3-1:魂をもった人間だけに許される最後の砦

文字数 3,168文字

 あれから一週間。ぼくは以前と変わりのない日常を過ごしていた。

 というのも、絶対小説の行方を占ってもらうことになったとはいえ、僕様ちゃんが用いる手段というのが、彼女の顧客である警察や政治家のコネを使って地道に調べあげるという、ほとんど探偵の仕事に近いものだったからだ。

 どこが占い師やねんとツッコミたくなるが……苦労して頼んだすえに当たるかどうかもわからないオカルトに頼るよりはよっぽどマシである。
 探偵に依頼したのなら三十万相当の料金も妥当ではあるし、ひとまず僕様ちゃんから報告が来るまで待つほかなさそうだ。

 一方、本業のほうもとくに進展はない。
 僕様ちゃんから言い渡された『欧山概念(おうやまがいねん)の二次創作をせよ』という課題に合格し、失いかけていた創作に対する自信がよみがえってきたものの、だからといってすぐに本が出版できるわけもなく、結局は何度も担当編集さんに新シリーズのプロットを送りつけて、ゴーサインが出るまでトライし続けるしかないのである。

 というわけでこちらも返事待ちの状態。
 編集さんはいつも忙しいので、たぶんけっこう長いこと待つハメになる。

「こういう宙ぶらりんの状態が一番ストレス溜まるんだよな……」

 ぼくはマンションの自室で一人、パソコンのモニターに向かって呟く。
 一瞬、まことさんを誘って、またどこかへ遊びにいこうかと考える。
 しかし今までは『紛失した原稿の行方を探す』という口実があったからよかったものの、今はこれといって理由がない。
 つまり普通にデートに誘うかたちになる。
 
「しまった、どうアプローチしたらいいかわからないぞ……。ていうかぼく、自分からメッセージを送ったことなかったな、今まで」

 しかたない。彼女のほうから『兎谷せんせー(*´∇`)』と声をかけてくれることに期待しよう。
 これぞまさに草食系男子の生態。リードしてくれ、ぼくを。

 しかしこうなってくると本当にやることがない。
 あとはアニメを観るか、ソシャゲをやるか、SNSでチャットするか、小説のネタになりそうな話を探すくらいしかなさそうだ。

 しばし悩んだすえ、埼玉の山間部に現れたという『謎の食肉植物』のニュースがどうにも心に引っかかっていたので、続報がないかとネットをさまよう。
 しかし目についたのは、そんなオカルトとはまったく関係のない、ライトノベル業界についてのニュースであった。

 ――――――――――――

 大手IT企業BANCYは◯月×日、同社が開発したAIを使って執筆したエンターテイメント小説が、第一回ネオノベル新人賞の最終選考に選ばれたことを発表した。惜しくも受賞にはいたらなかったものの、人工知能によって執筆された作品が文芸賞の最終選考まで進むのは今回が初となる。BANCY社の代表取締役【田崎源一郎】氏(写真中央)は「今後はエンターテイメントの分野においてもAIの技術は活用されていくだろう。プログラムであればスランプとも無縁なので、刊行ペースをあけることなくベストセラー作品を提供し続ける、人気のAI作家が誕生する日が来るかもしれない」と、精力的に展望を語った。

 ―――――――――――― 

 ぼくはけっこう驚いた。
 AIに小説を書かせるという試みはたびたび行われてきたものの、新人賞の最終選考にまで勝ち進んだとなれば大事だ。

 聞いたことのないレーベルなのでさほど規模は大きくなさそうだが、それでも数百もの応募があったはずだ。だというのにプログラムによってオートマチックに執筆された作品が、幾多ものラノベ作家志望者が心血を注いで作りあげた作品を踏み越えて、受賞間近のところまで登りつめていったわけである。

 技術の発展という意味では喜ばしいニュースかもしれない。
 しかしぼくはどうしても、心にもやもやとしたものを抱えてしまう。

 小説技法について多少でもかじれば、読者が面白いと感じる物語の筋書きには武道の『型』のような、一定の法則や決まりごとがあることは嫌でも理解することになる。
 起承転結、序破急、いわゆる王道あるいはテンプレ、推理小説におけるノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則……逆に言うとこの辺りのお約束を守ってさえいれば、一定の水準を満たした物語を書きあげることができるわけだ。

 そのうえで今の中高生が好みそうなエッセンスであるとか、ヒット作品のオマージュ(悪く言えばパクリ)を分析しつつ加えていけば、たとえプログラムであろうとも新人賞を勝ち抜けるほど完成度の高い作品を生みだすことさえ可能なのかもしれない。

 だが――もし機械的な分析や理屈だけで面白い小説が、あるいはベストセラーになるほどの小説が書ける未来がくるのだとしたら、ぼくたち作家はなんのために存在するのか。

 幾千もの言葉の中からきらめく小さな光を拾いあげ、血反吐をインクに変えて文字を刻む。そうやって作家が原稿に魂をこめるからこそ、真に読者の心を震わせる小説が紡がれる。
 ぼくはそうであってほしい。
 物語を夢想することは、ほかのなにかに代用させることのできない、魂をもった人間だけに許される最後の砦であってほしいのだ。

