2-5:わたしの肌ピンクなので。ここは緑が多いので逆に浮いてしまうかと。
文字数 3,782文字
「でも、どう見たってあの人たち人間じゃないですよね。緑色の禿げ頭ですし」
「こらこら、言葉を選びなさい。いくらなんでも失礼だろうに」
興奮して声が大きくなっていくまことさんを、ぼくは慌ててたしなめる。
さきほどまで不安そうにしていたというのに、ここに来て急にテンションをあげてくるのだからよくわからない。恐怖のあまり錯乱しているのだろうか。
ぼくはひとまず冷静になろうと、エアマックスみたいな色の花を鉈でかきわけつつ、平然とした顔で先をいく老人たちの姿を見つめなおす。
うん、めっちゃグリーン。
あれを河童じゃないと言ってしまうと、逆に埼玉の人に対して失礼な気さえしてくる。
「目に見えるものを信じましょうよ、
「それこそありえないだろ。小説じゃないんだから」
「
まことさんが早口でまくしたてるので、ぼくはいよいよ頭が痛くなってくる。
そういえば彼女はオカルト好きなのだ。
だからなのか、異常すぎるこの状況に喜びを見いだしているのかもしれない。
「ぼくはぶっちゃけ恐怖しかないんだけど……。むしろなんで平気なのさ」
「だって河童ですよ、チュパカブラよりすごいじゃないですか。それにわたしたちは彼らに助けてもらって、そのうえ今はこうして用事を手伝っているわけですから。ひとまず友好的な関係を結べたと考えるべきではないでしょうか。ないでしょうか?」
「んん……。まあそうなのかなあ」
重度のオカルトガールにつばを飛ばされながら力説されたので、ぼくは早くも流されそうになってしまう。
長年培った常識は力のかぎり否定しようと構えているのだけど、サイバイマンみたいな老人たちといっしょに山を歩いている状況の前では、あきらかにパワー不足。
そのうえ、まことさんは前を歩く老人たちに、
「もしかしておじいさんたち、河童ですか?」
「……んあ?」
あまりにも迷いなく剛速球を投げるので、ぼくはその場から逃げだしたくなった。
ところがたずねられた老人はカッカと笑うと、
「なに言っでんだおめえは。あんだらだって河童だろうに」
思わずまことさんと顔を見合わせる。
彼らは素直に河童だと認めたうえ、ぼくらのこともお仲間だと考えているらしい。
……どうするの? と彼女にアイコンタクトを送る。すると、
「ですです。ワレワレ、東京から来た河童なのデス」
「そりゃええげどよ、ざっざと色変えろや。そんままじゃ目立つだろうが」
「あー、わたしの肌ピンクなので。ここは緑が多いので逆に浮いてしまうかと」
「ヨソモンはごれだからなあ、まったく」
驚くべきことに会話が成立していた。
ぼくはまことさんをまじまじと見つめる。
彼女はまるで人が変わったように得意げな表情を浮かべて、
(チョロいもんですね。この調子で話を合わせていきましょう)
(待って。なんでそんなアドリブ強いの)
(むしろ兎谷先生が弱すぎです。上手に嘘をつくのが作家の仕事では?)
