第20話 言葉の壁の先に

文字数 3,076文字





 猫オタは自転車に乗ったまま、おれたちのいる茂みのほうへ走ってくる。



ご安心ください~~~!

奥方様は無事です~~~!




 芝生を越え、おれたちに近寄りすぎない辺りで自転車を停めると、彼はサッとしゃがみ込んだ。



 物音に敏感な猫を気遣っての所作だろうか。



 身を縮めた状態で、足をそろそろと動かしながら寄ってくる。



 そういった振る舞いはさすが猫オタと好意的に受けとれるのだが、いかんせん声がデカイのが玉に(きず)だ。



いやぁ~、よかったよかった!


俺のいないあいだに皆様方がどこかへ行ってしまったんじゃないかと、内心すっごく心配だったんですよ!



……?



あっ、それでですね、

例の奥方様を連れ去った人々についてなんですが……




 猫オタはポケットから四角いモノを取り出した。



 その平べったくてやや縦長の道具に目を留めたまま、おれたちに告げる。



あのお猫様を連れ去ったのは、犬猫の保護をしているボランティアでした!



ボラ……?



『マジカル・ニャワンダ』という名の保護ボランティアです!

主に夫婦で活動しているそうですよ!



マジ、ニャワンダ……?




 何を言っているのか、さっぱりわからん。



メデア、イソルダ。

おまえたちには、この男の言うことがわかるか?



全然……


イミフ、ニャウ




 わかりきったことだが、やはりイザベラがいないと言葉の壁にぶつかってしまう。



 どうにか理解できる単語だけを拾って、相手の言っていることを把握できればいいのだが……。



ボランティアの居所についてですが、場所は隣町のジロリ町だそうです!



ジロリ町だと!?




 聞き慣れた言葉をもとに、おれなりに状況を推理してみる。



 猫オタはイザベラがいないことに気づいてどこかへ消えた。



 戻ってきたら、ジロリ町の名を口にしている。




 イザベラ……ジロリ町……




 連れ去られたイザベラ……




 ボラ……ジロリ町……




 ジロリ町……イザベラ……





つまり、イザベラはジロリ町にいるということか!



えっ、そうなの!?



おれのカンが、イザベラはジロリ町にいると告げている



早とちりじゃなくて?


誤算、ニャウ!?



こらこら、狩猟によって長年(つちか)われたハンターの直観力を(あなど)るんじゃない



でもお母さんが、(くれない)様はケガの影響で五感が鈍っているって言ってたよ



イザベラの件が絡めば話は別だ。現にいまのおれは彼女を見つけ出そうと、全神経を研ぎ澄ましている


むしろ感覚は冴え渡っているといっても過言ではない


とにかく、おれは行くぞ!




 と、歩み出してみたものの……ボラナントカの場所など知っているわけがない。



 ふと、猫オタの自転車を目に留める。



――猫オタの可能性に、賭けてみるか




 おれはその前カゴにぴょんと跳び乗った。



 猫の中でも大柄といわれるおれの体がすっぽりとカゴに収まる。



お、お猫様!?

俺の自転車に乗ってくれるなんて……!


たとえひとときの気まぐれだとしてもうれしいです……っ!


もし、それが俺に気を許してくれているのだとしたら……



ああああああっ! 

感無量です~~~~~っっっ!



ハッ!

この至上の喜びに勝るとも劣らない瞬間を、記念にカメラに収めておかなくては!




 猫オタは例の四角いモノをおれに向け、カシャカシャとやり始めた。



 そのあいだにメデアとイソルダがこちらを見上げつつ疑問をぶつけてくる。



ねぇ、お父さん。

猫オタの自転車に乗って、どーするの?


自転車泥棒、ニャウ?



こんなものを盗むわけがないだろう。

それより妙案がある



妙案?



イザベラのいるところまで、猫オタに運んでもらうのだ



え……、

途中で転んだりしないかな?



心配には及ばん。人間には力がある


それにヤツの体は骨太で、体もそれなりに発達している。

身のこなしも鈍くはないから、心身の具合も良好なはずだ


おれたちを自転車に乗せて移動するくらい問題なかろう



でも、全然違うところに連れていかれちゃったりしないかな?



