3-2:恥ずかしげもなく理想を叩きつけてやれ。
文字数 4,518文字
そしたら金髪のねーちゃんに出会い頭に蹴り飛ばされた。
「おっそいわ!! どうせヒマじゃろうに、クソラノベ作家!!!」
「ちょ……いきなりひどいですよ!! ぼく、一応あなたの顧客なんですから!!」
「金払ってねえじゃろうが!! ちょいと甘くしてやればすぐこれだ!!」
知りあってからまだ二回しか会っていないというのに、めちゃくちゃ横暴だ。
とはいえ待たせていたのは事実なので、彼女と向かいあってテーブルに座ると、ひとまず素直にわびることにした。
「実はまことさんにも連絡したんですけど、応答がなくって。できれば彼女といっしょに話を聞きたいなと思って待っていたら、遅くなってしまいました」
「ああ、フラれたのやな。ツラいこと聞いてすまぬ」
「待って。それ誤解ですから。たぶん大学とか忙しいのでは」
すると僕様ちゃんは「大学……?」と眉をひそめる。
なんですかその反応。
そういえば彼女、どこの大学に通っているのだろう。それも聞いておけばよかった。
「ていうかお前の恋愛事情なんぞどうでもよいわ。まこちゃんは当事者ではないのだから、呼ばれたら一人でさっさと来い。僕様ちゃんはラノベ書いてないから忙しいのだぞ」
「ディスりまくりますね。ああ……でもぼくのデビュー作を買ってくれたんですか、ありがとうございます」
脇にある戸棚に見覚えのある表紙が並んでいたので、ぼくはまたお礼を言う。
しかし僕様ちゃん先生は、
「イマイチだった。
「刊行当時、レビューにもそう書かれましたよ。ていうか金輪際くん……て、あのおっさんと知り合いなんですか?」
「ああ、言っておらんかったか。まあまあ古い付き合いじゃぞ」
「なるほど、だから妹のまことさんとも親しいわけですね」
「……んん? ああ、そうかそうか。そういう設定じゃったのう」
と、またもやよくわからない反応をする。
ぼくがけげんな表情を浮かべているのを見た僕様ちゃん先生は、なぜかコホンとわざとらしく咳払い。そして、
「まあ無駄話はやめよう。お前に絶対小説の件についてひとつ、報告せねばならん」
「原稿が見つかったんですか? それとも行方の手がかり?」
「どちらでもないな。ていうか、わりとバッドニュース」
「ええ……。勘弁してくださいよ……」
ついそう言ってしまったものの、たぶん耳に入れておいたほうがよい話なのだろう。
ぼくが姿勢を正すと、僕様ちゃん先生も真面目な表情になる。
「どうやら件の原稿、本来の持ち主は概念クラスタのようなのじゃ」
「はい? なんですかそれ」
概念クラスタという名前にまず聞き覚えがないし、本来の持ち主というのもよくわからない。
とはいえぼくが知らないことを予想していたのか、僕様ちゃん先生はスラスラと詳細について語りはじめる。
「
「普通はそんな感じですよね。で、それが今回の話とどう関係するのですか?」
「ところが欧山にはさらにコアなファン――というより、やばいくらいの信者がいる。実際の執筆に使っていた品々を収集するとか、作中の登場人物になりきってみたりとか」
「それも普通じゃないですか? コレクションとかコスプレするってだけですよね?」
「ん、言い方が悪かったかの。欧山が愛用していた万年筆を独占しようと販売会社を買収したり、作中に数行だけ登場する牛鬼という妖怪になりきるべく、生肉だけ食う生活を十年以上続けていたりとか。これも普通の読者だと思うか、お前」
「え……? 冗談ですよね、それ」
ぼくがぞっとしていると、僕様ちゃんは苦笑いを浮かべながら、
「で、そういうコアな信者が集まって、今から数十年前にある種のカルト宗教めいた団体が設立された。それがさきほど名前を出した概念クラスタじゃ」
「聞いているだけで頭がクラクラしてきました……」
説明を聞きながらスマホで検索してみたら、すぐに概念クラスタにまつわる記事が出てきた。
都内の孤島を買いとって欧山概念の作品世界を再現する――みたいな内容だったので、どうやらガチでそういう団体があるようだ。
「作家冥利には尽きるかもしれませんね。そこまで愛されているのなら」
「しかし愛が強すぎても怖いであろ。キャラなりきりのために整形手術までするようなハードコアな読者を見て、お前は素直にいいねを押すことができるか?」
「マジすか……」
さすがにそこまで作品を愛されると。身の危険を覚えるかもしれない。
と、ぼくは最初の言葉を思いだした。
「……概念クラスタが本来の持ち主ってどういうことです? 金輪際先生がその団体から三百万で絶対小説の原稿を買い取ったってことですか」
「バカを言うな。そんなはした金で貴重なコレクションを譲るわけなかろう。あいつらマジおかしいから、たとえ億の値段を出したとしても原稿を手に入れるぞ」
ぼくは首をかしげる。
ますます話が見えなくなってきた。
「要するにじゃ、三百万で絶対小説を落札したのは概念クラスタ。それが僕様ちゃんが独自のコネを使って調べた結果、出てきた情報なのだ。……なのに実際に原稿を持っていたのは金輪際くんだったわけじゃから、ちょいと雲行きが怪しくなってくる」
