第20話 言葉の壁の先に
文字数 3,076文字
猫オタは自転車に乗ったまま、おれたちのいる茂みのほうへ走ってくる。
芝生を越え、おれたちに近寄りすぎない辺りで自転車を停めると、彼はサッとしゃがみ込んだ。
物音に敏感な猫を気遣っての所作だろうか。
身を縮めた状態で、足をそろそろと動かしながら寄ってくる。
そういった振る舞いはさすが猫オタと好意的に受けとれるのだが、いかんせん声がデカイのが玉に
猫オタはポケットから四角いモノを取り出した。
その平べったくてやや縦長の道具に目を留めたまま、おれたちに告げる。
何を言っているのか、さっぱりわからん。
わかりきったことだが、やはりイザベラがいないと言葉の壁にぶつかってしまう。
どうにか理解できる単語だけを拾って、相手の言っていることを把握できればいいのだが……。
聞き慣れた言葉をもとに、おれなりに状況を推理してみる。
猫オタはイザベラがいないことに気づいてどこかへ消えた。
戻ってきたら、ジロリ町の名を口にしている。
イザベラ……ジロリ町……
連れ去られたイザベラ……
ボラ……ジロリ町……
ジロリ町……イザベラ……
と、歩み出してみたものの……ボラナントカの場所など知っているわけがない。
ふと、猫オタの自転車を目に留める。
おれはその前カゴにぴょんと跳び乗った。
猫の中でも大柄といわれるおれの体がすっぽりとカゴに収まる。
猫オタは例の四角いモノをおれに向け、カシャカシャとやり始めた。
そのあいだにメデアとイソルダがこちらを見上げつつ疑問をぶつけてくる。
子どもたちとやり取りしているあいだに、撮影を終わらせた猫オタがおかしなことを言い始めた。
カメラ付きの道具をポケットにしまう猫オタの挙動は、やけにウキウキしている。
不穏なものを感じ取り、おれは顔をしかめた。
おれは意思表示を明らかにするために、カゴに爪を立てた。
爪とぎの要領でバリバリやって、不快感をアピールする。
すると、猫オタの表情に変化が生じた。
慌てふためいてはいるが、まだこちらの要望は伝わっていないらしい。
おれはムッとした顔つきのまま大口を開けると、カゴの縁にガブリと噛みついた。
猫オタはおれの噛みついた前カゴに手を添える。
フンッ! やめてなるものか!
ストレスという言葉に反応し、子どもたちも一緒になって不満鳴きをする。
何か収穫があったのか、途端に火がついたように叫びだす猫オタ。
状況がつかめずキョトンとしていると、猫オタは面積の広い顔に笑みを浮かべておれに言った。
話が伝わったのか確信は持てない。
だがおれは自分の直観に従って「ニャーン」と鳴き、同意の意思を伝えてみせた。
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