第51話 紅の決断
文字数 3,321文字
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さらさら……
さらさら……
窓の外で、しなだれた木が風に揺られている。
広がる青空に、気まぐれな雲が流れていた。
春の日差しは裏切らない。
荒れることなく、穏やかな光を与えてくれる。
猫部屋の窓辺に家族そろって寝そべっていると、
キッキッ……キコッ!
キッキッ……キコッ!
妙な音が聴こえてきた。
音がするのは家の外の坂道からだ。
誰かが自転車で駆けあがっているに違いない。
予想は的中した。
数分後、猫オタが部屋のドアを開けて入ってきた。
相変わらず、何を言っているのかわからんヤツだ。
おれたちに言葉を伝えたいのなら、もっと端的に話せ。
人間と一緒に暮らしてわかってきたことだが、彼らは狩りをしない代わりに働いて対価を得て、それを日々の糧に充てているらしい。
じつに複雑なシステムではあるが、人が狩りをせず、ましてや捕食対象が被らないのは幸いだったかもしれない。
もしも人間がネズミやスズメを食う生き物だったら、おれたち野良猫は獲物を奪われて、とうの昔に絶滅していたことだろう。
猫オタは、手提げ袋から棒状のオモチャを取り出した。
メデアとイソルダは、棒の先端についているモノに目が釘づけだ。
しかしどう見てもそれは羽のついた飾りであって、本物の鳥ではない。
あまり事情はわかってなかったが、おれたちは猫オタの誘導に従ってリビングへと移動した。
備えつけの爪とぎを引っかきながら、メデアが反論する。
すると、ご長寿犬のふたりが会話にまざってきた。
アカリ婆とヒカリ爺は、部屋のほぼ中央にある、ソファーというものに座ってくつろいでいる。
そして、その奥の窓際には……
イソルダが
彼は出窓を陣取って、日光浴をしているようだ。
こちらに背を向け丸くなっているが、近くの鏡に反射したツートンの表情を見る限り、先日の一件などまるでなかったことのように涼しげだ。
いくら猫が忘れっぽい生き物とはいえ、極端すぎるだろうと内心ツッコまずにはいられない。
おれは改めてまわりを観察する。
猫オタのオモチャにじゃれる子どもたち。
外敵の侵入を気にすることなく、我が子をおだやかに見守る母猫。
――ここは平和だ。
争いもなければ、略奪もない。命を懸けて殺し合うバトルもない。
おれはボスとして縄張りを統治していたが、ここまで徹底された安息の地を築くことはできなかった。
しばらく黙考していると、ふと頭にある考えが浮かんだ。
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ふいに視線を感じて、そちらに目をやる。
背を向けていたはずのツートンが、おれのほうをじっと見ている……。
イザベラを伴っておれはリビングを出ると、階段を上がって和室に入った。
ここの天袋にはよく大地が隠れていたが、いまはもう誰もいない。
盗み聞きされないよう声量を落としてイザベラに話しかける。
イザベラ……。
イザベラの熱いまなざしを受けると、頭の芯が痺れてしまいそうになる。
オーハラたちはおれたち家族を受け入れてくれた。
だがあの者達が真に良き人間かどうか、おれはまだ見極めきれずにいる。
イザベラはさっそく準備にとりかかった。
下へおりて
その鳴き声は、まさに発情中のメス猫そのものだった。
発情経験者のイザベラは、当時の自分の状況を巧みに再現している。
動揺し、おたおたする猫オタ。
イザベラ並みにデカイ声を張りあげて室内を行ったり来たりする足音も耳に入ってくる。
しかしその網戸にも、脱走防止用のストッパーがついている。
ところが幸いなことに、トイレの小窓の網戸ならばストッパーはかけられていない。
すでにトイレのドアは、イザベラが先回りして開けてくれている。
おれはトイレに駆け込むと、便座を跳び越えて窓辺に立った。
窓がひらいていれば、外界を隔てるものは薄く小さな網戸のみ。
片手を伸ばし、網戸をこじ開けようと力を込める。
おれの力に押されて、網戸はじりじりとひらいていく……。
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