6-4:最終戦争が勃発して、世界が滅ぶ。
文字数 3,224文字
「マンドラゴラが発見された場所、前に取材に行ったところと近いみたいね。兎谷くんの考えた妖怪が現実に飛びだしてきたみたいで、わたしまでうすら寒い気分になってきたかも」
こうなってくると金輪際先生を探すという目的を放り出して、埼玉で発見されたマンドラゴラもとい木霊のことばかりを考えてしまう。
件のUMAがバイオ汚染で誕生したのならクラスタやぼくが捨てた種と因果関係はないはずだし、やはり偶然の一致だと考えるべきだろうか。
ぼくがしきりに首をかしげていると、まことさんがぽんと手を打って、
「やっぱり木霊が化けて出てきたんじゃないの。現実に」
「小説とごっちゃにするなって、さっき自分で言ったばかりのくせに……。ぼくもそんな気がしちゃって不安になっているけど、さすがに手のひら返しが早すぎだろ」
なんて言ってみるものの、実際のところ超常現象が頻発しているせいで、ぼくの感覚もだいぶ麻痺しつつあった。
まことさんにいたってはすでに受け入れつつあるようだし、横で会話を聞いていた僕様ちゃん先生まで、なにやら怪しげな推測を披露してくる。
「絶対小説の力はただ文才を与えるだけでなく、継承したものの周囲になんらかの影響を与えるということか。思い描いた夢想を現実のものとする――欧山概念が掲げた理想を考えると、妄想の産物が化けてでるのもありえそうな話ではあるな」
「さすがに発想が飛躍しすぎでしょう。そこまでいくと完全にオーパーツ的なやつですよ。怨霊の呪いが個人から世界規模になっちゃうわけだし」
「ハハハ。しかし想像したものが具現化するとか言っちゃうとセカイ系のラノベみたいでワクワクしてこないか。僕様ちゃんだったらすぐさま逆ハーレムものを書くぞ」
「うーん、やっぱり無理があるかなあ。でもクラスタだってビオトープを作ったわけだし、絶対にないとは言いきれないと思うのよね」
僕様ちゃん先生が冗談まじりに茶化してきたので、まことさんも自分の推測に自信がなくなってきたみたいだった。
だけど絶対小説にまつわるいくつもの事件を経験したあとでは、小説が現実に影響を与えることだってあるかもしれないと、ぼくですら疑ってしまいそうになるのも事実だ。
とはいえ、
「偶然にしちゃできすぎだけど、だからといって絶対小説にそこまでの影響力があるとは考えにくいよ。今までに絶対小説で文才を得た作家にだってそんな力を得ちゃいないはずだし、そもそもぼくの書いた小説がなんでもかんでも現実にぽこぽこ出てきたら、魔王が復活しちゃうんだぞ。さすがに無茶だろ」
「言われてみりゃそうよな。木霊にしたところでネオノベルか概念クラスタが裏でやらかした可能性のほうがまだ高いし、金輪際くんがBANCY社のところで小説を書いたのも繋がりがあるやもしれん。とりあえず今日のところは件のレーベルに問いあわせてみて、彼とアプローチが取れないか試してみるか」
まあ、今できることはそれくらいだろうか。
金輪際先生が正気に戻っているなら、ぼくの原稿と同じ『偽勇者の再生譚』を出版した経緯とか欧山概念に憑依された件について話を聞けるかもしれないし、もしそうでないならなおさら早急に、その心を救うためになにかしてあげなければならない。
というわけで僕様ちゃん先生に金輪際先生の調査を依頼し、ぼくらはひとまず渋谷のマンションに戻ることにする。
お友だち価格で二十万にまけてもらったとはいえ、しっかり依頼料を請求されたのだから……今後の生活費を考えると頭が痛いかぎりではある。
◇
「今日のところは早めに休んで、明日にはここを引き払おう。新居は僕様ちゃん先生が手配してくれるって話になったから、当面はなんとかなると思う」
「わたしたち、いっしょに住むんだよね?」
「今さら確認されるとは思ってなかったな。同棲はいやって言われたらぼくは泣く」
まことさんとふたりで同じ毛布にくるまって、お互いにクスクスと笑いあう。
問題はなおも山積み、どころかさらに増えそうな気配がある。
どうせまたロクでもない事件に巻きこまれるだろうし、いつまで平穏でいられるかなんて知れたものじゃない。だから今のうちに、彼女との時間を楽しもう。
「ねえ、思う存分イチャイチャしたいよ」
「してるでしょ今。ビオトープでもそうだったわけだし……なのにまだ足りないの?」
「色々とお願いしたいことはあるんだけど、キモがられるのが怖くて」
「その発言がもうアレでしょ。いったいなにを要求されるのかと」
「あ、ノーマルな感じで大丈夫です。とりあえずは」
「とりあえず……?」
しまった。すでになにか失敗した感じがする。
だけどまことさんはクスクス笑ったまま、ぼくの肩に腕をまわしてくる。
やった! これこそ夢の同棲生活だ!
