6-10:俺たちの戦いはこれからだ!!
文字数 4,792文字
田崎氏は意外そうな顔でそう呟いた。
もしかすると彼は、ぼくの中にも絶対小説の力が宿っていることを知らないのかもしれない。仮にその事実を把握しているのならば、自分の目的を看破されたくらいでこうも驚かないはずだ。
とはいえ……あえて手の内を明かす必要はないし、ひとまず一連の騒動の黒幕らしきおっさんの、自分語りに調子を合わせておこう。
「我々は当初、金輪際先生は予言者なのではないかと考えておりました。あるいは千里眼の持ち主なのか、とも。なぜなら彼は小説の中で、我々が極秘に行っていた開発事業の成功を予見していたからです。AI搭載の自立型ドローン、四脚駆動の警備メカ、3D立体投影。作中の名称こそ異なりましたが、まぎれもなくBANCY社を示しているのだとわかるかたちで」
「ちょっと待ってください。てことは絶対小説の件にかかわる前から、田崎さんは自分の会社でSFメカを開発していたわけですか。世界を変えるとかいう物騒な目的のために」
「おっと、誤解なきよう。最初は純粋にロマンをかたちにしたかっただけですぞ。AIによるハッキングやバイオ汚染で突然変異のクリーチャーが誕生したというのは、ちょっとした手違いや偶発的な事故が重なった結果、なぜかああなってしまったというだけで……我々はすべてを計画していたわけではないのです」
田崎氏は飲酒運転をして事故を起こしたドライバーさながらに、しどろもどろになりながらそう弁明する。
さりげなくミサイル誤射や木霊を生みだしたのがBANCY社だと暴露してしまっているのだけど、今さらの事実だったのでぼくらもとくに驚きはしなかった。
世間を騒がせている一連の事件の黒幕は、なおもろくろを回すような仕草で、ベラベラと自分語りを続けていく。
「私がクラスタで学んだのは、自らの夢想を現実にするためのノウハウでした。彼らの理念を欧山概念の作品に限定せず、かつて憧れた未来を作りだすための指針とすれば、今BANCY社がそうしようとしているように、人の力で世界を変えることができる。幼いころに憧れたロマンを実現できるわけです」
「あら、じゃあどこで道を間違えたのかしら」
「踏み外したつもりはありませんが、あとに引けなくなったのは事実でしょうな」
まことさんの皮肉に対して、田崎氏はとくに否定しようとしなかった。
よくよく考えてみると、3Dの立体映像は言うまでもなく、AI搭載のドローンや警備メカといったロボティクスの開発だって、それ自体はとくに違法性のない真っ当な事業だ。
AIのハッキングやバイオ汚染のクリーチャーの件が絡んでくるから不穏な気配が漂ってくるわけで……彼自身がそう弁明しているように、当初の計画は今ほど過激なものではなかったのかもしれない。
「さきほどお話したように、私は退屈になっていく世界が許せなかった。ロマン溢れる未来を人々に提供したかった。しかし技術には限界がある。夢想を実現させるためには途方もない時間がかかる。私が生きているうちには不可能だと、そう思っておりました」
「でも、うまくいってしまったんですね?」
「つまりはそういうことですな。急になにもかもがトントン拍子で進んでいきました。金輪際先生が執筆を進めていくたびに、頓挫していた開発事業が、実現不可能と思われた研究が、偶然の発見によってブレイクスルーが発生していく。そうこうしているうちにAIが暴走してミサイルを誤射させ、廃棄した薬剤が植物に突然変異を引き起こさせた。まるで世界を変革せよと、私を後押しするかのように」
金輪際先生がノストラダムスではなくジーザスクライストだと気づいたのは、たぶんそのときなのだろう。
田崎氏は畏敬のこもったまなざしで、空中に映しだされた彼の姿を見つめている。
「今の金輪際先生はAIの補助によって小説を執筆しますが、外部から刺激を――つまり知的欲求をくすぐるような情報ですな――を与えることで、彼が着想するアイディアの方向性をコントロールすることができる。たとえばファンタジー映画を流せば、彼は『偽勇者の再生譚』を構想する、といった具合に」
「……プロットを練っているのが本当に金輪際先生なのか、それとも身体に憑依している欧山概念の魂なのかは、わかりませんけどね」
思わず顔をしかめてそう言うと、田崎氏は不思議そうな顔をする。
ぼくが絶対小説の力に操られてまったく同じ原稿を書きあげたことを知らないのだから、当たり前といえば当たり前か。
ともあれ今の話で注目すべきなのは、金輪際先生の新作の内容に、田崎氏の意向が反映されているというところだろう。
商業でのお仕事の場合、実際の筋書きはともかく、作品のジャンルや方向性についてはクライアント側にも決定権がある。となると、
「さては今度出す予定の『世界の終わりとリアルモンスターワールド』は、金輪際先生の作品というよりも、田崎さんが考えた企画といったほうが正しいのですかね」
「ふふふ……。ちょうどいい具合に執筆ソフトの一部と化した男がいるのだから、自分が真に面白いと思う作品を書かせるのは当然ですよな」
廃人と化した金輪際先生を利用して、自分の構想した小説を記述するAIの一部にしてしまう。
その行為自体も醜悪きわまりないものだが――己の手にいれたものが奴隷のように従順なラノベ作家ではなく、あらゆる願いを叶える魔法のランプだと理解したとき、田崎氏の計画はさらによからぬ方向にエスカレートしていったのだろう。
