3-6:君のぱんつをむしゃむしゃ食べたいボーイ、か。
文字数 4,207文字
結局あれから紛失した原稿の行方について、僕様ちゃん先生から報告はなし。
まことさんのアカウントも依然として応答がなく、じわじわと不安ばかりが募る。
彼女は
担当の鈴丘さんの言葉が正しかった場合、ぼくは騙されたことになる。
そして悲しいかな、今のところその可能性のほうが高い。
……だとすれば、いったい何の目的で?
すくなくとも絶対小説がらみなのは間違いなさそうだ。
とはいえ、考えたところで答えは出ない。
まことさんの件は脇に置いてくことにして、ひとまず今日の謝恩会で、金輪際先生との問題にケリをつけてしまおう。
彼が概念クラスタというカルト団体から原稿を盗んだことが事実ならば、今後どうするおつもりなのか。なんとしてでも問いたださなければなるまい。
そんなわけでいざ、会場である都内の某ホテルにやってきたわけだが――毎年開かれているこの謝恩会は、ぼくがデビューしたNM文庫だけでなく、その母体となっている大手出版社が開催しているものだ。
そのため複数のレーベルが合同で集まるという、とても規模が大きいイベントなのである。
おかげでやたらと人が多い。
作家、編集者、イラストレーター、書店の営業さんやその他関係者などなど……ライトノベルとはこれほど多くの方たちに支えられているのかと、今さらながら驚いてしまうほど。
金輪際先生はスキンヘッドのおっさんという見分けがつきやすい容姿なので、近くにいれば絶対にわかる。
しかしこうも人でごったがえしていると、簡単に見つけることはできない。
ひとまず腹ごなしにバイキング形式の料理から、好物のローストビーフを取りわける。そこで、去年ご挨拶させていただいた先輩作家のひとりが声をかけてきた。
「やあ、
「おひさしぶりです。ぼくの本、実は評判になってたりするんですか」
「いいや、金輪際先生のコレクションを借りパクした話さ」
「やってませんて!! つかほんと、その件でマジ困ってるんですからやめてください」
すると横で聞いていた別の先輩作家が、
「俺はオフ会で知り合ったファンの子を二人で取りあったって聞いたよ。やべえあいつら、越えてはいけない一線を踏みこえやがった……と、密かに感動した」
「それもやってませんから。噂に尾ひれがつきまくってるじゃないですか」
そう呟いて呆れていると、ビールを片手にもう一人、知らない方がやってくる。
白髪まじりで、見たところ五十前後。平均年齢が低めのライトノベル作家にしてはお歳を召している。
先輩作家のひとりが彼を指し、こう紹介した。
「こちらはBANCY社の田崎さん。AIに小説を書かせようって試みをずっとやってて、この前ライトノベルの新人賞で最終選考に残ったんだって」
「あーあーあーあー! ぼくもネットのニュースで見たことあります! 代表取締役の方ですよね、めちゃくちゃ偉い人じゃないですか!」
「いえいえ、趣味がこうじて会社を立ちあげたら、うまいこと波に乗れただけでしてね。昔は小説も書いていたのですがさっぱりで……今はAIにやらせているわけですわ」
「ぼくは面白いと思いましたよー。AIが書いた作品っ!」
うだつのあがらない作家は権力に弱い。
それはぼくとて例外でなく、心にもないことを言って田崎氏に媚びを売りまくりである。
彼はちょっと悔しそうな表情を浮かべ、
「……いやあ、でも応募したところがよくなかったね」
「ネオノベルでしたっけ。あまり聞いたことがないところなので、最近できたレーベルでしょうか」
「Web小説の書籍化をメインにやってるところだよ。ほら、投稿サイトから人気作品を拾ってきて、自分のレーベルでデビューさせるやつ」
横から先輩作家がそう言ったので、ぼくは「ああ、最近増えてますよね」と納得する。
田崎氏はネオノベルの話になって火がついたのか、急に早口になって、
「あそこの待遇はクソもいいところでしたぞ。ここだけの話、うちのAI小説が最終選考に残ったとき、やつらは『この内容では賞をあげられませんが、本にしてあげますので権利だけください』と言ってきやがったのです」
「そりゃひどいですね……。ぼくだったら断りますよ」
「むろん、私も断りました。そしたらやつら、急に態度を変えて『いいんですか? あなたの作品が本になる機会なんて今回くらいですよ?』なんて言ってきたのです。まあ私がBANCY社の代表であることを明かしたら、すぐに電話を切りやがったのですがな」
なるほど。まさしく絵に描いたようなクソ対応だ。
出版業界には昔から、作家を騙して利益をむさぼるアコギなレーベルというのが存在するという。