と鼻の穴をふくらませたところで、ビローンビローンと着信音が鳴った。
「くそっ! 僕様ちゃん先生がスカイプで呼び出しだ!」
「先生の所在がわかったのかしら。やけに早いけども」
わからない。でもなんとなく嫌な予感しかない。
とりあえずサブのPCを開いて応答すると、僕様ちゃん先生はさっそく、
『おう兎谷、一応は情報があったぞ。これを見ろ』
『ん? 件のレーベルの公式サイトですか。ええと……刊行予定のページ?』
チャット画面に貼られたアドレスを開いてみたところ、僕様ちゃん先生の言う情報とやらがなにを指しているのかはすぐにわかった。
偽勇者の再生譚を出したばかりだというのに、金輪際先生がまた新作を出すのだ。
【世界の終わりとリアルモンスターワールド(仮) 金輪際:著】
ぼくは作品紹介のページを閲覧しながら、彼女に言った。
『このペースで書いているとなると、あのひとは正気に戻っているんですかね』
『わからん。かねてからのストックがあったのかもしれんし、欧山概念の魂に操られて廃人と化したままカタカタとキーボードを打っているやもしれんだろ』
嫌な想像だった。しかし、可能性がないとは言いきれない。
金輪際先生の新作が刊行されるのは、今から三ヶ月後。掲載されている紹介文を読むかぎり、ジャンルは終末SF系バトルアクションのようだ。
『AIの暴走が発端となり、最終戦争が勃発した近未来。地上は荒廃し、数多のクリーチャーが闊歩する異様な世界と化していた。そんな中、ひとりの少年が――って、このあらすじ、どこかで見たことがあるような気がするぞ……』
『そうかあ? でもまあ金輪際くんにしちゃありきたりすぎて面白みに欠ける設定よな。欧山概念に操られて書いているならなおさら、もうちょいヒネりが欲しいところだぞ』
『相変わらず手厳しいなあ。でもこれ、BANCY社のレーベルで出すんですよね? AIを開発しているところでAIが暴走する設定のラノベって大丈夫なんだろうか』
そう言ったあとで、ぼくは不安を覚える。
嫌な符号だと思ったからだ。
僕様ちゃん先生にもそれは伝わったのか、彼女は冗談まじりにこう言った。
『絶対小説の力がもし現実になんらかの影響をおよぼすとしたら、金輪際くんがこの小説を書くとヘタすりゃアレよな』
最終戦争が勃発して、世界が滅ぶ。
いや、そんなバカな。
『悪い冗談はやめてくださいよ。それよりもまず魔王復活が先でしょうに』
『じゃあ僕様ちゃん、エルフの聖女ちゃんになるぞい』
それこそ悪い冗談だろうに。
巨乳になってから出直してこい。
◇
しかし数日後、某国のミサイルがアメリカに向けて発射された。
幸いにも防衛システムに迎撃されて事なきをえたものの――AIを用いたハッキングが原因の誤射だったと、巷では噂されている。