3-3:この巻の中に、ぼくのお気に入りのエピソードが収録されているのだ。
文字数 2,423文字
執筆途中に邪魔が入ると鬼のようにキレる厄介なおっさんのため、普段は後輩として念入りにアポを取ってから電話をかけるようにしているのだが、今回にかぎっては知ったことではない。
出会い頭に怒鳴りつけてやる。
ところが何度スマホに電話をかけても、応答がない。
しまった。
そもそもすぐに連絡がつくのなら、話はもっと簡単だったはずだ。
しばし迷ったすえにまことさんのSNSにメッセージを送ってみるものの、そちらも相変わらず応答なし。
こんなことなら、いっしょに取材に行ったときに連絡先も聞いておくべきだった。
チャンスならあったはずなのに、女性との交際経験がないやつはこういうとき弱い。
「……くそっ! 結局どうしようもねえっ!」
ぼくは怒りにまかせて、手にしていたスマホをぶん投げる。
これでまたしても、やることがなくなってしまった。
問題ばかりが増えて、しかしどれも保留中。宙ぶらりん地獄だ。
さて、今できることはなんだろう?
しばし考えたすえ、ぼくはPCデスクの脇に無造作に積みあげられている、本の山に目を向けた。
新シリーズの企画を立てるときのお手本になりそうな作品を読んでみよう。
そう思っていたはずなのに、実際に手に取ったのは――参考にしたら時代遅れと言われかねない、十年も前の作品だった。
【多元戦記グラフニール(1) 金輪際:著】
著者名を見ればわかるように、この作品は金輪際先生が執筆したもの。
それも当時一般文芸の世界でくすぶっていた彼が、はじめて中高生向けのライトノベルに挑戦し、アニメ化寸前のところまで数字を伸ばしたという、記念碑的作品だ。
表紙はすでに日に焼け、ぴっちりとしたスーツに包まれたヒロインのイラストはだいぶ色あせてしまっている。
今でも最前線で活躍されている人気イラストレーターさんが挿絵を担当しているのだけど、なにせ十年前の絵柄なので、今となっては古くさい印象を受ける。
ぼくは文庫をひっくり返し、裏表紙に書かれてるあらすじに目をとおす。
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突如として外宇宙より現れた侵略者、
しかしあるとき現宇宙の神と名乗る高位知的生命体が現れ、魔神将騎と対等に渡りあう力を持つ戦闘用パワードスーツ【
そして思念外骨格を装着する資質を持つ、十一人の
適合者に選ばれた少年少女たちは、四次元魔界人との戦いに勝利した際に報酬として、ひとつだけ願いを叶えることができる。事故で幼なじみを亡くしたヤマザキ・リュウジは、彼女の命を復活させるため、最強の思念外骨格グラフニールに搭乗する!!!!
孤高の鬼才、金輪際が贈る超弩級SFバトルアクション――ここに開幕!!
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ぼくはあらすじを読みながら、中高生だった当時の記憶をたぐりよせる。
そういえば本格的にライトノベルを読みはじめたのは、金輪際先生が書いたこの作品に触れてからだった。
全巻を並べてみようと思って積み本の山を漁ってみるものの……ほかに発見できたのは、最終巻の一歩手前である第六巻だけだった。
ぼくはまたもや文庫をひっくり返し、裏表紙に書かれたあらすじに目をとおす。
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ともに戦い続けてきた仲間たちの死を乗り越え、ついに最大の強敵である魔神将騎【パンデモニウム】を打ち破ったリュウジ。しかしパンデモニウムの搭乗者が語ったのは、彼が想像だにしていなかった過酷な真実であった……!!
なんと彼らの暮らす
すべてを語ったあと、パンデモニウムの搭乗者はヘルメットを脱ぐ。その素顔はリュウジの幼なじみ――ミユキとうりふたつだった。
彼女は平行世界の地球で生存していたもう一人のミユキであり、自分をかばって事故で亡くなったリュウジを復活させるために、魔神将騎の搭乗者となって戦っていたのだ。
真実を知ったリュウジは、人類の敵であるミユキを取り逃がしてしまう。
すべてを知った今、最愛の幼なじみと同じ顔を持つ彼女と……刃をまじえることができるのだろうか?!
熱いバトルの金字塔!!
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あらすじを読んだあと、ぼくはあらためて六巻の表紙を眺めてみる。
そこにでかでかと描かれているのは、ムスッとした表情を浮かべてサイバー感の漂うビームソードを構えている、黒髪ショートカットの女の子。
このキャラクターはシリーズ中屈指の人気ヒロインにして、主人公の最大のライバルでもあるミユキだ。
キャラクターデザインも性格も、ぼくの理想をそのまま具現化したような女の子。
こころなしか、まことさんに似ているような気もする。彼女は金輪際先生の妹なわけだし、実はモデルになっているとか……いや、さすがにないか。
手に取ったついでにシリーズ通してまとめ読みしようかと思ったのだけど、第一巻と六巻しかないのではそれもできない。あとで探すか、見つからなければ買い直すとしよう。
というわけでなんとなく、第六巻の途中からページを開く。
読み方としては邪道ではあるものの――実はこの巻の中に、ぼくのお気に入りのエピソードが収録されているのだ。