第115話 人間社会の謎ルール

文字数 2,219文字




 おれはやる気に燃えている!



 激しく燃えているぞぉぉぉぉぉぉ!



フオォォォォォォォォォォオッ!



あたしたちのことを想ってくれるのはうれしいけどね


力みすぎ、ニャウ




 ……そうだ。落ち着け。

 過激に力んでいる場合ではない。



 よき人間を見極めるためには、もっと冷静にならなくては――



ハァァァァァァァァァ……ッ!




 父として、子どもたちのために力を尽くす。



 湧きあがる炎を静めつつも、情熱をキープしなくては……!


 

フォゥゥゥゥゥゥゥゥ……




 まずは人について、もっと詳しく知っておかなくてはならんな。



 おれは事情通のファーマに問いかける。



ファーマよ、おれに人間に関することを詳しく教えてくれ!



詳しくって、たとえばどんなことや?



どう答えていいのかわからんが、とにかく人間のことを知れば、その良し悪しも判断しやすくなるだろう


おれはよい人間とは何か、それを見分ける(すべ)を知りたいのだ



見分けてどーするんや?



里親候補者が悪い人間と気づいたら、鳴くなどのアピールをして、オーハラたちに教えてやるつもりだ


そうすればきっと、メデアとイソルダを魔の手から守れるだろうからな



なるほどなぁ。

パパさんなりに考えとるわけやな



当たり前だ。

愛しい我が子を悪魔に委ねるわけにはいかんからな!



よい人間を見分けるには、まずは悪い人間を見抜くことだろう



悪い人間を見抜く?



そうだ。

問題なのは、外道やクズなどと呼ばれる悪い人間が里親になることだ


そういった人間のもとに引き取られた動物は、必ずひどい目に遭わされる


よい人間を探すより、悪い人間を関わらせないのが不幸を減らす着実な方法といえよう



なるほど。一理あるな



人間を見抜く最も手っ取り早い手段は、言わずと知れたこと


ニオイを嗅ぐ。

これに尽きるぞぃ



うむ。

わしら犬猫は鼻を働かせ、ニオイで相手の本質を見極めるからのう




 すると何を思ったか、子どもたちがおれのそばに寄ってきてニオイを嗅ぎはじめる。



クンクン


クンクン



ホゲェ……


お父さんのニャンタマは強烈、ニャウ……!



だったら嗅ぐなっ



でもニオイが臭いと、悪いヤツってことなんでしょ?



それはただニオイが臭いと判断しただけだ。

本質を見抜いたとは言えん



せや。

臭いモンは、ただ臭いだけや



メデア、イソルダ。

もうニオイを嗅ぐのはやめて、あっちのネコじゃらしにでもジャレてなさい



は~い


は~い




 イザベラの指示に従って、メデアとイソルダは桃寧(もね)の手にするオモチャのもとへ跳んでいった。



そもそも人間は、アタシらと違って、さほど嗅覚には頼らん生き物や。

せやから重視するところもニオイちゃうで



というと?



人間は、見た目で適切か、不適切かを判断するのじゃ



そうじゃ。

大半が見た目で決まるといっても過言ではないのじゃ



見た目か……




 人間は猫と違って服を着ているから、それも考慮されるのだろうか。







念のため聞くが、どのような見た目が不適切な人間になるのだ?



それが難しいねん



難しいというと、ファーマたちでも区別がつかないほどなのか?



区別できても、それが正しいかどうか、情報が曖昧(あいまい)なんよ



曖昧?



せや。

世間一般では髪型とか服装とか判断基準がいろいろあってな、それが一定の枠組みから外れるとアウトって扱いになんねん


けどそんなん人間目線の基準やから、アタシらには理解しにくい。

意味わからんことも多々あるんや



ふむ……。

例えば?



一番わかりやすいのが、髪の色じゃ



髪の色?



せや。

明るすぎるのはよくないとかな



毛の色だけで判断されるのか。

人間社会とは妙なものだな



わしらにもようわからん。

じゃが、里親としてはダメなほうの基準に回されることもあるのじゃ



ということは、ダメではない場合もあるということか



そうじゃ。それがすべてではない。

じつに曖昧じゃろ?



そうだな。明確性に欠ける


そもそも毛色なんぞ、人間に比べ特定できる色の少ないおれたちには、判別しづらい要素でしかない


日々世話してくれるかどうかのほうが、はるかに重要なのだが――




 と言った直後、あるものが視界に入る。



ム?




 おれの視線はその〝曖昧なモノ〟を捉え、ピタリと張りついた。



なんや、どしたん?



毛色が明るい……


桃寧(もね)の髪は、他の者達よりも明るいではないか!



……?



あ、せやったな



つまり桃寧は、不適切な人間ということかっ!



いやいや、ちゃうやろ!

だから判断が難しいって言うてるやんか


そもそもウチではそんなん条件に入れてへんから、まったく問題あらへんし!




 おれはファーマの言葉を聞き流し、スタスタと桃寧のほうへ歩み寄る。



 一方桃寧は床にしゃがみ込んで、子どもたちを相手にネコじゃらしを振っている。



 おれが桃寧の(かたわ)らに(たたず)んで、その外見をじっくり観察しはじめると、



どしたの? 神猫様(かみねこさま)




 桃寧はキョトンとした顔を向けてきた。



桃寧よ。知らなかったぞ


おまえは、里親には向かぬ不適切な人間だったのだな!



え?

わたしに何か話しかけてくれてるの?



いや、たとえ世の中から不適切と判断されるような人間であっても、おれはそうだとは思わんぞ



あ、神猫様もネコじゃらしで遊びたいんだね


ほら、おいで~



いや、よせ!

ネコじゃらしを揺らして誘いをかけるな


いまはネコじゃらしで遊ぶより、もっと大事な話をしているのだ




 と返しつつも、



お父さんも一緒に遊ぶー?


得意の高速パンチ見せてほしい、ニャウ





 子どもたちに誘われると、




ハァッ!




 ピシャッ!



 つい衝動を抑えきれず、手が伸びてしまうのだった。























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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