「兎谷先生も一度は夢見たことはありませんか。恐ろしいクリーチャーが闊歩する荒廃した世界で、スリリングな冒険を繰り広げる自分の姿を。絶対小説の力はまぎれもなく欧山概念が生みだしたものですが、彼の残留思念に意志らしきものは残されておりません。そして宿主たる金輪際先生も、すでに抜け殻のような状態。ならば――」
田崎氏は指揮者のように腕を振り、空中に別の映像を浮かびあがらせる。
それは工場の敷地内を映したライブ映像で、概念クラスタの精鋭が警備メカと戦う姿、あるいは僕様ちゃん先生とローカル局のクルーが、無数のドローンから逃げまわっている姿が映しだされている。
ぼくとまことさんがぎょっとして息を呑む中、田崎氏は得意げに熱弁を振るい続ける。
少年のように屈託な笑みを浮かべて。
悪意を一切感じさせぬ、ピュアな目つきで。
「果たして神に選ばれたのは、黙示録の鐘を鳴らす役目を与えられたのは誰なのか。私はクリエイターになれなかった。しかしプロデューサーになることはできましょう。……いえ、エンターテイナーと名乗るべきですかな。退屈な現実を冒険小説のように作り変え、人々に世界の終わりという『娯楽』を提供するのですから」
再び田崎氏が手を動かすと、無数の文字と記号が凄まじい速さでスクロールしている、なにかの操作パネルのようなものが浮かびあがった。
それはアクション映画に出てくる、コンピューターのハッキング画面によく似ていた。
田崎氏はそれを指さして、これから行うイタズラについて説明をはじめる。
「すでに世界中の発射装置のコントロールを掌握しておるので、私が合い言葉を言うだけでAIがミサイルをぶっ放しますぞ」
「ちょっ……正気ですか!? ていうかマジなんですか、それ!?」
「では、証明してみせましょう。ニューヨークですかモスクワですか北京ですか。ただし東京を標的にするのはなしですぞ。我々も死にますので」
「待って待って待って待って。信じます信じますから」
ぼくは慌てて田崎氏を止める。
彼が冗談を言っているだけの可能性はあるものの、ミサイルは実際に一度誤射されているのだから、彼の言葉は真実だと考えておいたほうがいいだろう。
ネオノベルのグッドレビュアー、概念クラスタの金色夜叉さん――絶対小説にまつわる事件で出会った厄介なおっさんシリーズの中でも、田崎氏はぶっちぎりに危険人物だった。
その場のノリで主要都市を破壊しかねない雰囲気だし、うかつに相手を刺激しないように注意しなくては。
額に汗をにじませるぼくをよそに、隣のまことさんがこう言った。
「今どき核ミサイルを使おうとする黒幕なんて、それこそ時代遅れもいいところじゃないの。どうせやるならもっとこう、オリジナリティが感じられるような工夫はないのかしら」
「ちょっ……なんで煽るの!? マジでミサイルぶっ放されたらどうすんだよ!!」
「えええー。だってダメ出ししたくなるじゃん」
困ったことに、まことさんもまことさんで厄介なタイプだった。
なぜよりにもよってこのタイミングで、火に油を注ごうとするのか。
しかし当の田崎氏はとくに気分を害した様子はなく、それどころか自信たっぷりの様子でこんなことを語りだした。
「いえいえいえ。ちゃんと工夫していますよ。ミサイルはね? 世界を変える前に軽く文明を破壊しとこうかってだけでしてね? 本番はそのあとに散布する薬品にあるのですぞ」
「は……? それってもしや……」
「お察しのとおり、埼玉で胡瓜を突然変異させたアレですよ。自立型のドローンを使ってケミカルXをばらまけば、世間を騒がせているマンドラゴラだけでなく、よりいっそう愉快な動植物が誕生しますぞ。あるいは人間の身体にすら変化を与え、我々の中にもミュータントめいた存在を生みだしてしまうかもしれません。想像するだけでわくわくしてきませんか」
田崎氏はそう言って、周囲に陳列されているクリーチャーたちを指させてケタケタと笑う。
ぼくとしては肌の色がブルーになったりグリーンになったりするのは嫌だし、ゴーグルをつけていないと目からビームを出てしまうような不便な生活を送るのは、絶対に遠慮したいところだ。
ところが隣にいるまことさんは、急に瞳をきらきらと輝かせて、
「超能力とかミュータントだと古くさいけど、ユニークスキルとか能力者とかそういう名前で呼ぶのならアリかも。よくよく考えてみるとそれって同じようなものよね」
「だからゲームの話じゃないんだってば!! 真面目に現実の話なの!!」
「あ、ごめん。でも世界を滅ぼすとか言われると茶化したくなってきちゃって」
どうやら話のスケールが大きくなりすぎたせいか、まことさんは今の状況にリアリティを感じていないようだ。
あるいはビオトープという特殊な世界で生きてきた彼女からしてみれば、核ミサイルでニューヨークやモスクワが滅びようが、それはそれで構わないのかもしれない。
それはクラスタの人間に共通する錯綜した倫理観であり、元メンバーであったという田崎氏もやはり、そういうところがあるようだった。
「ハハハ。計画が成功したらみんなで狩りにいきましょう。リアルでモンスターハンティングですぞ。私はアックス使いますので、誰かボウガンで援護してください」
「だからゲームの話じゃないんですよ!! お願いですから落ちついて――」
しかし田崎氏は迷うことなくAIに告げる。
それはすべての創作者にとって、もっとも不吉な合い言葉だった。
「俺たちの戦いはこれからだ!!」
ぼくは絶望の中で、理解する。
彼は人気の出なかった作品を打ち切るように、この世界を終わらせるつもりなのだと。