6-9:田崎氏がガ◯ダムまで完成させていたら、ぼくらはいよいよ降参するしかない。
文字数 5,856文字
田崎氏がろくろを回すようなポーズで呼び寄せたのは三機の警備メカに無数の自立型ドローンだ。
この時点でもう逃げられようがないのだけど、追い打ちをかけるようにクリプタリオン三号機が動きだし、ブーンとエンジン音をあげながら田崎氏の隣に待機する。その姿はまるで飼い主を守ろうとする番犬のようだった。
「ノストラダムスの大予言というのは聞いたことがありますかな? あるいはアトランティス、オーパーツ、世界の七不思議……私は昔からそういう話が大好きでしてね。現実にそういうものが存在していたらと思うと、わくわくして夜も眠れなかったほどです」
多数のメカに囲まれ、焦りをにじませるぼくらを見つめながら、田崎氏は余裕しゃくしゃくの様子で語りだす。
オカルト大好きなまことさんが真っ先に食いつきそうな話題だけど、彼女はぴくぴくと小刻みに震えながらも会話に乗ってこない。
変なスイッチが入って暴走するかもしれないから、あえて自重しているのだろうか。
というわけで目の前のおっさんは、ぼくが相手をしなければならないらしい。
会話で時間を稼ぎつつ、どうにかして逃げる隙を作らなくては。
「でもノストラダムスはただの風刺作家だったと結論づけられていますし、オーパーツや世界の七不思議とかも神秘のたぐいじゃなかったと解明されていたような。いや、ぼくはそんなに詳しくないから実際のところはどうか知りませんけど」
「兎谷先生の言うように、今ではほとんどのオカルトは神秘のベールが剥がされ、陳腐化してしまった。おかげで小説やアニメの題材に使おうものなら、時代遅れだと総叩きに合う始末。それはアトランティスやオーパーツだけでなく、二足歩行の巨大ロボットやスペースオペラにしてもそうでしょう。私が少年のころに愛したロマンは過去の産物として忘れられつつある。……それがたまらなく寂しく思えるのですわ」
「時代の流れというやつなんですかね。ぼくも新人賞に投稿していたころは、設定が古くさいとかキャラの口調が一昔前のラノベとか評価シートによく書かれましたし、デビューしたあともロボットものの企画を提出したら『今どきメカものは流行らない』で一蹴でしたから、田崎さんの気持ちは痛いほどよくわかりますよ」
「ははあ。しかし自分はそれが好きなのだと、そう言いたくもなるでしょうな」
田崎氏の言葉に深い共感を覚え、ぼくは大きくうなずく。
彼は今のところ、ただの懐古趣味なおっさんにしか見えない。
しかし絶対小説の件にかかわっている以上、やはり正気の人間ではないはずだ。
「私がオカルトやSFにロマンを感じるのは、ジュブナイル作家であった父の影響も大きいのでしょう。若かりしころは彼のように冒険小説を書いてみようと考えたこともありましたが、残念ながら文才に恵まれておりませんでした。だから研究職に就き、自分にできる手段で夢を叶えようと考えたわけで」
「謝恩会でも聞きましたけど、AIに小説を書かせようとしたのもその一環なわけですね。で、今度は別のアプローチとして、SFメカを実際に作ってみようと考えた、と」
「ご理解が早くて助かりますな。二足歩行の巨大ロボットは実現できておりませんが」
その言葉を聞いて心底ほっとした。
田崎氏がガ◯ダムまで完成させていたら、ぼくらはいよいよ降参するしかない。
「私は少年のころに夢中になったものをこの手で作ってみたかった。現実のものとして楽しみたかった。しかし科学が進歩すればするほど、わくわくするものが減っていく。誰もが純粋な心を忘れ、退屈な大人になっていく。最新の研究成果が反映されて、ティラノサウルスに趣味の悪い羽毛が生やされたかと思えば、二足歩行のロボットは兵器として理に適っていないと失笑される。そういったロマンのかけらもない合理的な考えが、リアリティ重視の風潮が、純粋な心を忘れたものたちが――フィクションだけでなく、この世界そのものをつまらなくしているように思えてくるのです」
憂いをにじませる田崎氏の表情を、ぼくはじっと見つめた。
五十半ばという年齢、そのうえ大企業のトップとして日々ストレスを抱えているだろうに、彼は少年のようにピュアな目つきをしている。
彼を見ていると、ネオノベルにいたグッドレビュアーのことを思いだす。
目的に向かって邁進する理想主義者。
あるいは……絶対小説の魅力に取り憑かれた男、だろうか。
ぼくはそこですこし話を変えて、もうすこし本題に踏みこんでみようとする。
