第90話 子どもが生まれ複雑な心境の姉と兄

文字数 3,050文字





 エンドレアたちが部屋を出て行った後――



 入れ替わりで戸口に現れたのは、メデアとイソルダだった。



メデア~、イソルダ~


イザベラがかわいい子猫たちを生んでくれたぞ。

早くこっちに来て見てみろ



……


……



どうした?

なぜそんなところにつっ立っている?



さきほどふたりの話し声が聞こえたわ


自分たちの未来を案じて、不安がっているみたい



ふむ……




 それならおれも耳にしていた。



 メデアとイソルダは、不安にくすぶる胸の内を、声をひそめて語らっていたのだ。







 猫はクールといわれるが、親との結びつきが深い生き物だ。



 うちの場合それが母猫だけでなく、父猫のおれにも影響している。



 新たに子猫が生まれたことで親との関係性が揺らぐかもしれない――と、子どもたちが不安に陥るのも無理はない。



 すると、おずおずしながらメデアがおれに問いかけた。



弟と妹ができたんだよね?



そうだ。

男の子がふたり、女の子がふたり


みんなそれぞれ模様に特徴があって、おまえたちとも少し色合いが似ているぞ



そうなんだ……


でも似てるのは色だけ、ニャウ……




 姉のメデアが先に部屋に入ると、弟のイソルダも口を閉ざしたままそれに続く。



 ふたりは押し入れの中の板に跳び乗り、そこに広がる敷物の上に両足をのせた。



 目の先には4体の子猫がいるはずだが……



 ふたりは硬直したまま、うんともすんとも言わない。



……………………


……………………



挨拶くらいしたらどうだ?



え、え、え、えと……


は、は、はじめまして………………ニャウ



そんなに固くなることないだろう



だけど、緊張するよ。

すごい小さくて(はかな)げだし……


息を吹きかけたら、ピューって飛んでいっちゃいそう……ニャウ



ハハ。

まだ幼いが、おれたちの子だ


吐息で飛ぶほど(もろ)くはないし、きっと丈夫な子に育ってくれるだろう



……


……



あ、あのさ



ん?



自分の子は、やっぱりかわいい?


特別、ニャウ?



前にも言っただろう


おれにとっておまえたちは大事な存在なのだから、なにも気に病む必要はないと




 おれは子どもたちへ素直な気持ちを語った。



 だが、まだ空気がよじれているかのようにギクシャクしている。



あたしたちにとっても、お父さんは大事だよ。

だけど……



だけど、なんだ?



なんてゆうか……、

とにかく不安なの


せっかくお父さんと仲良くなって、いい関係を築けているのに、子どもが生まれた途端、全部なくなっちゃうんじゃないかって



そんなことはないさ。

心配しないでくれ



でも……


正直、ぼくたちイラナイ子……ニャウ?



イラナイわけがないだろう。

おれがおまえたちを想う気持ちは、もっと深いんだ



深いって、どれくらい?


どれくらいか教えてほしい、ニャウ



たとえば、そうだな……


おれたちが拠点にしていた廃工場に、地下道があっただろう?

あれよりもずっと深いぞ



地下道……?



ああ。かなり深かったはずだ



ふぅん……。

じゃあ、そのそばにあった川よりも?



ああ



けどあの川って、そんなに深くないって聞いたよ


川より海のほうがずっと深い、ニャウ



では、海よりも深い!


子を想う気持ちは、世の中のどんなものよりも深い!



メデア、イソルダ


あまり困ったことばかり言って、(くれない)様を(わずら)わせないでちょうだい




 イザベラが閉じていたまぶたをひらいて、子どもたちを(たしな)める。



困ったことばかりって……。

お父さんはあたしたちと話すと、面倒なの?



いや、楽しいぞ



ウンザリしてない、ニャウ?



言っただろ。おれはおまえたちのことが好きなのだ。

好きなものと接しているのが一番楽しいし、幸せでいられる


つまり、おれはおまえたちと一緒にいるのが一番楽しくて、この時間をかけがえのないものと思っているのだ



ホントに?



ああ。嘘などつかん



じゃあ子猫がいても、いままでどおり構ってくれる?



