3-5:それでも……ぼくはあなたの小説が好きなんですよ。

文字数 1,989文字

 読んでいるうちに感傷的な気分になってきたので、ぼくは文庫をぱたんと閉じる。
 当時、グラフニールで戦っていたリュウジと同じように、心がずたずたになっていた中学生のぼくは、この作品を読んで立ち直るきっかけを得たのだ。

 決して、優しい物語ではない。どころか毎巻、リュウジの前に立ちはだかるのは絶体絶命の窮地であったり、仲間との悲しい死別であったり、信じていた人たちの裏切りであったり……過酷な展開は最後の最後まで続く。
 しかしそれでもグラフニールを駆って、リュウジは挫けずに戦い続ける。
 ぼくはその姿に心が震えるほど共感し、愛すべき物語を生みだした金輪際(こんりんざい)先生と、今はこうして同じ道を歩もうとしている。

 だからこそ、悲しかった。
 冗談半分にコレクションとして収集したのならまだ笑って許せるが、手に入れるために盗みを働いたとなれば、いよいよ彼のことを尊敬できなくなってしまう。
 できれば信じたい。しかしかつて酒の席で、グラフニールが好きだったことを話したとき、金輪際先生はぽつりとこう呟いたのだ。

 ――ああ、そんな作品もあったね。今ならもうちょっとうまく書けるのかなあ、と。

 ぼくが愛してやまない物語は、生みだした当人からしてみれば、過去に書いた作品のひとつでしかなかった。
 創作の苦しみは、決して尽きることがないものかもしれない。
 あなたの理想は、ぼくが考えているよりもずっと高いのかもしれない。
 でも、そうであるのならばなおさら……ほかのなにかに頼らず、自分の力だけで戦い続けてほしかった。

 自分のことですらないのに、悔しくて悲しくて、涙が出そうだ。
 どうすれば伝わるのだろうか。
 たとえ書いた本人がつまらないつまらないと嘆いていたとしても、

「それでも……ぼくはあなたの小説が好きなんですよ、金輪際先生」

 そこまで考えたとき、まことさんの顔が頭に浮かぶ。
 実の妹である彼女とどうにか連絡を取って、そこから金輪際先生まで繋いでもらおう。

 しかしそこでスマホが着信を知らせたので、ぼくは慌てて応答する。

「あ、もしもし……兎谷(うさぎだに)先生ですか。急にすみません。担当の鈴丘です」
「いえいえ、大丈夫です。わざわざ電話をかけてくるなんて珍しいですね。もしかしてこの前送ったプロットが会議に通ったりしました?」
「そういえば、また送ってきてくれましたね。やる気があっていいと思います」
「なるほど、まだチェックもしてない感じですか」

 すると彼は回線ごしに乾いた笑いを浮かべる。正直、ちょっとイラッとした。
 プロットの話ではないとしたら、今回の用件はなんだろう。
 また原稿を紛失した件でお小言だろうか。そう思ってぼくがびくびく怯えていると、

「謝恩会の招待状、届きました? 授賞式といっしょにやる出版社のパーティーです」
「ええと……たぶんまだです。でもけっこう先ですよね、あれ」
「ああー。やっぱり届いてませんか。実は今年は会場の都合で去年より早めにやるんですよ。だというのに事務側の不手際で、招待状が届いてない作家さんがいるらしくて」
「ドンピシャかも。うっかりするとぼくはハブられていたのか……」
「そんなわけで招待状をメールで送っちゃいますんで、都合がよければ兎谷先生も出席していただけたらと。例年どおりであれば、金輪際先生も来るはずですから、ね?」

 しっかり仲直りしとけよ、という圧力を感じた。
 むろん、ぼくとしても望むところではある。
 もしかするとヒートアップしすぎて、顔面ストレートをぶちこむかもしれないが。