「田崎さんも欧山の遺稿とそのジンクスについてはご存じなのですよね? 元クラスタのメンバーなわけですから、知らないことはないとは思いますけど」
「もちろんですとも。ほかでもない私の父が、絶対小説の力で文才を得た作家なのですからな。むしろ評議会や、そこのお嬢さんより詳しい情報をつかんでいるかもしれませんぞ」
「ありえる話ね。ビオトープにいたころから、わたしはあなたのことを信用していなかったわ。クラスタの理念に賛同ほど熱心な欧山フォロワーのようには見えなかったし、なにか別の目的をもって動いているようにも見えたから」
「ハハハ。そこまでの慧眼をお持ちであれば、金輪際先生の計画も事前に見破るべきだったのでは」
田崎氏の挑戦的な発言に、まことさんはあからさまにむっとしたような表情を浮かべる。
出しゃばりな彼女が会話に混ざってこないことをすこし不思議に思っていたのだけど……どうやら田崎氏とはビオトープにいたころから既知の間柄のようで、おまけにお互いの相性はよくなさそうな雰囲気だ。
会話がクラスタ時代のことに移ったので、今度はぼくのほうがふたりの会話を静観することになった。
「金輪際先生と共謀して原稿を盗んだのではないか、と疑ったことならあるけどね。でも実際に調査すると、それらしき形跡はまったく見あたらなかったわ。というよりあなたは最初から、絶対小説の所在についてそれほど興味を持っていなかったように見えた。……でも不思議な話よね。文才がないと自覚していて、実の父親が絶対小説を得たことで成功を収めているというのに、あえてその力を求めようとしないなんて」
「クラスタに染まりきったあなたにはわからんのでしょう。私にとっては欧山概念よりも父のほうが偉大な作家なのだと。実の息子にしてみれば、絶対小説のジンクスなんぞ存在しないと思いたいところでしょうに」
その言葉を聞いて、ぼくはなるほどと思った。
概念クラスタと長くかかわってきたせいで忘れがちだったが……魔術的な原稿で文才を得たというのは、本来であればとても不名誉な話なのだ。
それに父親が大作家なら、自分にも同じ才能があるはずだと信じることができる。だとすればなおさら、田崎氏は絶対小説のジンクスを否定しようとするだろう。
「でも絶対小説の力は確かに存在し、あなたの父親は原稿を手にしたことで比類なき文才を得たわ。だけどそれは才能がなかったわけじゃなくて、むしろ資質があったからこそ、欧山概念の魂に選ばれたのよ」
「私がクラスタの一員となったのちに導きだした結論と、ほぼ同じでありますな。しかしそうなると、なおさら救いようがない。尊敬する父に裏切られたうえに、私が同じように絶対小説を得たところで、原稿に選ばれる可能性はなきに等しいのだから」
「まあ当たり前といえば、それまでだけどね。そもそもの文才がなければ作家にはなれないってだけの話だし。でもあなたは別の道を歩み、IT企業のトップとして成功を収めた。満足のいく結果が得られたのだから、結果的にはよかったんじゃないの」
「あえて否定はしません。作家としての夢を諦めたことが、BANCY社をこれほどの会社に育てあげる原動力になったのは間違いないでしょうからな」
そう言ったあと、田崎氏が再びろくろを回すようなポーズを取る。
すると植物系クリーチャーや警備メカが偏在する悪夢のような空間に、新たな立体映像が浮かびあがった。
それはぼくにとって、かなり馴染みのあるものだった。
すなわち――小説の編集画面だ。
「これは我が社が開発した執筆ソフトです。AIに一から物語を作らせるという構想とはまた異なりますが、これはこれでなかなか素晴らしいツールですぞ。頭の中に浮かんだアイディアを入力するだけで、コンピューターが自動で小説として書き起こしてくれるとしたら――私のように文才のない人間でも、作家になれるとは思いませんか」
「へえ……。もしそんなことができるのなら、たしかに便利かもしれませんね。でもケチをつけるようでなんですけど、そもそもの構想がよくなければ、AIに執筆を代行させたところで面白い作品を生みだすことはできないと思いますよ」
「おっしゃるとおりですな。実際、私はここでも創作の壁にぶち当たり、若かりしころと同じ挫折を味わうはめになりました。AIの補助があってもなお、素晴らしい物語を作りだすことができない。そう認めるのは口惜しいかぎりでしたが……しかしとある人物と出会ったことによって、私はこのソフトの思わぬ活用方法を見いだすことができたのです」
田崎氏の言葉とともに、小説の編集画面の横に別の立体映像が浮かびあがる。
それも見覚えのあるものだったが、今度はぼくの心に並々ならぬ動揺を誘った。
