4-1:ベストセラーを生みだすためなら、やつらは手段を選ばぬ。
文字数 4,865文字
結局あの日は
まことさんはいったいなにがしたかったのだろう?
あの日から一度も会っていないし、どころか唯一連絡を取れる手段だった彼女のSNSアカウントは、いつの間にか削除されていた。
しかしまことさんとはそのうち、会うこともあるだろう。
なんとなくだけど、そういう予感だけはある。
いずれにせよ先にまず、絶対小説と金輪際先生の問題についてケリをつけねばなるまい。
ところがこちらも例によって、なかなかうまく事が運ばない。
いくらスマホにかけても繋がらないので、もはや強行突破しかあるまいと――ぼくは編集部に突撃して、どうにか彼と連絡が取れないものかと、打診してみたところ。
我がNM文庫の編集長さまが直々に現れ、
「むしろ俺があの人と連絡を取りてえよ……。新シリーズはもう来月の刊行予定に入っているってのに、マジで勘弁してくれ……」
「え、じゃあもしかして」
「あいつ、ついにバックレやがった!!! どこ探しても見つからねえ!!」
困ったことに、金輪際先生は行方をくらませていた。
おかげでぼくは、昔から彼の担当をやっているという編集長さまの、魂の叫びを聞かされるハメになってしまう。
「ほんとにな、あいつはメンタルが弱い。締め切りを破るのはよくないが、事前に連絡を入れてくれるならこちらでなんとか調整する。だが連絡が取れないとなるとお手上げだ。
「はい……。そういうところだけは見習わないようにします……」
その後もさんざん愚痴を聞かされたあげく、とくになんの成果もないまま、ぼくはマンションの自室に帰宅することとなった。
季節が秋になり肌寒くなってきたので、外出するときは必ず身につけている薄手のダウンをベッドの片隅に放り投げたあと、パソコンデスクの前に座ってため息を吐く。
「また宙ぶらりん地獄じゃないか……。僕様ちゃん先生からも報告が来ないし、ほんとにどうなってるんだ。あれで売れっ子らしいし、仕事が忙しくて手がまわらないのか?」
しかし彼女が経営している占いの館のホームページを開くと、意外な事実が発覚した。
トップメニューに謝罪文とともに、
「うわ……火事だって?」
なんと、お店が全焼していた。
幸いにも本人は無事らしいが、これでは原稿の行方を探すどころの話ではなさそうだ。
横暴な女性とはいえ相当なショックを受けているだろうし、今はそっとしておこう。
「音信不通、失踪、店が全焼、か。
なんて呟いた矢先にスマホが着信を知らせたので、ぼくはびくっと震えてしまう。
手に取ってみると、発信者は担当の鈴丘さんだった。
『もしもし、おひさしぶりですね。今日はなんの用件でしょうか』
『やー、兎谷くん! おめでとう!』
『へ……? なにがですか? 今のところとくにめでたい話はないですけど』
しいて言えば、謝恩会の日の夜に童貞を捨てたことくらいだろうか。
とはいえ編集者といえど担当作家の恋愛事情を把握しているはずもないし、たぶんそれとは別によいニュースがあるのだろう。
しばし考えて、そもそもぼくはこの一年、なにをやっていたのかを思いだす。
「もしかして会議に通ったんですか? 新シリーズの企画」
『そうそうそう! えーと、いくつか送ってきてくれたプロットの中で、あれ。ファンタジーのやつ。ざっと読んだ感じよく練られていたし試しに出してみたんですけど、ほかの編集さんからダメだしされることもなく、すんなりオッケーいただけましたよ』
「マジですか!! やった!! じゃあとくに修正ポイントとかもなしで?」
『はい。プロットそのままで問題ないですから、さっそく初稿に取りかかってください。締め切りは一ヶ月後に設定しておきますんで、なるべく早め早めに進行して、可能であれば再来月くらいの刊行を目指しましょう』
「お、かなりのハイペースですね。ぼくとしても早く本が出せるならそのほうが嬉しいのでがんばります!! ありがとうございます、鈴丘さん!!」
ぼくが興奮してそう返すと、鈴丘さんは通話ごしにハハハと笑う。
そして最後に、
『兎谷先生は一年間、新人さんの中では誰よりも精力的にプロットを出してくれましたし、そのぶんいい作品になると思います。私も編集者としてではなく一読者として楽しみにしていますので、ぜひがんばってください』
と言ってくれるものだから、「はい、はい」と返事をしつつホロリとしてしまう。
……なにせ一年間ずっと、不合格の烙印を押され続けていたのだ。
おかげで電話を切ったあとも、新作が書けるという事実をいまいち認識できない。
しばらくしてようやく実感がわいてくると、ぼくはたまらず、
「よおし、やってやるぞ!! 最高傑作を書いてやる!!」
さっそく初稿に取りかかろうと、ぼくは執筆ソフトを開く。
しかしそこで唐突に鳴り響く、ピンポーンの音。
なんでこう、やる気が出たときにかぎって来客があるのか……。
ぼくは不用心にも呼び鈴を鳴らした相手の姿をろくに確認もせず、ドアを開ける。
そしたらいきなり、金髪のお姉ちゃんに蹴飛ばされた。
「――げふっ!!」
「鳴らしたらはよ出ろ、僕様ちゃんはラノベを書いてないから忙しいのだ」
クソ占い師、襲来。
ぼくは脇腹にハイキックをかまされた痛みに悶絶しながら、
「急になんですか……。ていうかなぜ、ぼくんちの住所を……」
「調べた。つかマジ急いでくれ、兎谷くん」
「急げって……なにを?」
