7-12:世界の終わりとリアルモンスターワールド(3)
文字数 2,335文字
「今さら言い逃れようだなんて、それこそ無駄な努力ですよ。何度も言いますけど、ぼくはあなたの理想を体現した語り部にすぎません。ほかの登場人物たちにしてもそう。彼らはただ、創作者の言葉を代弁しているだけなんですから」
真っ白な背景と化した空間がパラパラと崩れゆく中、兎谷三為が語りかけてくる。
ぼくはパッと身を引き、後ずさりしてしまう。
心のどこかで察していた。
欧山概念の意志は、最初から介在していない。
ここはぼくが作りあげた世界。
百年前の作家が思い描いた夢想をベースに書きあげた、出来の悪い二次創作だ。
「ようやく認めてくれましたか。……で、どうします?」
「それはこっちが聞きたいくらいだよ。夢から覚めるために、ぼくはなにをすればいい」
「難しいところですね。なんでも思いどおりになるこの世界で、あえて自分で自分を殺そうとするような人間を満足させる結末なんて、はたして存在するんでしょうか」
返答に窮して、ぼくは顔をしかめる。
若いころの自分に問われているからか、なおさら憎らしく思えてくる。
と、そこで兎谷三為の姿がぐにゃりとゆがみ、
「じゃあごうじたらええだか。ほんどにめんどうなやづだなあ、お前」
「河童の村長か……。いよいよなんでもありになってきたな」
「おらといだどきみでえに、ご都合ファンタジーにひだっていりゃよがったがに。だのにぞれで納得できねえがらっで、自問自答をぐりかえじていやがる。わけがわがんねえぞ」
「そっすね。我ながらどうかとは思いますよ」
素直にそう答えると、河童の村長の姿がぐにゃりとゆがむ。
次に現れたのはぼくの理想を具現化したような女の子で、
「自慰行為どころか自傷行為よね。最悪だわ、自分の考えたキャラクターに殺されたいだなんて、つきあわされるこっちの身にもなってよ」
「うん、ごめん。君の言うとおりだ」
「謝ってばかりね、神さま。だからヒロインにも愛想をつかされちゃうんじゃないの?」
容赦なく心をえぐられたところで、ミユキの姿がぐにゃりと歪む。
次に現れたのは案の定、宵闇のガルディオスだった。
「いい加減に認めたらどうだ、創造主よ。登場人物に憎まれていると思っているのは、お前だ。我の死に様に納得できていないのは、お前なのだ。終わりたくない、終わらせたくない、そう願って嘆いて許せないでいるのは、ほかならぬお前自身じゃないか」
「ああ、そうだよ。だからこんな悪夢を作ったのかな。認めたくないばかりに欺瞞で塗り固めて、ぼくのわがままにつきあわせてしまったのかな。でも、だったらどうすればいいのさ。いくら努力したところで報われないのなら――」
そう問いかけたところで、宵闇のガルディオスの姿がぐにゃりと歪む。
続けてぼく自身の姿も、ぐにゃりと歪んだ。
「じゃあ最初からやり直してみるかい。ここはなんでも思いどおりになる世界だからね」
目の前に立っていたのは金輪際先生、すなわち現実のぼくだった。
慌てて自分の姿を見ると……ぼくのほうは十年ぶん若返って、兎谷三為になっていた。
「君は原稿を読むところに戻って、絶対小説の世界を追体験することができる。なんなら記憶だって消してあげよう。そうしたら創作の情熱だって戻ってくるかもしれないよ」
「で、ぼくはまた欧山概念にもてあそばれるわけですか」
「対戦ゲームは何度やっても楽しめる。嫌なら逃げたっていい。認めたくないなら嘘をつけばいい。自分にね、現実にね、それもまたひとつの道だよ、兎谷くん」
金輪際先生が、ぼくに銃を渡してくる。
これで先生の眉間を撃ち抜いてリセットして、まことさんと奇妙な冒険をたどって、最後にまた先生の眉間を撃ち抜いて、何度も何度も絶対小説という名の冒険を楽しめばいい。
夢から覚めてしまわないように。
現実と向きあいたくないばかりに。
気がつけばぼくは泣いていた。悔しくて悲しくて泣いてしまった。
「ダメです、先生。ぼくはそれじゃ満足できない。だって――」
「ならばもう、迷うのはやめなさい。わかりきった問題を何度問うたところで、結局は同じ答えしか返ってこない。君は小説を書くだろう、たとえ報われないとしても」
「誰かに、読んでもらいたいから」
小説は現実でしか書くことができないし、読者は夢の中には存在しない。
それに面白い小説を書きたいのなら、どうしたって自分と向きあう必要がある。
この胸に抱いたありとあらゆる感情が、ぼくの物語を彩ってくれるのだから。
だから眉間を撃ち抜くことが答えじゃない。
ぼくは本当のぼくと、手を取りあわなくちゃいけなかった。
「小説に書いてあることはいつだって正しい。つまりはライルとユリウスだよ、兎谷くん」
「わかりました、真の勇者になりますよ。だから先生、そろそろぼくに返してください」
「クソみたいな十年を?」
「はい。それだってきっと、創作の糧になりますから」
銃を放りなげて握手を求めると、金輪際先生はにっこりと笑う。
そのうしろには河童の村長が、ミユキが、クロフォードやガルディオスが、リュウジやライルたちが立っていて、呆れたような表情で拍手をしてくれる。
ああ、終わらないさ。また懲りずにはじめてやる。
ぼくが小説を書くかぎり、君たちは姿を変えて、世界はかたちを変えて、存在し続ける。
だけど、もうちょっとだけ待ってくれ。
勘違いしているように見えるから、念のため言っていくけどさ。
この物語はまだ、最終回を迎えちゃいない。