「金輪際先生もなあ……。実は今ちょうど連絡を取ろうとしてたところなんですよ」
「まあ捕まらないでしょ、神出鬼没ですから」
「ですね。謝恩会のタイミングで会えるのなら、そのときにどうにかします。連絡つかないなら妹さん経由で繋いでもらおうかと思ってましたけど」
「……はい?」
「実はこの前、妹のまことさんと知り合いになって――」

 ぼくがうっかり口を滑らせると、鈴丘さんは急に怒気をはらんだ声で、

「兎谷先生。本人の前では絶対に言わないでくださいよ、その冗談」
「え? 冗談? なんで?」

 先輩作家のリアル妹と仲良くなると、なにか不都合が生じるのだろうか。なぜ怒られているのかわからなくて首を傾げていると、鈴丘さんはすこし困ったような声になって、

「知らないんですか? あの人の妹さん、十年前に亡くなっているんです」

 鈴丘さんのほうこそ、変な冗談を言うのはやめてほしい。
 そんなわけないでしょ。だってこの前、会ったわけだし。

 彼の言うように、金輪際先生の妹がすでにこの世にいないのだとしたら。
 ぼくの知っているまことさんは、いったい何者だというのか。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

兎谷三為


売れない新人ラノベ作家。手にしたものに文才が宿る魔術的な原稿【絶対小説】を読んだことで、百年前の文豪にまつわる奇妙な冒険に巻き込まれる。童貞。

まこと


オカルト&文芸マニアの美人女子大生。金輪際先生の妹。

紛失した絶対小説の原稿を探すべく、兎谷と協力する。

欧山概念


百年前に夭折した文豪。

未完の長編【絶対小説】の直筆原稿は、手にしたものに比類なき文才を与えるジンクスがある。

金輪際先生


兎谷がデビューしたNM文庫の看板作家。

面倒見はいいものの、揉め事を引き起こす厄介な先輩。

僕様ちゃん先生


売れっ子占い師。紛失した絶対小説の行方を探すために協力してくれる。

イタコ霊媒師としての能力を持つスピリチュアル系の専門家。アラサー。

河童


サイタマに生息する妖怪。

肉食植物である【木霊】との過酷な生存競争に明け暮れている。

グッドレビュアー


ベストセラーのためなら作家の拉致監禁、拷問すら辞さない地雷レーベル【ネオノベル】の編集長。

裏社会の連中とも繋がりがあるという闇の出版業界人。

田崎源一郎


IT企業【BANCY社】の代表取締役。

事業の一環として自社のAIに小説を書かせている。


田中金色夜叉


欧山概念を崇拝するあまりカルト宗教化した読者サークル【概念クラスタ】の幹部。

欧山の作品に登場した妖怪になりきるために全身をゴールドのポスターカラーで塗りたくっている。

川太郎


欧山概念の小説【真実の川】に登場する少年。

赤子のころに川から流れてきた孤児であるため、己が河童だと信じている。

リュウジ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】の主人公。

最強の思念外骨格グラフニールに搭乗し、外宇宙の侵略者たちと戦っている。

ミユキ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】のヒロイン。

事故で死んだリュウジの幼馴染。

外宇宙では生存しており、侵略者として彼の前に現れる。

ライル


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の主人公。

勇者の生まれ変わりとして育てられたが、のちに偽物だと判明する。

マナカン


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】のヒロイン。

四天王ガルディオスとの戦いで死んだライルを蘇らせたエルフの聖女。

真の勇者ユリウスの魂を目覚めさせるために仲間となる。



聖騎士クロフォード


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の登場人物。

ライルの師とも呼べる存在。

ガルディオス戦で死亡し、魔王軍に使役されるアンデッドになってしまう。

お佐和


欧山概念の小説【在る女の作品】に登場する少女。

病弱ゆえ外に出ることができず、絵を描くことで気分をまぎらわせている。

やがて天才画家として評価されるが、創作に没頭するあまり命を削り息絶えてしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み