3-6:君のぱんつをむしゃむしゃ食べたいボーイ、か。

文字数 4,207文字

 とくに何事もないまま数週間が過ぎ、出版社が開催する謝恩会の日がやってきた。

 結局あれから紛失した原稿の行方について、僕様ちゃん先生から報告はなし。
 まことさんのアカウントも依然として応答がなく、じわじわと不安ばかりが募る。
 彼女は金輪際(こんりんざい)先生の妹なのか、それとも赤の他人なのか。
 担当の鈴丘さんの言葉が正しかった場合、ぼくは騙されたことになる。
 そして悲しいかな、今のところその可能性のほうが高い。

 ……だとすれば、いったい何の目的で?
 すくなくとも絶対小説がらみなのは間違いなさそうだ。

 とはいえ、考えたところで答えは出ない。
 まことさんの件は脇に置いてくことにして、ひとまず今日の謝恩会で、金輪際先生との問題にケリをつけてしまおう。
 彼が概念クラスタというカルト団体から原稿を盗んだことが事実ならば、今後どうするおつもりなのか。なんとしてでも問いたださなければなるまい。

 そんなわけでいざ、会場である都内の某ホテルにやってきたわけだが――毎年開かれているこの謝恩会は、ぼくがデビューしたNM文庫だけでなく、その母体となっている大手出版社が開催しているものだ。
 そのため複数のレーベルが合同で集まるという、とても規模が大きいイベントなのである。

 おかげでやたらと人が多い。
 作家、編集者、イラストレーター、書店の営業さんやその他関係者などなど……ライトノベルとはこれほど多くの方たちに支えられているのかと、今さらながら驚いてしまうほど。
 金輪際先生はスキンヘッドのおっさんという見分けがつきやすい容姿なので、近くにいれば絶対にわかる。
 しかしこうも人でごったがえしていると、簡単に見つけることはできない。

 ひとまず腹ごなしにバイキング形式の料理から、好物のローストビーフを取りわける。そこで、去年ご挨拶させていただいた先輩作家のひとりが声をかけてきた。 
 
「やあ、兎谷(うさぎだに)くんじゃあないか。噂はかねがね聞いているよ」
「おひさしぶりです。ぼくの本、実は評判になってたりするんですか」
「いいや、金輪際先生のコレクションを借りパクした話さ」
「やってませんて!! つかほんと、その件でマジ困ってるんですからやめてください」

 すると横で聞いていた別の先輩作家が、

「俺はオフ会で知り合ったファンの子を二人で取りあったって聞いたよ。やべえあいつら、越えてはいけない一線を踏みこえやがった……と、密かに感動した」
「それもやってませんから。噂に尾ひれがつきまくってるじゃないですか」
 
 そう呟いて呆れていると、ビールを片手にもう一人、知らない方がやってくる。
 白髪まじりで、見たところ五十前後。平均年齢が低めのライトノベル作家にしてはお歳を召している。
 先輩作家のひとりが彼を指し、こう紹介した。

「こちらはBANCY社の田崎さん。AIに小説を書かせようって試みをずっとやってて、この前ライトノベルの新人賞で最終選考に残ったんだって」
「あーあーあーあー! ぼくもネットのニュースで見たことあります! 代表取締役の方ですよね、めちゃくちゃ偉い人じゃないですか!」
「いえいえ、趣味がこうじて会社を立ちあげたら、うまいこと波に乗れただけでしてね。昔は小説も書いていたのですがさっぱりで……今はAIにやらせているわけですわ」
「ぼくは面白いと思いましたよー。AIが書いた作品っ!」

 うだつのあがらない作家は権力に弱い。
 それはぼくとて例外でなく、心にもないことを言って田崎氏に媚びを売りまくりである。
 彼はちょっと悔しそうな表情を浮かべ、

「……いやあ、でも応募したところがよくなかったね」
「ネオノベルでしたっけ。あまり聞いたことがないところなので、最近できたレーベルでしょうか」
「Web小説の書籍化をメインにやってるところだよ。ほら、投稿サイトから人気作品を拾ってきて、自分のレーベルでデビューさせるやつ」

