4-11:安心せい。ただのスタングレネードじゃ。
文字数 3,968文字
グッドレビュアーの評価に異を唱えたのは、僕様ちゃん先生だった。
しかし彼はまったく意に返した様子もなく、こう言い捨てた。
「だからどうしたというのかね。下読みに同席する許可こそ与えたが、君に作品の可否を決める権限はない。百歩譲って、納得のいく意見があれば参考にする程度だ」
「あら、だったらぜひとも一読者サマの感想を聞いてくださらない? あなたがどういうつもりなのか知らないけど……この作品はあんなふうにゴミ箱に放り込まれて、世に出ることなく闇に葬られるような内容じゃないわ。だってすごく、面白かったもの」
熱っぽく語る彼女に冷徹なまなざしを向けながらも、グッドレビュアーは再び椅子に座り直す。
一応は話を聞くつもりがあるのだと判断してか、僕様ちゃん先生は話を続けた。
「そりゃもちろん、欠点だって多いかもね。王道ファンタジーを目指した結果として、世界観やキャラクターの設定に目を引くところはないし、ライルとユリウスの魂が同化しているところは独自性があるけど、それだって斬新だと唸るほどのインパクトはない。でも……あなた自身がさっき言っていたように、奇をてらわずストレートに勝負しているからこそ、幅広い世代に愛される物語になると思うの」
「ふん。ならばもう一度言おう。だから――どうしたというのかね?」
グッドレビュアーは「くだらん」とでも言うように、椅子の背もたれに体重をかけてふんぞり返ってみせる。
それからまるで聞き分けのない子どもに言って聞かせるような調子で、
「何度も言っているが、我々が求めているのはいかなる読者をも圧倒するような、絶対的な作品なのだよ。出版業界の常識を、小説という媒体の固定観念を覆し、百年もの長きに渡って語り継がれるような名作だ。それ以外には興味はない。価値もない。……わかるかね? ただのヒット作ではダメなのだ。十万部、いや、百万部でも足りないくらいなのだぞ」
「でも売れるかどうかなんて、出版してみなくちゃわからないじゃないの。あなただって面白いと認めているのだから、せめてもっと多くの人から意見を求めてみないことには、爆発的なヒットを生む作品かどうかなんて、まともに判断できないんじゃなくて?」
「それこそくだらん。わたしがそう評価したのだから、それが正しいのだ」
すると今度は、僕様ちゃん先生が鼻で笑う番だった。
彼女はグッドレビュアーに侮蔑のまなざしをそそぎながら、こう主張した。
「名作かどうかを決めるのはあなたじゃないの。いえ、あなただけじゃないと言うべきかしら。プロの編集者とはいえ……ごくかぎられた人間の評価がどれほど不確かなものか、知らないわけではないでしょう? ライトノベルの新人賞を見れば、落選した作品が別のレーベルで賞を取ることだって珍しくない。完成度の高い作品がさっぱり売れないこともあれば、選評でこき下ろされた作品が爆発的なヒットを飛ばすこともある。独創的であれば売れるでもないし、個性の乏しいからといって売れないわけでもない。面白いかどうかは少数の編集者ではなく、多くの読者が決めるのよ」
「だからとりあえず、出版してから判断しましょう……とでも言うつもりか?」
「そうね、まずは世に問うてみるべきだわ。
僕様ちゃん先生はすべて言い終わると、ぼくに向かってぐっと親指を立ててみせる。
嬉しかった。作家冥利に尽きる言葉ばかりだった。
彼女は心の底からぼくの作品を楽しんで、そして愛してくれたのだ。
しかしグッドレビュアーの態度は頑なで、やはり首を縦には振ろうとしない。
「言いたいことはそれだけかね。なんであろうと結論は変わらん。君はどうせ自分が助かりたいから
僕様ちゃん先生の熱弁も虚しく、ぼくに欧山の魂は宿っていないと断定されてしまった。
彼の言うように絶対小説の原稿は今なおどこかに存在しているのだろうし――ネオノベル編集部は当初の予定どおり、僕様ちゃん先生ともども、ぼくらを拷問をすることに決めたようだ。
スーツに身を包んだ連中がいそいそと怪しげな道具を準備する中、ぼくは己の力がいたらなかったことを悔しく思い、このあとに待ち受ける未来を憂いた。
ところが同じように絶望に打ちひしがれるべき僕様ちゃん先生は、どういうわけか不敵な笑みを浮かべて、グッドレビュアーにこう言い放った。