もちろんだ



ぼくたちと一緒にお昼寝してくれる?



昼でも夜でも共に寝よう


たとえおまえたちがおれから離れたがっても、おれは決しておまえたちを離しはしないぞ



うううぅぅぅ!

よかったぁ~~~!


ふにゅううぅぅぅ!

ようやく安心できる、ニャウ!




 ふたりは瞳を潤ませおれのもとに寄ってくる。



 喜びあふれるその顔をスリスリとこすりつけてきた。







よしよし、いい子だ




 ふたりとも額や首回りをおれの体に密着させてニオイづけをする。



 スリスリスリスリ……。



 スリスリスリスリ……。



 それだけでは足りず、お互い競い合うように愛情表現を繰り返しはじめた。



お父さんは、あたしのもの!


お父さんは、ぼくのもの!


お父さんの太い腕は、あたしのもの!


お父さんの太い腕は、ぼくのもの!


お父さんの長いシッポは、あたしのもの!


お父さんの長いシッポは、ぼくのもの!



ふふ、微笑ましいわね


子猫(この子)たちも、きっと(うらや)ましがっているわ




 メデアとイソルダは、スリスリを終わらせると改めて子猫のほうに向き直った。



 喉をゴロゴロ鳴らし、すっかりご機嫌になっている。



かわいいね~♪

こうして見ているだけでトロけちゃいそうだよ



あなたたちも昔はこうだったのよ



信じられない、ニャウ



見ているだけでなく、体にじかに触れて自己紹介してみるといい


ともに血を分けた姉弟同士だ。

子猫たちはまだ耳は聴こえないが、触覚でおまえたちのことを認識してくれるかもしれないぞ



う、うん。

それじゃ緊張するけど、タッチしながら話しかけてみるよ




 メデアの鼓動がドクンドクンと高鳴っているのが外からでも聞き取れる。



 そうやって些細なことに緊張してしまうところも愛らしい。



 メデアは緊張した顔をゆっくりと子猫たちのそばへ近づけた。



あ、あたしはメデア。

あなたたちの一番上のお姉さんだよ


よろしくね!




 興奮と緊張に押されながらも、メデアは子猫たちに優しく語りかける。



 それから挨拶がてらに、子猫の体を舌先でペロリと舐めた。



 イソルダも鼓動を弾ませながら、固い表情(かお)を子猫たちへ寄せつつ同様に挨拶する。



あ……兄のイソルダ、ニャウ


よろしく、ニャウ!




 すると――



ミィミィ


ミャーミャー


ミャアミャア


ニィニィ




 それまでおとなしかった子猫たちが一斉に鳴きだした。



すごい! 

こっちに顔をあげて返事してくれてるみたい!


偶然でもうれしい、ニャウ……!



おまえたちが喜んでくれると、おれまでうれしくなってくるぞ



わたしもよ。

生きててよかったって、心から思える瞬間だわ




 瞳の奥がジーンと熱を帯びてくる。



 涙をこぼしはしないが言葉にできない感動が胸いっぱいに広がって、幸せな気分だった。



これもみな、おまえが子どもたちを生んでくれたおかげだな



ううん。

それだけじゃないわ


あなたがこうしてみんなと、良い関係を築こうと日々心がけていてくれるおかげよ



……




 イザベラはいつも繊細におれを配慮してくれる。



 その細やかな気くばりがあるから、おれは日々家族のために頑張りつづけられるのかもしれない――



それに今回の出産に限っては、環境を整えてくれたこの家の人たちにも感謝しないといけないわね



そうだな




 これまで世話になったのは、オーハラ、トラヒコ、それに猫オタの3名だ。



 人々から受けた恩をどう返すか――



 と、考え始めたところでおれの思考は止まった。



 子どもたちが一緒に寝ようと誘ってきたからだ。



みんなでぬくぬくタイムにしよう~


猫団子、ニャウ~



フフッ、気持ちのよさ保証つきの団子だな




 子どもたちを踏んでしまわないよう配慮しながら、おれはその場にコロンと横になる。



 みんなのぬくもりがあたたかい。



 肌に触れる柔らかな熱が徐々に体全体に広がって、幸せの衣のように我が身をつつんでくれた。
















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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