 横から先輩作家がそう言ったので、ぼくは「ああ、最近増えてますよね」と納得する。
 田崎氏はネオノベルの話になって火がついたのか、急に早口になって、

「あそこの待遇はクソもいいところでしたぞ。ここだけの話、うちのAI小説が最終選考に残ったとき、やつらは『この内容では賞をあげられませんが、本にしてあげますので権利だけください』と言ってきやがったのです」
「そりゃひどいですね……。ぼくだったら断りますよ」
「むろん、私も断りました。そしたらやつら、急に態度を変えて『いいんですか? あなたの作品が本になる機会なんて今回くらいですよ?』なんて言ってきたのです。まあ私がBANCY社の代表であることを明かしたら、すぐに電話を切りやがったのですがな」

 なるほど。まさしく絵に描いたようなクソ対応だ。
 出版業界には昔から、作家を騙して利益をむさぼるアコギなレーベルというのが存在するという。
 そのため今回のような作家同士が交友を深める場では、単なる世間話や作品についての意見交換だけでなく――どこのレーベルの対応はよかった悪かったとか、あそこは調子よさげに見えるけど実は火の車、といった情報の共有も頻繁に行われるのだ。

 田崎氏はプロの作家ではないのだが、本業がIT企業の代表取締役であること、そしてAIを用いた小説が最終選考に残ったことで、今回はゲストとして招待されたのだろう。
 彼は鼻息を荒くして、ぼくたちにこう語った。

「そもそも私としては、ただ本にすることが目的ではなく、公募に受賞するほどのハイクオリティな作品を、AIを使って執筆することを目指してやっているのです。しかしどうもなかなか難しいものでね、今後は別のアプローチも試してみようかと考えております」
「ぼくたちとしてはあまり偉そうなことを言えないのですが、生涯をかけて作りあげたAIを使って、今度はかつて目指した小説家の夢を叶えようという試み、素敵だと思います」
「ありがとう……。しかし君たち、ネオノベルとかかわるのだけはやめておきなさい。あいつら、Web作家を監禁してまで作品の権利を奪いとるらしいですからな」
「ハハハ……。気をつけます」

 さすがにそんな無茶はしないだろ、と思いつつ、ぼくらは田崎氏に愛想笑いを浮かべる。
 あきらかに噂に尾ひれがつきまくっているし、彼もAI小説が落選したことを根に持って悪く言っているような印象をうける。
 ネオノベルの悪評については話半分に聞いておいたほうがよさそうだ。
 
 やがて田崎氏が去ったのを見計らって、ぼくは先輩作家の二人にたずねる。

「で、今年の受賞者はどんな感じです?」
「マクガフィンちゃんが可愛かった。マジびびった」
「あのひと、なにげに女性なんですか。……最優秀賞ですし、けっこう売れてますよね。ぼくはあまり異世界転生ものは読まないので、どちらかというと優秀賞のほうが」
「君のぱんつをむしゃむしゃ食べたいボーイ、か。しかも投稿時のペンネームがティンポジ直太朗。いっそ清々しいよね」
「はい。あの手のタイトルが一本あってこそ、新人賞という感じがしますから」
「わかる」
「俺もわかるぞ、まったく売れてないけどな」

 先輩作家たちと意見が一致したところで、ぼくはその場をあとにした。
 しかし売れてないのか、ティンポジ直太朗……。
 今後もめげずにがんばってほしい。

 さて、ローストビーフをむしゃむしゃ食べつつ、ぼくは金輪際先生探しを再開する。
 他の先輩作家に会うたびに「さっきまでここにいたのに」とか「向こうも兎谷くんを探してたよ」という情報は得られたので、すくなくとも会場にいることは確かである。

 そして二時間後。
 ティンポジ直太朗はデビューのタイミングで改名し、今は天望師(てんぼうじ)直太朗という無駄にかっこいいペンネームになっている、という心底どうでもいい情報をゲットした直後。
 ぼくは会場の端っこに燦々と輝く金輪際先生のスキンヘッドを発見した。
 ……謝恩会はもうすぐ終わる。
 このチャンスを逃せば、彼は会場から去ってしまうかも。

 ところが間の悪いことに、そこで編集さんのひとりが声をかけてきた。

「兎谷先生ですよね、NM文庫の小川です。今ちょっといいですか」
「あ、おひさしぶりです。鈴丘さんにはさっき会いましたけど、ぼくになんのご用で?」
「実は私の担当しているマクガフィン先生が、兎谷先生の大ファンらしくて。この機会にぜひご挨拶したいと言っているのですよ」
「ほんとですか? 今は――」