嘘をつく仕事と言われると語弊があるものの、うまく話を合わせて場を切り抜ける必要があるのも確かである。
しばし悩んだすえに、まことさんを見習って河童にひとこと、
「ぼくの肌は濃いめのブルーですね。ケンプファーとか好きなので」
「……なに言っでんだかよくわがんねえな」
そうですね。
自分でもなにを言ってるのかわからなくなってきました。
◇
もしかするとぼくは、人間が持つ対応能力を侮っていたのかもしれない。
たとえばファンタジー系の作品を読んだとき、異世界に飛ばされた主人公があっさりと状況を受け入れてしまうことによく違和感を覚えていたのだが……実際に河童となかよく山を歩くという常軌を逸した経験をしてみると、思いのほか早く場の空気に慣れてしまうことがわかった。
というより考えるのが億劫になってくるのですな。マジで。
「しかしぼくたち、元の世界に帰れるのだろうか……」
「無理っぽかったらわたしたちもここで暮らしましょう」
まことさんがさらっとそう言うので、なおさら考えるのが億劫になってくる。
オカルト好きゆえの迷走なのか、こう見えて実生活にストレスを感じているのか、いずれにせよ正気の沙汰ではない。
あるいはぼくも場の空気に慣れてきているというより、正気を失いつつあるのかもしれなかった。
頭の奥でじりじりと恐怖と焦燥感が募る中、前を歩く河童A(仮)に今さらながら、
「そういえば山でなにを採りにいくのです? こちらとしても目当てのものがわからないと探しようがないというか」
「なんだ、そんなごとも知らねえでづいてきたのか。コダマだ、コダマ」
ぼくは「はて?」と首をかしげる。
てっきりゼンマイとかシイタケとかを探しているものだと思っていたのだが……そもそも前衛アートめいたこの自然の中に、そういった定番の山菜が生えている気配はない。
するとぼくと河童Aの会話を聞いていたのだろう、先頭をいく村長がナナフシのように節ばった腕を大きく伸ばし、樹のうえに生えている瓢箪のような果実を指さした。
「ありゃ毒があるがら食わぬが、コダマどよく似でいる。ごの山に生えでいる木の実はどれも毒があっだり精がづかなかっだりしてな、ろくに食えだもんじゃねえの。だがらおらだちコダマの根っこ食う。わがるか?」
「なるほど。栄養価の高い根菜なわけですね」
「よくわがんねえけどだぶんぞんな感じだ。おらだちはコダマ採らねえと生ぎでいげねえ」
話を聞いた感じ、この山にしか自生していなさそうな植物ではあるものの、河童が探しているコダマがただの山菜だとわかってホッとする。
瓢箪みたいな根っこということなら、レンコンに近いものをイメージしておけばよさそうだ。
「コダマ……コダマ……つまり河童のシリコダマですよ、兎谷先生」
「ああ、そういうことか。となると彼らに襲われて、お尻から変なものを抜かれる心配はなくなったわけだ」
ひきつった笑いを浮かべてそう言うと、まことさんはあからさまに眉をひそめる。
いや、下ネタじゃないし、セクハラまがいの冗談を飛ばす余裕も今ないから。
やがて村長は再び口を開き、ぼくに向けてこう言った。
「コダマはどにかく美味え。だげんども育ちすぎるど厄介なんだわな。ごの前もでげえやづ出てぎて三匹も食われだ」
「……食われ? なにが?」
「コダマすぐ育づ。だがら山いっで採りにいがねえどいげねえ」
要領を得ない村長の話に、ぼくは若干の戸惑いを覚える。
なんというか、よくない方向に話が進んでいるような。
まことさんも嫌な予感を抱いているのだろうか、さきほどまでのハイテンションが嘘のように緊張をはらんだ声で、
「なんか変な匂いしません? 甘ったるいような腐った卵のような」
「言われてみれば……ちょっとするかも」
風が吹いてきたときにどこからか漂ってくる、熟しすぎた果実のような腐乱臭。
まことさんが気づいたのと同じタイミングで、村長も匂いを感じとったのだろう。鼻をヒクヒクとさせて、
「ごりゃコダマだ。じかもがなり近えな」
「んだらやるが、村長よ」
「そうざな。……おい、ヨソモン」
「あ、はい。ぼくらは具体的になにをすればいいのでしょう」
すると村長はニタニタと笑いながら、手に持った鉈をくるくると回してみせる。
それから急に鋭い目つきになって、ぼくとまことさんにこう言った。
「慣れるまで、食われねえようにじでろ」
だからなにに食われ? コダマって植物なんですよね?
ぼくがそうたずねようとした直後――突如として、前方からバリバリバリッ! と激しい物音が響いてきた。
うっそうと茂る草木を力任せになぎ倒しながら、なにかがこちらに向かってきている。
たぶん動物だ。
猪だろうか。熊だったらどうしよう。
「――ピュエエエエエエエエエッ!」
しかし続けて聞こえてきたのは、猪や熊のものとは思えない鳴き声。
ソプラノリコーダーを吹き鳴らしたような不快な高音が、耳をつんざくほどの鋭さで響き渡ったかと思えば――ぼくと数メートルしか離れていないところを、大きな物体が通りすぎていった。
脇道から軽トラが飛びだしてきたかのように。
前にいた河童を三匹ほどなぎ倒しながら。
「……え?」
ぼくは唖然とした。
黄色い花弁をつけた巨大な植物が、地に伏した河童たちを次々と呑みこんでいく。
慌てて村長が駆けだしてきて、間抜けに突っ立っていたぼくとまことさんを引き寄せた。
「コダマだ!! ぼざっどずるな、食われるど!!」
コダマ。漢字に直すと
ああ、そうか。
河童がいるのなら当然、ほかの妖怪だっているわけである。