第29話 フレンドリー

文字数 2,564文字





 家に入るなり先住猫に因縁をつけられたあと――



 不機嫌そうに唸り散らすツートンを見て、オーハラは慌てておれたちを2階へ連れていった。



 連れて来られた部屋は、猫専用の空間のようだ。



 人や犬のニオイが薄い反面、猫のニオイが強すぎる。



この部屋の広さは、猫オタの一室と同じくらいかなぁ?



そのようだが、あそこよりも荷物が少なくスッキリしているぞ


床は柔らかい枯草のようなものよりずっと頑丈な板で出来ているし、破壊するのは無理そうだ



どのみち閉じ込められたら何もできない、ニャウ



ムゥ……




 おれと子どもたちはいま、みんなで一つの檻の中にいる。



こんなところに閉じ込められたのも、猫オタが裏切ったせいだよ


いきなり掌返(てのひらがえ)しは卑怯、ニャウ



あの男、挙動がおかしいとは思ったが、まさか上から(あみ)をかぶせてくるとはな


相手を甘く見ていたか……




 ともかくもおれたちは猫オタの裏切りにより、このケージとかいう閉鎖空間の中に押し込められてしまった。



 行動の自由を失って、途方に暮れるしかない。



ここは牢獄、ニャウ。

牢獄に幽閉された猫、ニャウ


牢獄って、そもそもどんなところなの?


それは……謎、ニャウ


なんだ。

あんまりわかってないんじゃん!


とにかく窮屈、ニャウ~!




 状況もわからず狭い場所に閉じ込められて、子どもたちはイライラしている。



 もちろん、おれも愉快じゃない。



 第一、ここにはイザベラがいないのだ。



 せめて彼女がそばにいてくれたなら、心は安らぎ、身の窮屈さなどに囚われなくて済むものを……。



あ~首根っこがまだ湿っぽくてヤダ~




 姉のメデアが煩わしそうに首を振って愚痴をこぼすと、弟のイソルダがふと思い出したように疑問を口にした。



どーしてあの人たちは、ぼくらをこの檻に入れる前、みんなの首に水をかけたのニャウ?



詳しいことはわからんが、あれはノミを取るための薬らしいぞ



ノミ取り?



ああ。以前イザベラから聞いたことがある


首に液体を垂らすだけで、体じゅうのノミを一掃することができるとな



それ、すごいね!


カユみにさよなら、ニャウ




 場所の窮屈さは不満でしかないが、ノミの被害がたちまち激減したことについてはさすが人間のなせる(わざ)と舌を巻く思いだ。



それにしても、さっき絡んできたツートンてヤツ、やけに攻撃的だったね


血の気が多い、ニャウ



血の気が多い、か……


元々のヤツの気質を知らんが、どうもそのへんの気の荒い野良猫とは一線を()している気がするぞ



ただ単に、変だからじゃない?



そういえばあのサビ猫が言っていたな。

彼はとっても変な猫だと



見方を変えれば、いまでも充分変だけどね。

感じ悪いし



変猫(へんねこ)、ニャウ



変猫?

野良猫や飼い猫ならわかるが、変猫などという分類は聞いたがことないぞ



ぼくの考えた造語(オリジナル)、ニャウ。

性格がかなりオカシイ猫は、みんな〝変猫〟ニャウ


またそんなことばかり言って、ウッカリ失言しないようにしなさいよ


フニャ




 子どもたちと他愛もない話に興じていると、部屋に足音が近づいてきた。



 足音は人のものではない、猫によるものだ。



 わずかな振動から伝わってくる情報を分析すると、相手は複数で、こちらへ急いでいるらしい。




 ガチャッ!




 突然ドアの取っ手が音を立てて動いた。



 ほぼ同時にドアがひらく。



ム……?




 突然、ドアの隙間から手が出てくる。



 その猫の手がドアを前方にやって、通行に差し支えない程度にまで扉を押し広げた。



 直後、見慣れた姿が視界にとび込んできた。



イザベラ!?



あなた!




 ドアをこじ開けて入ってきたのは、イザベラだった。



 その後ろには、例の謎の猫たちもいる。



 イザベラは、脇目もふらずにおれたちのもとへ駆け寄ってきた。



メデア! イソルダ!



お母さん、どうしてここに!?


まさか脱走、ニャウ!?



脱走?

しかし、これほど厳重なケージから抜け出すのは困難なはず……



じつはね、わたしにもよくわからないんだけど……


とにかく、ケージの外に出してもらえたの



外に?



ええ



なぜだ?




 口をついて出たおれの疑問に、別の猫たちが部屋に入りながら答えた。



意図的じゃないわ。

あくまで偶然が重なっただけのこと



せやねん。

急遽(きゅうきょ)ボス猫ファミリーを受け入れることになったからな


オーハラさんがケージの配置を変えようと天手古舞(てんてこまい)なんや


それでイザベラちゃんのこともケージから出して、ついでに中を掃除して、オーハラさんはゴミ捨てに外へ出て行った




 そこに至るまでの過程を、おれはケージにいながら注意深く聴いていたから、それなりに物事を把握していたつもりだった。



 だがまさかイザベラがケージの外にいるとは思いもよらなかった。



 ちなみに猫オタはすでにこの家から去っている。



そいでな、オーハラさんが不在のうちに、イザベラちゃんが閉まってたドアをいつの間にか開けて外へ出てもうたんや


せやからその〝ドア開けの術〟を間近で見ようと、アタシらも後を追ってきたってワケや



ドア開けの術だなんて、そんな大げさなものじゃないのよ



またまたぁ~。

充分、エエもん見さしてもろたで~



本当に自力でドア開けられるとはナ。

勉強になった



フフ……、

横で見ていてコツは掴んだし、あたしも今度やってみようかしら




 楽しそうに話をする、マジカル・ニャワンダの猫たち。







 おれはふと湧いた疑問をイザベラに投げかける。



なぁ、なぜあの者達はさきほどと違って、態度が冷ややかではないのだ?



あなたが暴力的ではないとわかったからよ


ツートンの悪質な歓迎を受けても、カッとなってケンカに発展しなかったのはすごいって、みんな感心してたわ



ふむ



この家では平和であることが求められるから、暴力は歓迎されないのよ



そういうことか 



だからさっきと違って感じ悪くないんだね 


友好的、ニャウ



せっかくやから、お互い顔合わせたついでに自己紹介でもしとく?



それがいいかもね



同意するヨ




 おれのいるケージへ、猫たちが寄ってくる。



 三対四で向かい合い、お互いのニオイを少し嗅ぎ合って、自己紹介をしようという矢先のことだった。



ただいま~




 玄関のほうから、人の声が聴こえてきた。



 あのオーハラではない。中年男性らしさ全開の低音のつよい声だった。



 それとほぼ同時に、キャンキャンと犬の鳴き声も響いてくる。




 人間が一人に、犬が二匹か……。





















ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色