 金輪際先生と話をしなければ、と思いつつも……自分のファンだという人が同じレーベルでデビューしたという事実が単純に嬉しくて、ぼくの口は自然と、

「ええ、大丈夫です。ぜひお話したいですね」

 と答えていた。
 編集の小川さんはさっそく、噂の女性作家ちゃんを連れてくる。

「はじめまして……。マクガフィンです」
「どうも、兎谷です。よろしく」

 ぼくがおどおどしながら挨拶すると、彼女も照れくさそうにうつむいてしまう。
 たぶん歳は二十歳前後。
 ショットーカットで、赤いふちの眼鏡をかけている。
 おそらくはじめての経験だろう、出版社の謝恩会という華やかな舞台に今はすこし緊張しているようだ。
 しかし眉はきりりとしていて、どことなく気が強そうな印象を受ける。

 ラノベ作家ということは、ほぼ確実に重度のオタクである。
 好きな作品の話になると急に変なスイッチが入って、マシンガンのように喋りだすかもしれない。
 そういえば、まことさんもそういうところがあった。

 と、ぼくはもう一度、彼女の顔を見る。
 そしてバカみたいに口をぽかんと開けると、

「は、はじめまして……?」
「ええ、そうですよ。兎谷先生」

 マクガフィンちゃんは、さきほどまでの態度が嘘のように堂々と顔をあげる。
 なぜ最初に見たとき、わからなかったのか。
 これまでに何度も会っているのに。

「まことさんだよね、君」
「はて、なんのことでしょう?」

 彼女は小首をかしげて、にっこりと笑みを浮かべる。
 ドッキリ大成功、とでも言いだけな瞳で。
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登場人物紹介

兎谷三為


売れない新人ラノベ作家。手にしたものに文才が宿る魔術的な原稿【絶対小説】を読んだことで、百年前の文豪にまつわる奇妙な冒険に巻き込まれる。童貞。

まこと


オカルト&文芸マニアの美人女子大生。金輪際先生の妹。

紛失した絶対小説の原稿を探すべく、兎谷と協力する。

欧山概念


百年前に夭折した文豪。

未完の長編【絶対小説】の直筆原稿は、手にしたものに比類なき文才を与えるジンクスがある。

金輪際先生


兎谷がデビューしたNM文庫の看板作家。

面倒見はいいものの、揉め事を引き起こす厄介な先輩。

僕様ちゃん先生


売れっ子占い師。紛失した絶対小説の行方を探すために協力してくれる。

イタコ霊媒師としての能力を持つスピリチュアル系の専門家。アラサー。

河童


サイタマに生息する妖怪。

肉食植物である【木霊】との過酷な生存競争に明け暮れている。

グッドレビュアー


ベストセラーのためなら作家の拉致監禁、拷問すら辞さない地雷レーベル【ネオノベル】の編集長。

裏社会の連中とも繋がりがあるという闇の出版業界人。

田崎源一郎


IT企業【BANCY社】の代表取締役。

事業の一環として自社のAIに小説を書かせている。


田中金色夜叉


欧山概念を崇拝するあまりカルト宗教化した読者サークル【概念クラスタ】の幹部。

欧山の作品に登場した妖怪になりきるために全身をゴールドのポスターカラーで塗りたくっている。

川太郎


欧山概念の小説【真実の川】に登場する少年。

赤子のころに川から流れてきた孤児であるため、己が河童だと信じている。

リュウジ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】の主人公。

最強の思念外骨格グラフニールに搭乗し、外宇宙の侵略者たちと戦っている。

ミユキ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】のヒロイン。

事故で死んだリュウジの幼馴染。

外宇宙では生存しており、侵略者として彼の前に現れる。

ライル


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の主人公。

勇者の生まれ変わりとして育てられたが、のちに偽物だと判明する。

マナカン


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】のヒロイン。

四天王ガルディオスとの戦いで死んだライルを蘇らせたエルフの聖女。

真の勇者ユリウスの魂を目覚めさせるために仲間となる。



聖騎士クロフォード


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の登場人物。

ライルの師とも呼べる存在。

ガルディオス戦で死亡し、魔王軍に使役されるアンデッドになってしまう。

お佐和


欧山概念の小説【在る女の作品】に登場する少女。

病弱ゆえ外に出ることができず、絵を描くことで気分をまぎらわせている。

やがて天才画家として評価されるが、創作に没頭するあまり命を削り息絶えてしまう。

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