「一時的に借りたけど紛失したとか? だとしたらさらに大事になっちゃいますね」
ぼくとしても面倒なことになるし、本当に勘弁してもらいたい。
しかし僕様ちゃんが語ったのは、予想していたよりもはるかに厄介な話だった。
「それならまだよかったのだがな。状況からみるに、盗みだしたと考えたほうがよい」
「誰が? なにを? まさか――」
「金輪際くんが、絶対小説を、だ。概念クラスタから奪ったのだろう」
ありえない。そう否定しかけてから、彼が『警察沙汰にしたくない』と主張していたということを思いだす。
それはなぜか。
ずばり――盗品だったからだ。
「いやいやいや……でも、なんで、だってそれ、犯罪じゃないですか!」
「やりかねんだろう、あの男なら」
「さすがに金輪際先生だってもうちょっと常識があるでしょうに。そもそもあの人の作品、けっこう売れてるじゃないですか。ぼくの知っているかぎりだと欧山概念の熱狂的なファンって雰囲気でもなかったですし、文才が宿るとかなんとか……そんな意味のわからないオカルトのために盗みを働くほど、切羽詰まっているはずがないですから!!」
ぼくは興奮してまくしたてるものの、僕様ちゃん先生は静かに首を横にする。
その表情から、なんとなく伝わってしまう。
この人はたぶんぼくよりも、金輪際先生のことをよく知っている。
だから、
「お前はなにもわかってないのう、
「なにがですか……。だったら、教えてくださいよ……」
あの人がなぜ、そんなことをしたのかを。
小説のためとはいえ、他人のものを盗む、正真正銘のクソ野郎になりさがってしまったのかを。
「創作を続けていれば、いずれは大きな壁にぶちあたる。それくらいは今のお前にも理解できるじゃろう。現に売れてないわけだしな」
「まあ、否定はしません。ここだけの話、けっこうしんどいですから今」
「しかし売れたら楽になると思うか? 金輪際くんはお前の十倍以上の数字をたたきだしておるが、心の底から創作を楽しんで、毎日楽しく生きているように見えたかのう?」
ぼくは返答に詰まる。
いっしょにお酒を呑んでいるとき、彼はいつも愚痴っていた。
自分の書きたいものが書けない。読者にクソミソに叩かれた。売り上げが落ちているからこのシリーズはそろそろ畳まなくてはならない。次の作品はもっと続けられるだろうか、と。
「この業界に身を置いておるなら想像がつくじゃろ。作家の苦悩に終わりはないぞ。もしヒットを飛ばしたとしても、世間的に高い評価を得たとしても、次はさらなる飛躍、新たな次元に到達することが求められる。創作者として理想が高ければ高いほど、小説に真摯であればあるほど、作品を生みだし続ける苦悩は増し、自らの力量に対する絶望は腫瘍のように大きく育っていく。あるいは心を病みスランプに陥るか、自死を選ぶほどにな」
僕様ちゃんは珍しく真剣な顔で、まるで自分のことのように話し続ける。
そして遠い目をすると、懐かしそうにこう言った。
「金輪際くんは昔からそういうやつじゃったよ。よせばいいのに過去の名作と自分の作品を比較し、ああつまらないつまらない、私はどうしてこんな小説しか書けないのかと、頭を抱えていた。僕様ちゃんといっしょに文芸賞に投稿していたころから、な」
ぼくは驚いて彼女を見る。
なるほど、この人もかつては小説家を志していたのか。
「望む結果が得られないというのはしんどい。魂をこめて作りあげたものが否定されたとき、まるで自分自身がずたずたにされたように傷つく。現に僕様ちゃんは投稿を続けることができなかった。占い師という別の道を選んだゆえ、決して逃げたわけではないのじゃが……すこし君たちがまばゆく見える。だからついイジワルしてしまうのだ、許せ」
僕様ちゃん先生は冗談まじりに謝罪する。
彼女がなぜ厳しい目でぼくを見ていたのか、すこし理解できたような気がする。
「……でも、そういう苦悩を乗り越えたさきに、真の傑作が生まれるのではないですか」
「かもしれぬ。しかし金輪際くんが盗みを働いていたとしても、責めることはできまい。なぜなら文芸賞に投稿していたころ、比類なき文才を得ることができると言われたなら……僕様ちゃんとて悪魔に魂を売り渡していたはずだからのう」
わからなかった。
仮に絶対小説のジンクスが本物だとして、それで望む結果が得られたとき、はたして金輪際先生は、自分を誇ることができるのだろうか?
「納得できぬのなら、そのままぶつけてやればいい。自分の内に積もった塵芥をまばゆい宝石に変えるのが創作だと、公衆の面前で汚物をまき散らした先に、真に価値あるものが生まれるのだと――恥ずかしげもなく理想を叩きつけてやれ」
「……いずれにせよ、一度話してみるべきなのかもしれませんね。あの人と」
ぼくがそう告げると、僕様ちゃん先生はにっこりと微笑む。
そしてぽつりと呟いた。
「わかった気がするぞ。彼女がなぜ、君を選んだのか」
「ど、どういう意味です?」
「それも直接、本人に聞いてみるがよい」
まことさんがぼくについてなにか、僕様ちゃん先生に話したのかもしれない。
かなり気になるところだが……まずは紛失した原稿が盗品だった件について、金輪際先生に問いたださなければなるまい。