銀色メタリックの椅子に腰かけた、スキンヘッドの男。
その口元はだらんと緩みきっていて、あきらかに正常ではないとわかる。
『アア……チーズケーキ……ママのチーズケーキおいしい……』
「こ、金輪際先生!? どうなっちゃってるのこれ!?」
まことさんが悲鳴をあげる。
彼女はぼくとちがって、廃人と化した彼を見るのははじめてだ。
話を聞くだけなのと実際にその姿を拝むのとでは天と地ほどの差があるし、かなりのショックを受けているようだった。
一方の田崎氏はぼくらの反応を満足げに眺めつつ、平然とした態度でこう語る。
「ネオノベルの施設から保護したとき、金輪際先生は小説を書けるような状態ではありませんでした。しかし頭の中のアイディアをサルベージし、AIに執筆を代行させることで、以前と同じように作品を生みだすことができるようになったのです」
あらためて立体映像を見ると、金輪際先生の額には脳波を測定するケーブルが貼りつけられており、メタリックの椅子とあいまってサイバーな雰囲気を漂わせている。
彼がうわごとを発するたびに、小説の編集画面に文字が書きこまれていく。
その様子は人体実験めいていて、ぼくは不快感のあまり吐き気をもよおしてしまった。
「まさか、こんなふうにして金輪際先生に新作を書かせていたんですか!? まるで小説を作る道具みたいに、このひとをAIの一部みたいに使って!!!」
「人聞きの悪いことを言わないでくだされ。AIの補助がなければ、この男は妄想を呟くだけの壊れた人間でしかないのですぞ。そのうえ自力で生活できない以上は介護費用だってかかるのですから、小説を書かせて印税を稼ぐ必要があるでしょうに」
「ぐっ……。あなたの言うことは間違っていないかもしれません。だけどぼくは、今の姿が金輪際先生にとって正しい状態だとは思えませんよ」
「このひとはそれを望んでいないと、あくまでそう主張するわけですな。ならば兎谷先生に彼を引き取ってもらいましょうか。作家としての尊厳を、この世に存在する価値を奪い、糞尿を垂れ流すだけの極めて非生産的な生活に戻したうえで」
ぼくは言葉に詰まった。
自分の身だけで精一杯、どころか同棲中のまことさんを養う必要すらありそうなのに、さらに廃人と化した金輪際先生の面倒を見るというのは、現実的に考えて不可能に近い。
それに田崎氏の言葉どおり、AIの補助によって小説を書くことができるというのは、もしかしたら先生自身にとっても望むべきかたちなのかもしれないのだ。
小説を書き続けることで、正気に戻る可能性だってあるのだから――ケーブルを貼りつけられて椅子に座る姿はある意味、難病を克服しようとするリハビリ患者のように見えなくもなかった。
だけど……何故だろう。
そういった理屈を考慮してもなお、ぼくは今の金輪際先生の姿に、そして田崎氏の態度に不穏な気配を感じている。
これは直感だ。
ネオノベルで感じたような、ビオトープで感じたような、絶対小説という問題にかかわる中で何度も抱いた、突拍子のない事実が告げられる前の、ざわざわとした胸騒ぎ。
「とはいえ私は、金輪際先生の身柄を手放すつもりはありません。彼は我が社にとって、もっとも重要な存在なのですから」
「才能があると言っても、先生はただのラノベ作家でしょう。ベストセラーを叩きだすといっても、BANCY社の規模を考えたら、ちょっとした利益を出すコンテンツのひとつにすぎないのでは」
「もっと別の、しかも圧倒的な価値があるからですよ。兎谷先生もご存じでしょうが、彼の中に宿っているのは、若かりしころの私が忌まわしいとすら感じていた、絶対小説の力。しかしそれは単に文才を与えるだけのものではないと、私は気づいてしまったのですぞ」
田崎氏はネタバレを披露するモラルの低いオタクのような、愉悦の表情を浮かべている。
だけどぼくは、これから暴露されるであろう真実について大方の予想がついていた。
そしてそれは、まるで予定調和のように彼の口から紡がれたのである。
「――欧山概念の魂は、現実を変えることができるのです」
聴衆がさほど驚かなかったからか、田崎氏は拍子抜けしたように首をかしげる。
我ながら意外なほど落ちついていた。
今感じているこの感情が、納得なのか、それとも諦観なのか、それすらもよくわからなくて、なんとなくばつの悪い気分を覚えてしまう。
まことさんもきっと、同じ気分を味わっていたのだろう。
彼女は不自然なほどおおげさな身振りで、こう呟いた。
「あなたは絶対小説を使って、この世界を終末をもたらそうとしているの?」
それはカンペでも読んでいるかのように、抑揚のない声だった。