7-8:ネオノベル・クロニクル
文字数 2,945文字
そう考えてなかばヤケクソ気味に殺されようとしたのは、まったくもって見当外れの行動だというのはすぐにわかった。
光り輝くライトセーバーのパチものみたいな剣で幾度となく攻撃を受けても、耐えがたい痛みによってひたすら苦しめられる。
いつまで経っても現実に戻る気配はなく、そのうえ死ぬことさえできずにいた。
「うっ……ぐうう! やめ、やめ……てくれ!」
「どうして? どうしてなの? わたしたちがなにをしたっていうの? リュウジはなんで死ななくちゃいけなかったわけ? ほかのみんなも、この地球にいるわたしたちの敵だって、どうしてお互いに憎みあって、あんなふうに殺し合わなくちゃいけなかったのよ!!」
「ち、違う……! ぼくは……」
しかしミユキの怒りは正当なものだった。
物語を彩るためだけに彼ら彼女らをもてあそんでいた傲慢な神さまは、然るべき罰を受けなくてはならない。
終わることなき悪夢の中で。自らが作りあげた物語の世界で。
「ねえ、神さまならどうして幸せにしてくれなかったの?」
ああ、そうだね。その問いかけだってもっともだよ。
グラフニールの中でミユキはかつての恋人と最後まで争い、そして儚く散っていった。
できることなら、彼女を幸せにしたかった。
だけどもう一度書き直すとしても、きっとまた同じ筋書きを紡ぐだろう。
ぼくは作家だから。
それが君にとって、もっとも美しい結末だと思ってしまうから。
「ごめん……。謝ったところで許してもらえないだろうけど」
彼女はこれが答えだとでも言うように、再び光り輝く剣を構える。
ゲームのラスボスだった神さまだってチェーンソーでバラバラに引き裂けば倒せるのだから、このまま切り刻まれたら現実に戻ることができるかもしれない。
そうでなくても次に目が覚めたときは、悪夢でないことを祈るばかりだ。
まことさんとよく似た女の子に憎まれていることが悲しくて、自分が作りあげた世界ごと目を背けようと、ぼくは静かにまぶたを閉じる。
――――――――
「……おい、しっかりしろ!! 気絶している場合じゃないぞ!!」
「痛っ!! 今度はいったいなんだっていうんだよっ!!」
観念したところでいきなり頬を叩かれて、怒りのあまり起きあがる。
ぼくの顔をのぞきこんでいるのは見知らぬ男で、ミユキでないことになおさら憤りを覚えてしまう。
誰だこいつ。ハリウッド俳優みたいな顔しやがって。
「いいか、よく聞け。わたしはこの場から、お前だけでも逃がすつもりだ。誇り高き白騎士の称号にかけて」
「てことは……あなたはもしかしてクロフォード?」
「やはり強く頭を打ったのか、勇者ライルよ。しかし悠長に構えている暇はないぞ」
さすがに今度はどういう状況なのか、すぐに把握することができた。
ぼくは勇者ライルとして、偽勇者の再生譚の中にいる。
しかしさして驚きはなく、どうしてまだ現実に戻れないのかという疑問と、なんでまた自分の書いた小説の世界に来てしまったのかという恐怖だけが、脳裏をよぎる。
悪夢はまだまだ終わらない。
うす暗い洞窟と、びちゃ、びちゃ、という音がそれを教えてくれる。
魔王軍四天王の末席、宵闇のガルディオス。
勇者ライルのパーティーが全滅する場面に、ぼくは迷いこんでしまったらしい。
「ああ、勘弁してくれっ! よりにもよってこんなところかよ……っ!!」
「落ちつけ、ライル! 敵に位置を気取られるぞ!!」
『ククククク……。そんなふうに怯えていては、戦いの興奮すら味わえぬではないか』
おどろおどろしい声が明瞭に響いてくるというのに、一向にガルディオスの姿を見つけることができない。
自然と歯がガタガタと震え、下履きの内からじわっと生暖かい感触が広がり、革靴の中まで垂れてくる。
ぼくはこの世界を作りだした創造主だというのに、今はただただ恐ろしくて、再びクロフォードに頬を打たれるまで、正気を失いかけていた。
『そうやって楽になろうとするんじゃない! お前にはまだまだ言いたいことが山ほどあるんだからな!!』
「……は?」
味方であるはずの男に突き飛ばされて、ぼくは無様に尻餅をついた。
ところがもう一度見ればハリウッド俳優めいた白騎士は消えうせていて、目の前に立っているのは宵闇のガルディオス。
彼は漆黒の鱗に包まれた鬼面を歪ませて、こう語りかけてくる。
『いいか、簡単に死ねると思うな。俺が味わった屈辱の数々のぶんだけ、苦しみ抜いてから死んでもらうぞ。どうしてそんな目にあうのか、あえて告げなくてもわかるだろうが――』
そこでガルディオスは、ぼくのきょとんとした顔を見て、苛立ちまじりに舌打ちする。
説明しないと伝わらないと気づいたのか、彼は滑稽にさえ思えるほど丁寧に、
『一巻の冒頭。最初に登場したときの我は、誰がどう見たって強そうな魔物だったろう?』
「あ、はい……。そういうふうに書いた覚えがあるので」
『では何故ライルの前に再び現れたとき、わずか数行で倒されるハメになったのだ』
ぼくは苦々しい表情を浮かべざるをえなかった。
ページ数の都合。
偽勇者の再生譚は三巻で打ち切りだったから、一冊で魔王まで倒さないといけなかった。
だからガルディオスは、真の勇者として覚醒したライルにワンパンされ――。
しかしわざわざ説明しなくても、彼は事情を察していたらしい。
哀れにすら思えるほど覇気のない表情で、静かにこう訴えかけてくる。
『悪役には悪役の矜持がある。我は四天王末席ながら魔王様復活のために尽くしてきた。この世界に存在したときから与えられていた役割であったし、そのために作られた以上、自らの運命を全うしたいと願っていたがゆえに』
なのに、とガルディオスは言う。
ぼくに。
ほかでもない自らを生みだした創造主たる、ぼくに。
『我には選択肢さえ与えられていなかった。結局どうやったところで唐突に世界は終わってしまう。いくらこの物語が続いてほしいと願ったところで、もっと盛りあがってほしいと意気込んだところで、お前に作られた欺瞞である以上、我にはどうすることもできぬ』
ミユキに憎まれたときだって胸が痛んだ。
悪役であるガルディオスに懇願されるというのも、それと同じくらい悲しいものがあった。
ぼくの力が足りなかったから、作家として面白い小説に仕上げることができなかったばかりに――彼らは中途半端な終わりを向かえ、やりきれぬまま消えていったのだ。
『なあ教えてくれ、創造主よ。いくら努力したところで報われないのなら、我らはいったいなんのために生まれてきたのだ?』
その問いに答えることはできなかった。
ぼくだって絶対小説の中にいたとき、同じ疑問を抱いたまま終わりを迎えている。
ガルディオスもまたもうひとりの兎谷三為で、だから神さまに罰を与える資格は十分にあるはずだ。
だからもう一度、目を閉じるとしよう。
この悪夢が終わりを迎えるときまで。