わけもわからず問いかけると、僕様ちゃん先生は肩にかけていたボストンバッグを床にどすんとおろし、ぼくの前にしゃがみこむ。
そして彼女は珍しく焦っているような表情で、こう告げた。
「困ったことにな、兎谷くん。僕様ちゃんたちは今、やばいやつらに狙われている」
「は?」
「拷問されて廃人になりたくなかったら、ただちにこの場から逃げるのじゃ」
この女はいったい、なにを言っているのか。
しかし彼女の真剣な表情からして、冗談というわけではなさそうだった。
◇
「いちいち説明しないとダメか? 僕様ちゃんほどの美少女が逃げろと言っているのだから、黙ってついてくるのが正解だと思うのだが」
「無茶言わないでくださいよ。いきなりマンションに押しかけてくるようなサイコパス女のなにを信じろと」
「……は? ふざけたことぬかすと火をつけるぞ。うちの店は燃えたのにお前んとこは無事とかマジ理不尽じゃと思わんか」
やばい。この人、目が据わっている。
店が全焼という災難にあったばかりだからか、僕様ちゃん先生は余裕がなさそうだ。言動がヤバすぎて余計に信じられないものの、うかつに刺激すると状況を悪化させかねない。
ぼくはあくまで冷静に、
「実は新シリーズの企画が通ったばかりでして、本音を言えば原稿に集中したいんですよ。だから説明もなしに逃げろと言われても困ります。こうしている今も……早く執筆を再開したいわけで」
「なるほど。急に押しかけてすまぬ。しかし僕様ちゃんとてふざけているわけではない」
ようやく謝罪の言葉が出てきたので、ぼくは呆れてため息を吐く。
それを見て彼女も冷静になったのか、
「ネオノベルを知っているか?」
「あ。はい。最近できたばかりのレーベルですよね。主にWeb小説の出版を手がけているという。この前の謝恩会でもすこし話題になりましたよ」
「どうせロクでもない噂じゃろう。Web作家を脅して人気作品の出版権をむしり取ったり、印税の仕組みをよく知らんアマチュア作家と詐欺まがいの契約書を交わしたりとか」
「あ-、そんな感じです。作家を監禁してまで作品の権利を奪い取る……なんて噂もありましたけど、さすがにそれはガセネタですよね」
「そのへんはまだ可愛いもんじゃろ。薬漬けにされて施設送りになった作家もいたからのう。僕様ちゃんの店も火をつけられたし」
「……冗談でしょ?」
しかし僕様ちゃん先生は、無言で首を横に振る。
そして真剣な表情のまま、こう言った。
「残念ながらガチじゃ。ネオノベルの母体は、闇の出版業界人たちが経営しとる会社だ。ベストセラーを生みだすためなら、やつらは手段を選ばぬ」
「だからなんですかそれ。いくらなんでもありえないでしょ……」
というより、闇の出版業界人という単語からして意味不明である。
もしかしなくてもこの女、店が燃えたことで頭がおかしくなっているのではなかろうか。
「信じられぬか? しかしアコギな商売をやっとるやつらは、メディアのいたるところに存在する。マスコミは政治家や裏稼業の人間とズブズブに繋がっておるし、芸能プロダクションの経営元が、背中にドラゴンとか掘った連中だったりするという話は、兎谷くんとて耳にしたことはあるじゃろう」
「んん……? まあ、それは、はい。ぼくの地元に一見すると普通のスーパーなのに、経営してるのがそっち系の方々で……うかつにクレーム入れると怖いおっさんが出てくるところがありますから」
「それと似たようなものじゃ。出版業界は閉鎖的ゆえ、およそ常識では考えられぬほど過激な連中がいる。いわば業界ゴロの最悪な部分を煮詰めたような輩を、俗に闇の出版業界人と呼ぶわけだ」
「はあ……理解しました。つまり真っ黒な会社がラノベレーベルを立ちあげたってことですよね。監禁と拷問うんぬんの話はどこまで真に受ければいいのかわかりませんけど」
すると僕様ちゃん先生はため息を吐き、
「嘘だと思うのなら別に構わん。ただ僕様ちゃんとしては、兎谷くんが拷問されて廃人になったり東京湾に沈められたりすると夢見が悪いからのう」
「またそうやって怖いことを……。そもそも、狙われる心当たりがありませんよ」
「せやな。売れてないもんな、君」
「じゃあ帰ってください」
「待て待て待て!! ほんとうにないのか、心当たり。作家かどうかというのはこの際、関係ないぞ。だから僕様ちゃんもやつらに狙われておるわけで」
確かに……売れそうなラノベを出すために、犯罪行為にすら手を染める過激なレーベルがある、というだけの話なら、占い師である彼女はまったく関係がない。
と、ぼくはそこで、ひとつの可能性に思いいたった。
「もしかして――絶対小説?」
「うむ。ネオノベルの連中は、欧山概念の原稿を狙っておるのじゃ」
なるほど。
なにせ比類なき文才を宿す原稿だ。
それを手に入れたときの経済効果はバカにならない。
ジンクスの真偽はともかく、名のある文豪が残したいわくつきの代物なのだから……ネオノベルとかいうアコギなレーベルが狙う理由にはなるかもしれない。
「でも紛失しちゃってるから、ぼくは関係ないですけど」
「しかしやつらはそう思っておらん。だから兎谷くんに目をつけておるのじゃ」
彼女はそこでなぜか、部屋のコンセントをガチャガチャといじりだす。
そしてぽいっと小さな部品みたいなものを投げてきて、
「ほれ、盗聴器があったぞ。たぶんこの部屋に押しかけてくるのも、時間の問題では?」
「マジですか……」
ついに証拠まで出てきてしまった。
まさかクソみたいなオカルト原稿のせいで、裏稼業の連中に狙われるハメになるとは。