第99話 それぞれの気持ち

文字数 2,977文字





アンタは意地を張らずに生きるんだ。

決して命を無駄にすんなよ……




 数日経っても、コータの残した言葉はおれの頭に留まりつづけていた。



 幾度となく、心を揺さぶられる。



命を無駄にするつもりはない


だが……




 ここを出るか。



 それともやめるか――




 考えは未だ定まらずにいる。



 朝食を済ませ、子猫たちのいる和室に家族みんなで集まっていると、



ミャアミャア




 敷物の上をモゾモゾ動いていたヒスイが、うれしそうな声で鳴きはじめた。



 イザベラの乳を飲み終えたばかりで腹は減ってないはずだが……。



 何事かと思い、ふっと視線を向ければ――



なんと!

ヒスイの目がひらいているではないか!



ミャア♪




 この世の物とは思えないほど愛らしい瞳だ。



 見つめられると、ただそれだで幸せな気持ちにさせてくれる。



あら、ヒスイの目が()いたのね!



ホントだ~!


かわいい、ニャ~ウ!




 イザベラをはじめ、メデアとイソルダもヒスイに微笑みかける。



 みんなが子猫たちに向けるまなざしはとても優しい。



 ふたりとも子が生まれた直後は動揺していたが、いまではすっかり面倒見のいい姉と兄になってくれている。



はじめまして。

あなたの母猫(ママ)のイザベラよ



ミャア



ふふふ、かわいらしいわね。

じき他の子の目もひらいて、みんなで一緒に遊んだりできるようになるわよ~



ミャア♪



ねぇ、お母さん。

目の開かない子っているの?



いないわよ。

健康なら、ちゃんとひらくもの



じゃあ、この子たちはみんな健康なんだ?



ええ、心配しなくて平気よ。

わたしも体の丈夫なほうだけど、それよりもっと(たくま)しい(くれない)様の血を継いでいるからね



フッ……




 (こぶし)の強さと体の丈夫さ以外に、たいした取り柄もないがな。



次に目が開くのは誰だろ?


きっと、次は最初に生まれたオスのミヌ、ニャウ


生まれた順ってこと?


ウニャウ


じゃあ、最後は『まれ』で決まりだね。

まれは四兄弟の中で生まれたのが最後だから、たぶん目が開くのも遅いよ


後に生まれたからって遅いとは限らない、ニャウ




 イソルダは唇を不満げに動かして、ふてくれたような表情になる。



 それを見てメデアは愉快そうにからかった。



ど~だか。

姉弟で一番下だったイソルダは、なんでもトロくて遅いからね~


ふにゃう……



落ち込んだと見せかけて――パーンチ!


あっ、やったなっ!



こらこら、子猫たちのいるそばでケンカするな。

危ないだろ



下におりてやりなさい



は~い


は~い




 メデアとイソルダは、畳にぴょんと跳び下りて小競り合いを始めた。



 普段なら元気な子どもたちを見ているだけで楽しくなるのだが、どうにも気分が弾まない。



……



どうしたの? あなた。

浮かない顔してるわね



あぁ……



先日のことが気にかかっているのね?




 イザベラはあの場に居合わせなかったが、コータのことは耳で聴いて内容は充分に把握している。



なぁ、イザベラ。

もしもおれがまた外で暮らしたいと言ったら、おまえはどうする?



もちろん、わたしはあなたと一緒にいたいわ。

離れ離れになるなんて考えられない



だが、野良暮らしは厳しい


おれたちだけならまだしも、子猫を連れて安定した生活が送れるかどうか……



そうね。

きっと苦労するでしょうね



うむ……



わたしとしては、みんなが幸せになる道を一番に選びたい。

それじゃ、ダメかしら?



みんなが幸せになる道……



ええ。それが自分のためにも相手のためにも、一番大事なことだと思うの



ああ、そうだな。

おれもそう思う


イザベラは、この家でみんなと暮らすのが最良の選択だと考えているのだろう?



