第126話 よい変化と出逢い

文字数 2,097文字





 里親候補者の存在を認めた後――



 母親であるイザベラにも、その人物が里親に適任かどうかを見てもらった。



よい人だと思うわ




 部屋に戻ってきたイザベラは、満足そうに言って微笑む。



イザベラも慈愛を感じたようだな



ええ。

本当に猫が好きだという気持ちが瞳からも伝わってきたわ


おかげさまで、信じて預けてみようって前向きな気持ちになれたわね



そうか。

ならば、間違いはあるまい




 すると室内にいる子猫たちが、まるで合いの手を入れるかのように口をひらきはじめる。



ミィミィー


ミャーミャー


ミャアミャア


ニィニィ




 かわいい声で鳴く子猫たち。



 イザベラの代わりに子守を代わっていたおれは、立ったり寝転んだりしている子猫たちへ視線を戻す。



 それを見ていたイザベラがおれのそばに寄ってきて、にこやかに話しかけた。



こうして平穏に過ごせるのも、良い人に出逢えるのも、この家に来たおかげね



オーハラたちのおかげというわけか



そうね。

ここの人たちは、とてもよくしてくれる


知らず知らずのうちに人への警戒が和らいで、猫好きの人たちの持つ愛情がわかるようになってきたわ



人間嫌いだったイザベラにも良い変化があらわれたのだな



以前のわたしだったら、人間の良し悪しを見分けるのは難しかったわ。

なにせ底なしに人が嫌いだったんだもの




おれたちは、だんだんと変わっていったというわけか



ええ。

忌避していた人間から、慈愛を感じ取れるほどにね


メデアとイソルダも、以前より人間を警戒しなくなったわ。

人と暮らすのにはとてもいいことよ



そうだな。

メデアとイソルダには、おれにはない愛嬌がある


きっと人々に愛されるだろう



だと思うわ




 もしも、そうでなかったら――



おれは生霊になって、里親を八つ裂きにしてやるぞっ!



ハハハ……




 イザベラが乾いた笑いを()らすと、階下から弾むような声が響いてきた。



お母さーん!

ツルツルさんが、お母さんのことも見たいって~


こっち来て、ニャーウ!



ツルツルさん?



あの里親候補者のことだろう。

下に行ったとき、ヤツと会わなかったのか?



ううん、物陰からのぞき見ただけよ。

それでも相手の雰囲気は充分感じ取れたからいいかなって



ふむ……。

やはり、人のたくさんいるところは緊張するか?



ええ



おれも一緒に行って、おまえのそばにいてやりたいが……




 (かたわ)らには子猫たちがいる。



 ワルの件が片づいたとはいえ、子猫たちだけを部屋に残していくのは心配だ。



 ほどなくすると、オーハラが2階に上がってきた。



突然ごめんねぇ。

里親さんたちがママ猫さんを見たいっていうから、こっちに来てもらえる?




 手招きをして、イザベラに部屋から出るよう促してくる。



ちょうどよかった。

助かるぞ


では、イザベラ。

共にリビングへ行こう



ええ



お待たせしました。

こちらが奥方様(おくがたさま)です



はじめまして。寺住(てらずみ)です



イザベラです



奥方様の姿を見られて、うれしいです




 緊張しがちにイザベラが返すと、相手はタイミングよく返事をしてくる。



 偶然には違いないが、(はた)から見ているとちょっと面白い。



奥方様も子猫様も神猫様も、みんなかわいいですね



わーい、かわいいって言われた♪



なんだか照れるわね



かわいいより、カッコイイっていわれるほうがうれしい、ニャウ



同感だが、人間はなんでもかわいいと言うからやむを得んな




 横並びで佇むおれたちを人々は物珍しそうに観察する。



 やや距離が空いているのでわかりづらいが、おれたちを見るそれぞれのまなざしは、優しげだったり、うれしそうだったりと、受ける印象は柔らかい。



ママ猫は色とか柄とか、子どもたちによく似てるね~!



そういえば、お父さん猫はあまり子どもたちに似てないよね



まさか、お父さんが別とか……?



なんだか話がおかしな方向にズレているような……?



いやいや、紅さんところは泥沼な展開とちゃうで?




 ファーマがきっぱり否定すると、アカリ婆とヒカリ爺もそれに賛同する。



これには事情があるのじゃ



なんでも不倫に結びつけたらいかんぞぃ



なにっ、不倫だと!?

卑しい想像をするなっ! 

不埒(ふらち)者めっ!




 他の猫は知らんが、おれは一途な恋が好きなのだ。



 というか、思う存分種を撒いたところで産まれてくる子のすべてを気遣えるわけがないし、妻子の存在そのものが疎ましくなるのは目に見えている。



 円満な家庭を築きたいなら、

〝営みは最小限にとどめる〟――これに限る。




 おれがシッポをバタバタさせて不快アピールをすると、オーハラが焦ったように早口でしゃべりはじめた。



そういえば寺住さんのご両親が飼ってらっしゃる猫さんは、オスですか、メスですか?



メスです



不妊手術は、もうお済みで?



はい。

写真があるので、よろしければご覧になりますか?



ええ、ぜひ!



どんな子なんだろうね!




 男は着衣のポケットから小さなモノを取り出した。



 それはオーハラたちが持っているスマホと呼ばれるモノと同一の道具(モノ)かもしれない。



 卓上に置かれたその小さな道具をオーハラたちは上からのぞき込む。











あっ――!



これは――っ!




 驚いたように息を呑むオーハラとトラヒコ。



……?




 なんだ……?



 一体、何が写っているというのだ?


















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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