第135話 予期せぬ再会

文字数 2,581文字





 柴犬のパンフーからの遠隔呼び出し。



 突然の出来事に戸惑っていると――



(くれない)く~ん!

おウチにいるか~い?




 柴犬パンフーが再び話しかけてきた。



 相変わらず口調はやわらかで、緊迫感はまったく感じられない。



なぜ、パンフーはおれを呼んでいるのだ?



さぁ、用があるからちゃう?



用?




 何の用だろうと小首を傾げたとき、パンフーの声がさらに響いてきた。



紅く~ん!

じつはいま飼い主さんたちと一緒に、そっちに向かっているんだ~



飼い主たちとここに?



オーハラさんとうちの飼い主さんが、前々から会う約束しててね~


今日『マジカル・ニャワンダ』に訪問することになったんだよ




 おれの声は相手に届いていない。けれどもパンフーがタイミングよく説明してくれたので、会話が成立したようになる。



 耳を澄ますと、かすかに足の爪がアスファルトをこする音が聞こえた。



 犬が足音を立てるのは、猫にはない特徴の一つでもある。







近くまで来ているようだな




 身をひるがえしてリビングを出ると、階段を駆け上がった。



 見晴らしのいい通路沿いの出窓に跳び乗り、外の様子を眺める。



 曇り空の下、坂道をのぼってくる犬がいた。遠目にはわかりづらいが、柴犬のようだ。



 それを先頭に、背の高さの異なる人間たちがこの『マジカル・ニャワンダ』へと接近していた。



パンフーと、その飼い主たちのようだな




 一匹の犬と三人の人間たちは、坂道を進んで建物の玄関先へ近づいていく。




 ピンポーン!




 来客を告げるチャイムが鳴ると、階下でオーハラたちが動き出した。



 おれは足早に階段へ戻って、柵の内側から成り行きを見つめる。



幸田(こうだ)さん、こんにちは~



お久しぶりです~



こんにちは~、ご無沙汰してます~



こんにちは!



こんにちは!



コンニチワン!



あら、ちゃんと挨拶できて偉いわね~



今日はやけに鳴いてるんですよ。

普段はおとなしいのに



ここへ来るのは久しぶりだから、興奮してるんじゃないですかね~



ふふふ、そうかもしれませんね



どうぞお上がりになってください



あ……、

パンもおウチの中に入れて大丈夫ですか?



もちろん




 パンフーは手足を拭いてもらい、飼い主たちに同行してリビングへ向かう。



 その途中、階段の柵から様子見しているおれに気づいたらしく、挨拶してきた。



紅くん、ひさしぶり!


突然の訪問で驚いたよね



まあな



じつは、話があって来たんだけど――



話?




 ……なんとなく、嫌な予感がする。



 予感の当否を問いただすより早く、横からファーマがパンフーに話しかけた。



ひさしぶりやなぁ!



あ、ファーマ姉さん。

お元気そうでなにより



前よりかなり丸くなったんとちゃうか?



ハハハ、つい食べる量が増えちゃって。

散歩してても、なかなか引き締まりませんね




 おれたちとのやり取りでパンフーが立ち止まっていると、飼い主が見かねた様子で呼びかけた。



何してるの。

パン、おいで~



はーい




 パンフーは飼い主の声に応えて寄っていく。



 どうやら人間たちは、まだ柵の内側にいるおれやファーマに気づいてないらしい。



あのコ、昔と違って幸せそうやなぁ




 遠巻きに見送りながら、ファーマがしみじみと言う。



以前はどんな感じだったのだ?



ハッキリ言うて、もっと暗かったわ。

ほとんどしゃべらへんし、いっつも隅っこで丸まっとった


この家におったのは半年くらいやったけど、話するようになったのは、だいぶ経ってからのことやったなぁ


 

意外だな。

おれが初めてパンフーと会ったとき、暗い雰囲気は漂っていなかったが


 

もう昔のことやからな。

いい飼い主に巡り会えて、心の憂鬱も晴れたんやろ


 
そうか




 リビングでは大人たちによる世間話が繰り広げられていた。



 おれはその内容を把握しきれないが、興味をそそる話でないことは明らかだ。



 隣にいる人間の子どもたちも似たような感じで、退屈そうにしている。



 その子たちは時折何かを物色するように辺りに視線を配っていたが、痺れを切らしたように催促しはじめた。



猫、見たいよぉ~



見たいね~



はは、そうだよね。

今日に限って、猫さん全然来なくて



今日はワンちゃんたちの姿も見当たりませんけど、お散歩中ですか?



ええ、ボランティアさんにお散歩してもらっています



そうですか。

せっかくおうちにお邪魔したので、アカリちゃんとヒカリちゃんにご挨拶したかったのですけれど



あらあら、そうでしたか~。

戻ってくるまでには、まだ時間がかかると思いますけど


よろしければ、先に2階へ上がります?

かわいいニャンコさんたちが見られますよ



わぁ、見たい~!



見たい、見たい~!



では、お言葉に甘えて



ええ、どうぞ




 席を立って移動しはじめる人々。



2階、だと……?




 急激に胸の内で不快感が膨れあがる。



 猫部屋には、イザベラと子猫たちがいるのだ。



 そこに、ろくに知りもしない人間たちが入るだと?



これって、やっぱりアレなんかな……



アレ?

アレとは、なんなのだ!?




 おれが問いかけた矢先、こちらへ寄ってきた人間たちが話を遮ってきた。



あっ、あのときの猫だ!



ケガ、治ってる!



あら、ホント!



ちょっと傷跡が残りましたけど、すっかり元気になりました



よかったぁ。

心配してたんですよ



隣にいる猫もフワフワしててかわいい~



お人形さんみたいだね~




 人々はおれたちを見て満足そうに微笑むと、引き続き階段を上がっていった。



 その足が2階にさしかかる。



よせ! 




 おれは鳴いて訴えたが、オーハラは引き留められているとは思ってないらしい。



 人々を猫部屋のほうに誘導し、廊下を直進していく。



猫部屋に近づくな!




 追いかけようと階段を駆け上がるが――



 途中でパンフーが立ちふさがってきた。



待って!

僕の話を聞いて!



知るかっ! そこを退()け!



退かないよ



なんだと!?



もしキミの大事な子猫が傷つけられるというなら、僕も一緒に止めに入るよ。

でも、そうじゃない


飼い主さんたちは、ただキミの子猫を見たいだけなんだ



なぜ見せる必要があるっ?



キミの子猫を、引き取りたいと思っているからさ



うちの子を引き取る!?



そうだよ。

元々うちの飼い主さんは、猫が好きなんだ


猫を飼うって話になったとき、ママさんの子どもたちは子猫を希望した


だからオーハラさんが小さな猫を保護したら、譲る――そういう話になっていたんだよ



ふざけるなっ!

そんなものは人の勝手な都合で決められた話にすぎん!



頭下げて頼まれようと、おれの子は渡さんぞ! 


絶対に絶対に、渡さんからなっ!





















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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