ええ……




 だが、オーハラたちは子猫を里親に出そうとしている。



 イザベラはその件について何も知らない。



 もしそれを知れば、この家に居続ける道をイザベラが望むだろうか……?



 ひとり考え込んでいると、戸口に見慣れた猫が現れた。



あの、お話があるのですが



ああ、みつきか。

どうした?



えっと、その……




 おれから視線を逸らし、困ったようにうつむきながらみつきは言う。



できれば、別室にお越しいただいたほうが



ここで話せぬことなのか?



はい……



あなた。

みつきが用があると言っているのだから、行ってあげたら?



わかった




 おれは押し入れから出て、みつきのあとについていく。



 みつきは廊下をコソコソと歩いて階段をのぼっていった。おれを最上階のロフトへと誘導するつもりらしい。



 段を上がってロフトに着くと、ふわりとした空気に迎え入れられる。



 今日のように天気の良い日だと、窓から射し込む光が淡い床板に反射してまばゆいほどだった。



 おれは目を細め、隣にいるみつきへ問いかける。



誰もいないようだな。

この場所は、ツートンが気に入っていたようだが



あの者はさきほどボール遊びをしにプレイルームへ()きました


いまならば邪魔されないと思い、こうして親分様にお越しいただいた次第でございまする



なるほど。

で、話とは?



じつはその…… 




 みつきは両手を揃えてモジモジしながら言いづらそうにしている。



それほど深刻な話なのか?



拙者にとっては……至極深刻でございまする



そのわけは?



それは……そのぉ…… 




 彼女は一体何が言いたいのだろう。



 せわしなく視線をチラチラ向けてくるが、肝心の口の動きは重い。



先日の一件があって以降、拙者なりに考え……


いつ死んでも、後悔だけはせぬようにしなければならぬ……そう思い至ったのです



うむ。

そうだったのか



じつは以前……、

拙者は親分様のお体に……衝突したことがございました



ああ、アレか……




 正直なところ、それを話題に出されると気まずい。



 顔に触れたみつきの柔らかな感触がよみがえってくるようで、複雑な気持ちになってしまう。



あのとき……親分様に触れた瞬間……


拙者の中にある感情が芽生えたのでございます……っ!



芽生えたとは――


まさか、激しい怒りか!?



ち、違いまするっ!



ム?

違うのか?



そうではございませぬ!


拙者が感じたのは怒りなどではなく、親分様への恋慕――



待ったぁぁぁぁぁぁあああっ!


告白なんてさせないよぉ~!




 突然、ダダダダダッと砂煙でも起こりそうな足音を立てて、厄介な猫が階段を駆け上がってきた。



 おれもみつきも驚いて、この場に跳び込む乱入者に注意を向ける。



うげえっ!

ツートン!?



いや――、

おまえは、ゼロだな!?



そうだよ!

オレはツートン・ゼロ!



んななっ!

ボール遊びをしていたはずでは!?



遊んでたような気もするけど、憶えてないね!

気づけば、このオレになってたんだから!



知らぬ間にキャラ変したというわけか



フフ、そうさ。

オレは多重ネコだから、1日に何度もキャラが入れ替わることなんてしょっちゅうなんだよ


とにかく、ここで宣言しておくよ!

みつきラブは、このオレひとりで充分だ!


これ以上ライバルなんて、いらないんだからね!



ライバル……?




 なぜにおれがヤツのライバルなのだ……?






 ゼロはオレと真っ向から対峙すると、背中を尖らせ指先をひらき、眼光鋭く睨みつけてきた。



 ヤル気満々の臨戦体勢だ。



貴様、おれと一戦交える気か!?



フフ、戦う気はあるけれど、体でぶつかり合う気はないよ。

元々オレは野蛮な戦いは好まないんだ



では、どうするつもりなのだ!?



ここは紳士らしく、頭脳で勝負しよう



はぁ!?

頭脳勝負だと!?




 頭脳勝負と切り出され、おれは一瞬言葉に詰まった。



 なんとなく不利な状況に追いこまれた気がするのは、気のせいだろうか……?















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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