「あなたの評価なんて知ったことではないし、どうでもいいって言えばどうでもいいのだけどね。欧山概念だって長く生きていたら快活な冒険小説を書いていたかもしれないし、現代に生まれていたらファンタジーラノベを書いていたかもしれない。いずれにせよ……ほかでもないわたしが面白いと感じたのだから、兎谷くんの作品は欧山概念に匹敵しうるものだと認められるべきよ」
「ふん、君に認められたからといって、欧山の作品と同等ということにはなるまい」
「いいえ。認めるのは、わたしだけじゃないわ」
その言葉の直後――急にオフィスの外が騒がしくなった。
ドタバタ、ガシャンガシャンと物音が聞こえたかと思えば、やがてけたたましくサイレンが鳴り響きはじめる。
……いったい、なにが起こったのか。
ぼくが椅子に縛られたままの姿勢で戸惑う中、スーツ姿の男が慌ただしく部屋に入ってきて、緊張感をはらんだ声でグッドレビュアーにこう報告した。
「クラスタが……!! 概念クラスタが襲撃を……!!」
「そんな……まさか!?」
グッドレビュアーは驚きをあらわにし、ポケットから携帯端末を出して外部と連絡を取ろうとする。
しかし電話は繋がらなかったのか、彼は苛立たしげに携帯端末を投げ捨てた。
やがてパパン、パパンと銃声が鳴り響き、背後に並ぶスーツ姿の輩たちにも動揺が走る。
しかし僕様ちゃん先生だけは落ちついた様子で、得意げにこう言った。
「絶対小説の恩恵を受けた仲間として、今までは多少の狼藉も大目に見てあげたけどね。あなたがたが欧山概念の名を汚すというのなら、我々は愛すべき作品のために総力をあげて報復するでしょう」
「さては貴様……概念クラスタのメンバーか!! ネオノベル編集部を襲撃するとなれば、闇の出版業界人たちと戦争になるぞ!!」
「望むところよ。わたしは敬虔なる読者の
「……!?」
僕様ちゃん先生に概念クラスタの代表だと告げられて、グッドレビュアーは絶句する。
一方の彼女は目の前の男に興味を失ったかのように視線をそらすと、今度はぼくに向かって話しかけてくる。
「おめでとう、兎谷くん。我々はあなたを歓迎します。欧山概念の遺志を継ぐ作家の創作活動を、クラスタは全力で応援することになるでしょう」
「ええ……!? ていうか僕様ちゃん先生って、カルト集団の教祖様だったんですか……?」
衝撃の事実。
いや、イメージどおりと言えば、イメージどおりかもしれないけど。
すると彼女はぷっと吹きだして、首を横に振った。
「あ、ごめんごめん。わたしはただ、この肉体を借りているだけ。僕様ちゃん先生は概念クラスタとは関係なくて、今はイタコ術を使って交信しているの」
「は……?」
ぼくが唖然として聞き返すと、彼女は急に糸が切れたようにがくっと体勢を崩す。
そして再び顔をあげたとき、
「と、いうわけじゃ。僕様ちゃんともあろうものが、呑気にぐーすか寝ていただけだと思うたか? あのときからすでに、遠地にいるクラスタの代表と繋がっておったのだよ」
「いや、得意げに言われましても……ぼくにはなにがなんだか」
「ぬふふ。あとでじっくり説明してやるわい。それはさておき、グッドレビュアーとやら」
彼も急な展開にまったくついていけていなかったようで、僕様ちゃん先生に声をかけられてハッと我に返る。
そして威厳を保つことを思いだしたかのように背筋を伸ばしてから、こう言った。
「……なんだ。概念クラスタが相手だろうと、売られたケンカは買ってやる。裏稼業の連中をかき集めて、必ずやクソ読者カルトどもに吠え面をかかせてやるからな!!」
「おっと、威勢のいいことじゃな。しかしあいつらマジ頭おかしいから、オフィスごと爆破されんよう気をつけろよな」
彼女の言葉を聞いて、誰もがぎょっとした直後――外から激しい爆発音が響いてきて、オフィス全体が地震にあったようにグラグラと揺れる。
グッドレビュアーたちが慌ててその場から逃げだそうとする中、椅子に縛られたぼくだけは身動きが取れず、ただ恐怖に震えるほかなかった。
と、そこで窓ガラスがパリンと割れ、外からなにかが投げこまれる。
逃げ遅れていたグッドレビュアーが、ころころと転がってきたものを目にして、
「んな、バカなっ!! 手榴弾だと……!?」
「うああああああっ!!!」
ぼくが悲鳴をあげた瞬間、パッと閃光がほとばしる。
しかし僕様ちゃん先生はあっけらかんとした調子で、こう呟いた。
「安心せい。ただのスタングレネードじゃ」
そして凄まじい轟音がとどろき、ぼくは意識を失った。