6-14:ヒッヒ!! イエッヒィ! 宴じゃ宴じゃあああ!
文字数 2,706文字
狭い通路を駆け抜けていく最中、まことさんが背中ごしに訴えかけてくる。
ぼくは前を向いたまま彼女の手をぐいと引き寄せると、苛立ちまじりに声を張りあげた。
「ぼくはスーパーヒーローじゃないし、ましてや人殺しになんてなりたくないよ!」
「でもあれ、もう人間やめちゃってるでしょ!?」
言われて振り返ると、暗がりの先で植物系クリーチャーを引き連れて迫ってくる金輪際先生の姿がちらりと見えた。
絶対小説の力に蝕まれた人間の末路なのか――全身に無数の文字列、眼球は蛍火のごとく発光し、禍々しい樹木の幹から上半身を露出させ、根っこの部分を触手のように這わせて移動している。
尊敬する先輩作家がネオエクスデスめいた存在になり果ててしまうなんて、超展開もいいところ。そのうえベタなラスボスよろしく襲いかかってくるのだから、これが欧山概念の描いた筋書きだとしたら、クソみたいな脚本を書くなと説教してやりたいくらいだ。
しかしぼくは相変わらず翻弄されるがまま、逃げまわることしかできていない。
「いずれにしたってこのままだと追いつかれちゃうじゃないの!! 兎谷くん、さっき銃を拾っていたでしょ!! あれを貸して!!」
「ちょっ……!」
まことさんは繋いでいないほうの手をひょいと伸ばすと、ズボンのケツに挟んでおいた銃をぼくから奪ってしまう。
そして迷うことなく、パパンパパン。エアガンみたいな気軽さで発砲する。
弾丸は植物めいたボディに見事命中したものの、本体にはさしてダメージがなかったようだ。先生はほとんど減速することなく猛然と迫ってくる。
「ちいっ! ビオトープにいたころに射撃の訓練もしておくべきだったわね。クラスタの施設部隊に教えてくれそうなひとならいっぱいいたのに!!」
「待って待って待って! 容赦なさすぎ勇ましすぎ! 露出している部分は生身の人間なんだから普通はもうちょっと躊躇するよね!?」
「大丈夫。次は弱点っぽい先生本体を狙うから」
「だからそれ、全然大丈夫じゃないやつだろ!!」
しかしまことさんは殺る気満々。
冒険小説のヒロインとしてついに覚醒したのかと疑ってしまうほど、クリーチャー化した金輪際先生めがけて景気よく発砲していく。
……まずい。悪い意味で盛りあがっておられるぞ、この女。
絶体絶命の状況とはいえ先生を撃ち殺すことにためらいを覚えたぼくは、アンジョリーナあるいはミラなんとかヴィッチと化した彼女の手から銃を奪い返そうとする。
「ああん、もう! 邪魔しないでよバカ! 今チャンスだったのに!!」
「バカはどっちだよ! さすがに撃ち殺したらマズいだろ!」
「んなこと言ってたらこっちがヤバいってのに! ヘタれていると生き残れないわよ!!」
もしかしたら、まことさんの言い分のほうが正しいのかもしれない。
だけど自分が人殺しになりたくないのと同じくらい、彼女を人殺しにしてしまうのは嫌だった。
とはいえ――だとしたら、どうすればいいのか。
その答えが見つからないままふたりでとっくみあっているうちに、ぼくらは工場地下の一画で、金輪際先生が引き連れてきたクリーチャーたちに囲まれてしまった。
まことさんが非難がましい視線をぼくに向けて、ため息まじりにこう言ってくる。
「ほら、どうすんのよこれ」
「アハハ……。そう言われると困っちゃうなあ」
しかし渇いた笑いを浮かべてごまかそうとしてみたところで、この窮地を抜けださないかぎりは許してもらえそうにない雰囲気だ。
試しに両手を広げて「破ァッ!!」と叫んでみるものの、スーパーパワーに目覚めるわけもなく――無数のクリーチャーたちがツタを尖らせて、ぼくらの喉笛を突き刺そうと槍のように伸ばしてくる。
……死ぬ? 物語の中で? するとどうなる?
都合よく途中から再スタートできるとは思えないし、そのまま意識がぷっつりと途切れて終わりの可能性が高い。
だとしたら、兎谷三為の冒険はここでゲームオーバーだ。
ぼくは目を閉じる。
そうすれば小説みたいな奇跡が起こるかもしれないと、期待して。
『ギャバアアアアアッ!!』
すると突如、稲妻のような発砲音とともに断末魔の悲鳴が響いた。
ぼくはハッとして、顔をあげる。
視界に飛びこんできたのは、爆発四散するクリーチャーの姿。
特撮映画のワンシーンみたいに、草花のバケモノたちが次々と爆ぜていく。
そして聞き覚えのある、笑い声。
「ヒッヒ!! イエッヒィ! 宴じゃ宴じゃあああ! イッツァショータイム!」
「ぼ、僕様ちゃん先生!?」
「おーう兎谷。これはいったいどういう状況なのだ?」
……むしろぼくのほうが、それを聞きたいよ。
なんでショットガンを両手に構えて、ランボーみたいに歩いてくるのか。
しかも背後に屈強な兵士みたいな連中を引き連れて。
あまりにも唐突なご登場に唖然としていると、隣のまことさんがぽつりと呟いた。
「クラスタの落下傘部隊ね」
「そういえば……BANCY社に襲撃を仕掛けていたのだっけ」
田崎氏との会話中に、警備メカとやりあっている姿を立体映像で見たのが最後だろうか。
そういえば僕様ちゃん先生たちも別の画面で、AIドローンから逃げまわっていたような。彼女の背後に視線を移すと、ローカル局のスタッフも怯えた顔で武器を持っていた。
「こっちはこっちで色々あったのだが、なんかよくわからんうちにメカどもが機能を停止してな。お前ら探してたらクラスタどもと出くわしたのでついさっき合流したところだぞ」
「はあ……。とりあえず助けてくれてありがとうございます」
「で、こいつらはいったいどこから沸いてきたのだ」
僕様ちゃん先生は迫りくるクリーチャーたちを見すえて顔をしかめる。
群れの奥には金輪際先生がいるのだけど、さすがの彼女も妖怪の親玉がかつての文芸仲間だと気づいていないらしかった。
「えーと、まずはなにから説明すればいいのやら。BANCY社は絶対小説の力でやばい兵器とかいっぱい開発してて、代表取締役の田崎氏が黒幕かと思っていたんですけど、実はそうじゃなくて――」
「金輪際先生がラスボスだったの! 非モテの中年ラノベ作家がやけくそになって世界を滅ぼそうとしているのよ!」
「お、マジか。ていうかやっぱあいつ、正気だったのだな」
……いや、納得するのが早いって。
それにまことさんの説明も端折りすぎたせいで、色々と語弊があるような。