クリーチャーどもが……」
ぼくが懸念していたとおり、やがて戦列に乱れが生じはじめる。
目の前で繰り広げられたのは、まさにゲームのラスボス戦めいた光景だった。
狭い通路で蠢いていたクリーチャーたち、そして蜂の巣にされた数多の残骸が――奥の暗がりに控えていた金輪際先生の身体に、吸いこまれるようにして融合していく。
精鋭揃いの落下傘部隊ですら狼狽える中、銃撃戦に参加していなかったぼくだけはなにが起こっているのか察することができた。
ネオエクスデスおじさんが、第二形態に移行しているのだ。
『光あれ』
その言葉とともに、二回り以上も巨大化した先生の両眼からパッと光がほとばしる。
時代遅れのコミカルな必殺技は、しかし残虐きわまりない結果を引き起こした。
「え……?」
「ひっ」
最初の被害者となったのは、調子に乗って前に出ていたローカル局のプロデューサーとカメラマンだった。
彼らは光を浴びた直後、身体に無数の文字が浮かびあがり、そのままパシュンと消えてしまう。その最期はあまりにもあっけなくて、しばらくの間、ふたりがこの世から抹殺された事実をうまく認識できなかった。
金輪際先生は暗がりの中で眼光だけを浮かびあがらせながら、ぼくにこう告げる。
『見てのとおり彼らは所詮、羅列された文字の一部にすぎない。鼻くそをほじりながらデリートキーを押すだけで、塵芥のごとき有様で消え失せる。これほど希薄な存在が、本物の人間であるはずがないじゃあないか』
「そんな……。いくらなんでも……」
ありえない。
そう言いたかったけど、実のところ嫌と言うほど思い知らされていた。
ぼくは甘かった。
この後におよんでもなお、死人なんて出ないだろうと侮っていたのだから。
『理解が足りないのであれば、いくらでも教えてあげよう。私と君のいた現実に比べ、この世界がいかに杜撰な代物なのかをね。――ほら、ほら、ほら!』
破壊神と化したラノベ作家は、もはや一切の容赦がなかった。
ぼくが止めようとするよりも早く、ぎょろりと開いた目から光を発射し、ローカル局のスタッフを、クラスタの落下傘部隊を、パシュンパシュンと消していく。
「うわああああああっ! 嫌だ! まだ家のローンが――」
「どうせ死ぬならその前に、熱々のマルゲリータピッツアを――」
「実は俺、今度結婚す――」
「こんな戦いに参加していられるか! 悪いが逃げさ――」
通路のあちこちで死亡フラグめいた台詞が飛び交い、クラスタの落下傘部隊やローカル局のスタッフたちがふっと消えていく。
彼らは悲壮感すら漂わせることもなく、まるで最初からこの場にいなかったように絶対小説という舞台から退場していった。
しかしそんな地獄絵図の最中であっても僕様ちゃん先生だけはただ一人、最後までしぶとく怪光線を避け続けている。
「なんだなんだなんだこれは!! いったいなにが起きているというのだ!!」
『嗚呼、悲しいかな。君とて物語に彩りを添えるだけの、パセリのような存在でしかない。劇画めいて誇張された設定は作品の調和を乱し、キャラクターとしての造詣は底が浅くて反吐が出る。舞台の端でキーキーとわめくだけの演技を続けるなら、いい加減にご退場願いたいね』
「ごちゃごちゃうっせえわボケええ!! てめえのけつに火をつけちゃろわあ!!」
彼女は奇声をあげて、どこから取りだしたのか手榴弾をぶん投げる。
忘れがちだがここはBANCY社の地下。
しかもバケモノと戦うにしては狭すぎる区画だ。
ぼくは慌てて駆けだして、前に出ていたまことさんの肩をぐいと引き寄せる。
そして閃光、続けて轟音。
あわや生き埋めか爆死かと戦慄するレベルの衝撃が過ぎさったあと、ぼくは怖々と目を開く。幸いにも五体満足で、まことさんも見たところ無傷のようだった。
前を見れば僕様ちゃん先生が高笑いしていて、正直なところ殺意が湧いた。
「うわっはっは。ちょいと無茶がすぎたかのう」
「笑っている場合じゃないだろ!! 密閉された空間で爆発物投げるバカがいるか!!」
「すまんすまん。とはいえあのままにしといたら全滅だったぞ」
「うわ、じゃあ手榴弾で爆殺しちゃったわけ?」
「わからん。しかし無傷ではあるまい」
僕様ちゃん先生は仁王立ちの姿勢で、噴煙が立ちこめる暗がりの先をあごでしゃくる。奥にいるであろう金輪際先生が動く気配は、今のところ感じられなかった。
やったのか……?
そう考えたところで、よくないフラグが立っていることに気づく。
アクション系の作品だとこういう場面で、強敵を倒せていた試しがない。
「あ」
「お?」
「……え?」
噴煙の隙間からしゅぱっと光がほとばしり、三人とも揃って短く声をあげる。
ぼくはゾッとしつつも自分の身体をさっと眺めてふうと息を吐き、まことさんが無事なことを確認して心の底から安堵する。
僕様ちゃん先生を見れば柄にもなくビビった表情を浮かべていたものの、困ったようにハハハと笑ったのでやはり大丈夫そうな感じ。
視界が悪くて怪光線の照準が合わなかったのだろうか。いずれにせよ金輪際先生はまだ倒されておらず、油断できない状況であることに変わりないわけだ。
周囲を見れば落下傘部隊やローカル局のスタッフは影もかたちもなく、この場に佇んでいるのはぼくらだけ。
存在ごと否定され消えていった人たちのことを思うと胸が痛むものの、まことさんや僕様ちゃん先生が生き残っているのならまだ救いがある。
……こうなったらもう、立ち向かう覚悟を決めるしかない。
戦わずにいてふたりまであんなふうに消されたら、ぼくは絶対に後悔する。
そう思い暗がりの先を見すえると、金輪際先生の禍々しいシルエットがぬっと浮かびあがる。
『語り部とヒロイン、そして傍観者たる私。舞台に残るべくして残った演者たちだな。いよいよ決着をつけるべき瞬間が、やってきたというわけか』
ぼくは眉をひそめ、人数のうちにカウントされなかった僕様ちゃん先生に目を向ける。
いつのまにやら彼女の右半分は、虚空の中に溶けていた。