そのため今回のような作家同士が交友を深める場では、単なる世間話や作品についての意見交換だけでなく――どこのレーベルの対応はよかった悪かったとか、あそこは調子よさげに見えるけど実は火の車、といった情報の共有も頻繁に行われるのだ。
田崎氏はプロの作家ではないのだが、本業がIT企業の代表取締役であること、そしてAIを用いた小説が最終選考に残ったことで、今回はゲストとして招待されたのだろう。
彼は鼻息を荒くして、ぼくたちにこう語った。
「そもそも私としては、ただ本にすることが目的ではなく、公募に受賞するほどのハイクオリティな作品を、AIを使って執筆することを目指してやっているのです。しかしどうもなかなか難しいものでね、今後は別のアプローチも試してみようかと考えております」
「ぼくたちとしてはあまり偉そうなことを言えないのですが、生涯をかけて作りあげたAIを使って、今度はかつて目指した小説家の夢を叶えようという試み、素敵だと思います」
「ありがとう……。しかし君たち、ネオノベルとかかわるのだけはやめておきなさい。あいつら、Web作家を監禁してまで作品の権利を奪いとるらしいですからな」
「ハハハ……。気をつけます」
さすがにそんな無茶はしないだろ、と思いつつ、ぼくらは田崎氏に愛想笑いを浮かべる。
あきらかに噂に尾ひれがつきまくっているし、彼もAI小説が落選したことを根に持って悪く言っているような印象をうける。
ネオノベルの悪評については話半分に聞いておいたほうがよさそうだ。
やがて田崎氏が去ったのを見計らって、ぼくは先輩作家の二人にたずねる。
「で、今年の受賞者はどんな感じです?」
「マクガフィンちゃんが可愛かった。マジびびった」
「あのひと、なにげに女性なんですか。……最優秀賞ですし、けっこう売れてますよね。ぼくはあまり異世界転生ものは読まないので、どちらかというと優秀賞のほうが」
「君のぱんつをむしゃむしゃ食べたいボーイ、か。しかも投稿時のペンネームがティンポジ直太朗。いっそ清々しいよね」
「はい。あの手のタイトルが一本あってこそ、新人賞という感じがしますから」
「わかる」
「俺もわかるぞ、まったく売れてないけどな」
先輩作家たちと意見が一致したところで、ぼくはその場をあとにした。
しかし売れてないのか、ティンポジ直太朗……。
今後もめげずにがんばってほしい。
さて、ローストビーフをむしゃむしゃ食べつつ、ぼくは金輪際先生探しを再開する。
他の先輩作家に会うたびに「さっきまでここにいたのに」とか「向こうも兎谷くんを探してたよ」という情報は得られたので、すくなくとも会場にいることは確かである。
そして二時間後。
ティンポジ直太朗はデビューのタイミングで改名し、今は
ぼくは会場の端っこに燦々と輝く金輪際先生のスキンヘッドを発見した。
……謝恩会はもうすぐ終わる。
このチャンスを逃せば、彼は会場から去ってしまうかも。
ところが間の悪いことに、そこで編集さんのひとりが声をかけてきた。
「兎谷先生ですよね、NM文庫の小川です。今ちょっといいですか」
「あ、おひさしぶりです。鈴丘さんにはさっき会いましたけど、ぼくになんのご用で?」
「実は私の担当しているマクガフィン先生が、兎谷先生の大ファンらしくて。この機会にぜひご挨拶したいと言っているのですよ」
「ほんとですか? 今は――」
金輪際先生と話をしなければ、と思いつつも……自分のファンだという人が同じレーベルでデビューしたという事実が単純に嬉しくて、ぼくの口は自然と、
「ええ、大丈夫です。ぜひお話したいですね」
と答えていた。
編集の小川さんはさっそく、噂の女性作家ちゃんを連れてくる。
「はじめまして……。マクガフィンです」
「どうも、兎谷です。よろしく」
ぼくがおどおどしながら挨拶すると、彼女も照れくさそうにうつむいてしまう。
たぶん歳は二十歳前後。
ショットーカットで、赤いふちの眼鏡をかけている。
おそらくはじめての経験だろう、出版社の謝恩会という華やかな舞台に今はすこし緊張しているようだ。
しかし眉はきりりとしていて、どことなく気が強そうな印象を受ける。
ラノベ作家ということは、ほぼ確実に重度のオタクである。
好きな作品の話になると急に変なスイッチが入って、マシンガンのように喋りだすかもしれない。
そういえば、まことさんもそういうところがあった。
と、ぼくはもう一度、彼女の顔を見る。
そしてバカみたいに口をぽかんと開けると、
「は、はじめまして……?」
「ええ、そうですよ。兎谷先生」
マクガフィンちゃんは、さきほどまでの態度が嘘のように堂々と顔をあげる。
なぜ最初に見たとき、わからなかったのか。
これまでに何度も会っているのに。
「まことさんだよね、君」
「はて、なんのことでしょう?」
彼女は小首をかしげて、にっこりと笑みを浮かべる。
ドッキリ大成功、とでも言いだけな瞳で。