可能性がないとは言えんな。

それならばおれたちだけでジロリ町をめぐって、イザベラの行方を追うしかあるまい



でも、追放処分になった元ねこねこファイアー組のあたしたちが、ジロリ町をウロついてたらヤバくない?


ボコボコ、ニャウ



そうやって不安を口にしたらキリがないぞ


さぁ勇気を出して、おまえたちも自転車に乗ってくれ




 子どもたちとやり取りしているあいだに、撮影を終わらせた猫オタがおかしなことを言い始めた。



かわいいなぁ~。

このままうちに連れて帰って飼っちゃおうかなぁ~


でもなぁ、飼育費用を考えると厳しいよなぁ……



飼育費用……厳しい……?



はぁ……。

お猫様がいっぱいで悩ましいなぁ……



悩ましい? カネのことか?

それとも……



ま、アレコレ考えるよりもまずは行動だな!

ひとまず、うちの家に行きますか!



うちの家だと……!?




 カメラ付きの道具をポケットにしまう猫オタの挙動は、やけにウキウキしている。



 不穏なものを感じ取り、おれは顔をしかめた。



おまえの家ではない。

イザベラのところへ連れてゆくのだ!




 おれは意思表示を明らかにするために、カゴに爪を立てた。



 爪とぎの要領でバリバリやって、不快感をアピールする。



 すると、猫オタの表情に変化が生じた。



あぁぁぁぁあ~っ! 

交換したばかりのカゴがぁぁぁ~っっ!




 慌てふためいてはいるが、まだこちらの要望は伝わっていないらしい。



 おれはムッとした顔つきのまま大口を開けると、カゴの縁にガブリと噛みついた。



ふぬぅ~~~~!



あああぁぁぁ~! 

カンベンしてください~~~っ!


こんなもの食べてもマズいだけだし、体に毒ですから~!




 猫オタはおれの噛みついた前カゴに手を添える。



 フンッ! やめてなるものか!



ふぬ~~~っ!

ふぬぬ~~~~~っ!




 不満を猛アピールするおれを見て、一転、彼は閃き顔になった。



なるほど!

わかりました! わかりました!


お猫様は、きっと何かに不満を感じていらっしゃるのですね!



そうだ! 

不満だ!



んー、猫がこの状況で噛む理由といえば……


撫でて愛撫誘発性攻撃行動(あいぶゆうはつせいこうげきこうどう)を誘発したわけでもなし……


となると、やっぱりストレスだな!



ストレス! ストレス!


ストレス、ニャウ!




 ストレスという言葉に反応し、子どもたちも一緒になって不満鳴きをする。



んん~? 

何度も鳴くってことは、おなかが減ってるのかな?


けど空腹を訴えて鳴くだけならともかく、前カゴに乗るっていうのは変だよなぁ……



ハッ! そういうことか!



奥方様のいないことが、みんなの不満――

つまり、ストレスになっているんだ!




 何か収穫があったのか、途端に火がついたように叫びだす猫オタ。



うおおおおおおおおおおおおおっっっ!


なんて家族想いなお猫様なんだぁぁぁぁ~~~~っ!



……?




 状況がつかめずキョトンとしていると、猫オタは面積の広い顔に笑みを浮かべておれに言った。



家族想いのすばらしきお猫様方!

そのリーダーであるあなたは、まさしく


今後は、『神猫様(かみねこさま)』と呼ばせていただきます!



カミネコサマ……?



では、さっそく皆様をボランティアのもとへお連れしますね!




 話が伝わったのか確信は持てない。



 だがおれは自分の直観に従って「ニャーン」と鳴き、同意の意思を伝えてみせた。



行くぞ!

イザベラのもとへ!









愛撫誘発性攻撃行動とは、

人になでられている猫が急に噛みついてきたり、猫キックを浴びせてきたりと、それまでの状況から一転し、攻撃的な行動を取ることをいいます。


愛撫誘発性攻撃行動という名称が長いので、ものすごい状態を表すものかと思ってしまいますが、猫と暮らしている方なら、あるある的な行動の一つなのではないでしょうか




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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