第95話 トライアングル

文字数 2,427文字




 足を滑らせたみつきを気遣って、ゼロは声をかける。



危ないよ、みつき




 よろけて前のめりになるみつき。



 ゼロはすばやくミニステップに前足をかけ、彼女の体を受け止めた。



げぇっ!

成り行きとはいえ、殿方の胸元にとび込んでしまうとはっ!




 慌てふためくみつきは体を後ろへ引き、ゼロから離れようとする。



オレから離れなくていいよ



いやいやいや、そういうわけにはいかぬでござるよっ!



フフ、かわいいね。

オレと体が触れ合って、照れてるんだね



てっ、照れてなど――!


というかおぬし、いましがた死にたいと申しておったのに、もう笑っておるではござらんか!




 みつきの言うとおりだ。



 ゼロはあからさまな笑みを浮かべている。



そううカリカリしないで。

オレの気分はみつき次第なんだ


こうしてみつきと触れ合えるなら、機嫌なんてすぐよくなるよ




 ゼロはニッコリしたまま、みつきの体に手をまわした。



 口をひらき、その首根に噛みつこうとする。



んなああああ~!



みつきを力づくで押さえ込む気かっ!

させんぞ!




 おれは床を蹴りつけ、一気に駆け出した。



やめろっ! 


 


 片手を突き出し、ゼロに跳びかかる。



いつの間にっ!?




 ゼロは意表を突かれつつも後ろへ跳び退()く。



遅い!

ケンカ慣れしておらぬから、急な対応に体がついていけてないぞ!



クッ……!




 ゼロは後ろに下がりはしたが、着地に失敗して姿勢を崩した。



 みつきの行動を封じていた厄介者がその体から離れると、彼女も慌てて動き出す。



 みつきはゼロに一撃喰らわせようと、身を乗りだすが――。



覚悟~っ!



エッ――!?




 いやいや、ちょっと待て!



ハァァァッ!?

しまったぁぁぁぁぁ!




 みつきはおれの進行方向へ突入しようとしていた。



 スピードに乗った彼女の体は急な方向転換ができず、そのまま直進してくる。




 このままではぶつかる……!




 おれは体を逆側にかたむけ、かわそうとするが――



ゲッ……!

避けられん!




 それだけ相手の走る勢いは強すぎたし、スピードも早すぎた。



フアアアァァァァ~~~ッ!








 互いの体が衝突する。



 耳元で張りあげられる声は強烈だ。まるで音が暴力的に体内へ侵入してくるかのようだ。



 うるさくてしかめた顔にみつきの毛がかかる。



 やわらかい……。



 毛に次いで、身に迫る衝撃を生暖かい弾力が迎え入れてくれた。



 さらに、やわらかい……。



ムッ!?

これは――!?




 謎のぬくもりの正体を見極めきれぬまま、互いの体はぶつかり合って宙に浮き上がった。



 直後、ドンッと何かに衝突する。



 おそらく近くの壁に打ちつけられたのだろう。



みつき……! 大丈夫か!?



親分様……。

そ……そこは、拙者の……!



んん……?




 両目をハッと見開く。



 自分の体の上に覆いかぶさるみつきの重みをまじまじと見つめると――



胸かっ!



……はい




 ――なんということだっ!



 おれはギョッとしてみつきから離れる。



 自ら進んで触ったわけではないが、言い訳は禁物だ。



〝こんなときは謝っておくに限る〟というイザベラの言葉を思い出し、おれは即座に謝罪する。



みつき、すまなかった



いえ……

相手が親分様なら、不快ではございませぬ



そうなのか……?




 不快ではないが、愉快ではないということか?



 しかしみつきの表情は、どことなくうれしそうに見えなくもない。






 すると、おれたちのやり取りをそばで見ていたゼロが息巻いてまくし立てた。



いやらしいヤツめ!

オマエだけみつきに触るなんてズルイぞ!



最初にみつきの体に触っていたのは、おまえのほうではないか



オレが触ったのは胸じゃない!

胸を触るなら、つき合ってからだ!




 ドヤ顔で言いきるゼロに、みつきは起き上がって反論する。



だから、おぬしとつき合う気はないでござるよ!



いい加減にしたらどうだ?

みつきが迷惑しているではないか



オマエのほうこそ迷惑だ!

わざわざ首をつっこんで来るなんて、どうせ下心があるに決まってる!



バカを言うな! 

みつきは仲間だ! 


おれは仲間の身を案じたからここへ来たのだ!



は?

仲間だって?


仲間とか胡散(うさん)臭い響きだなー。

オレはそんなクサイものに惑わされないよ



話のわからんヤツめ!

自分が孤立しているからといって、絆を否定するなっ



さよう。

さきほどから聞いていれば、親分様に対し無礼であるぞ!



無礼なのはアイツのほうだ! 

先住猫を敬わない新入りのくせに!




 さもおれが悪いように罵倒すると、ゼロは表情を一変させ、甘い顔をみつきへ向ける。



ねぇ、みつき~。

オレは下心なんてないからさ~

早くつき合って、仲良くイチャラブしようよ~~



……おぬしの発言のほうが胡散臭いでござるよ



はぁ~、みつきはホント素直じゃないな~


内心、オレとチュッチュッしたいんでしょ?



したくないでござるっ!




 みつきが拒絶したにもかかわらず、ゼロは軽くジャンプして、彼女との距離を詰める。



みつきから離れろ!



イヤだね。オレはみつきと子作りするって決めたんだ。

そばを離れる気はないよ



こっ、子作り!?



なぜ子が欲しいのだ?



心の声がオレに訴えてくるんだよ。

かわいい子どもがたくさん欲しいって、何度もしつこくね




 心の声……。



 もしかすると先日ツートンの中に誕生した、エンドレアの影響だろうか。



要するに、おれの子が生まれて感化されているというわけか。

だがオマエに子作りはできんぞ


みつきのことは諦めて、おれの子を遠巻きに眺めていればよかろう



なにその余裕な感じ。

ムカつくなー


オレにないものを持っているからって、調子のってるでしょ?


でも残念でしたー。

我が子をかわいがれるのもいまのうちだよ


どうせみんな、この家から追い出されるんだからね!



なんだとっ!?



基本、保護猫は里親に譲渡されるんだ!


生まれた子どもたちも同じ!

見知らぬ人間のもとへやられるんだよ!




 身に浴びた衝撃に息が詰まる。



 全身が縫いつけられたように動かない。



そんな……あり得ん……!

子どもたちとバラバラに引き裂かれるだなんて……!?




 目の前が揺れて霞んでしまいそうなくらい、悲しい現実問題が重くのしかかってきていた。





















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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