「まあ、最終選考に残った作品が本当に面白いかどうか、自分で読んでみないことにはなんとも言えないけどね」

 と最近さらに増えてきた独り言を呟きつつ検索してみると、件のBANCY社は最終選考に残ったAI小説を投稿サイトに公開していた。

 ざっと読んでみたものの、それほどの内容ではなかったのでホッと胸をなでおろす。
 ジャンルとしてはモンスターを狩るタイプの某人気ネットゲームをモチーフにした近未来SFアクションで、完成度こそ低くはないものの目新しいところはまったくない。今のところ売れている作家のエッセンスを適当に拾いあげただけの、劣化コピー的な作品でしかなさそうだ。

 しかしそこまで考えたとき、脳裏に苦い記憶がよぎった。 

「そういえばぼくのデビュー作もめちゃくちゃ叩かれたな。金輪際(こんりんざい)先生の劣化コピーだって……。思いだしただけで胃が痛くなってきた……」

 ぼくとてご大層にAI小説を否定できるほど、自分の作品に魂をこめられていないのかもしれない。
 あるいは金輪際先生のように、多くの人に愛される小説を書けたなら――と思うものの、あのおっさんもおっさんで『文才を与える魔術的な原稿』などというクソみたいなオカルトに手を出していやがるので救いようがない。
 まったく、人格的にも尊敬できる先輩だったらよかったのになあ……。

 するとちょうど、スマホが着信を知らせる。
 手にとってみると、僕様ちゃんからメールが届いていた。
 
 ――絶対小説の件について、話しておきたいことがある。

 はて。紛失した原稿が見つかったのだろうか。
 それとも手がかりだけ?
 文面にはほかになにも書かれていないので、実際に会って聞いてみるほかなさそうだ。
 そう思いスマホを閉じたとき、ぼくの腕に小さな虫のようなものが貼りついていた。
 よくよく見てみると、それは虫ではなく、なにかの模様のようだった。

 欧山概念の。
 絶対小説に書かれていた。
 クセの強い。
 文字。

 その一部がタトゥーのように、皮膚の表面に刻まれている。
 
「……え?」

 ぎょっとしてもう一度調べてみると、文字は跡形もなく消え失せていた。

 そういえば原稿を読んだ帰り道、今のと同じ幻を見たような……。
 たぶん、また気のせいなのだろう。
 自分にそう言い聞かせてみるものの、身体の震えはなかなか止まりそうになかった。
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登場人物紹介

兎谷三為


売れない新人ラノベ作家。手にしたものに文才が宿る魔術的な原稿【絶対小説】を読んだことで、百年前の文豪にまつわる奇妙な冒険に巻き込まれる。童貞。

まこと


オカルト&文芸マニアの美人女子大生。金輪際先生の妹。

紛失した絶対小説の原稿を探すべく、兎谷と協力する。

欧山概念


百年前に夭折した文豪。

未完の長編【絶対小説】の直筆原稿は、手にしたものに比類なき文才を与えるジンクスがある。

金輪際先生


兎谷がデビューしたNM文庫の看板作家。

面倒見はいいものの、揉め事を引き起こす厄介な先輩。

僕様ちゃん先生


売れっ子占い師。紛失した絶対小説の行方を探すために協力してくれる。

イタコ霊媒師としての能力を持つスピリチュアル系の専門家。アラサー。

河童


サイタマに生息する妖怪。

肉食植物である【木霊】との過酷な生存競争に明け暮れている。

グッドレビュアー


ベストセラーのためなら作家の拉致監禁、拷問すら辞さない地雷レーベル【ネオノベル】の編集長。

裏社会の連中とも繋がりがあるという闇の出版業界人。

田崎源一郎


IT企業【BANCY社】の代表取締役。

事業の一環として自社のAIに小説を書かせている。


田中金色夜叉


欧山概念を崇拝するあまりカルト宗教化した読者サークル【概念クラスタ】の幹部。

欧山の作品に登場した妖怪になりきるために全身をゴールドのポスターカラーで塗りたくっている。

川太郎


欧山概念の小説【真実の川】に登場する少年。

赤子のころに川から流れてきた孤児であるため、己が河童だと信じている。

リュウジ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】の主人公。

最強の思念外骨格グラフニールに搭乗し、外宇宙の侵略者たちと戦っている。

ミユキ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】のヒロイン。

事故で死んだリュウジの幼馴染。

外宇宙では生存しており、侵略者として彼の前に現れる。

ライル


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の主人公。

勇者の生まれ変わりとして育てられたが、のちに偽物だと判明する。

マナカン


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】のヒロイン。

四天王ガルディオスとの戦いで死んだライルを蘇らせたエルフの聖女。

真の勇者ユリウスの魂を目覚めさせるために仲間となる。



聖騎士クロフォード


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の登場人物。

ライルの師とも呼べる存在。

ガルディオス戦で死亡し、魔王軍に使役されるアンデッドになってしまう。

お佐和


欧山概念の小説【在る女の作品】に登場する少女。

病弱ゆえ外に出ることができず、絵を描くことで気分をまぎらわせている。

やがて天才画家として評価されるが、創作に没頭するあまり命を削り息絶えてしまう。

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