第157話 幸福の担い手
文字数 3,457文字
安息の地がもたらす幸福のひととき。
やすらかに寝息を立てて眠る子猫たち。
子どもたちがオトナになっても、こうして穏やかに寝られるといいな
きっとお互いくっつき合って眠っているのだろう。
なんだかんだで仲がいいからな
ところで、イザベラ。
おまえは子猫がいなくなった後、何がしたい?
もうおれたちは飼い猫になったのだ。
外を徘徊し、食糧の確保に難儀することもなくなった
寂しいが、子どもたちがいなくなれば親としての義務もなくなる
おれは保護された者達の面倒を見るのが性に合っているようだから、その役目を果たそうと思う
ファーマから授かったあの遺言を胸に刻み、オーハラやトラヒコを陰ながら支える
このあいだは話の流れでそうなったが、無理におれに合わせる必要はないのだぞ?
ううん。手伝いたいからそうするの。
保護されたコのケアをしたり、サポートするのはやりがいがありそうだもの
まぁ、たまには一日中何もせず、寝転んでいたいけれどね
イザベラはおれをサポートしようとしてくれている。
イザベラがおれを支えてくれるように、おれも彼女を支えていけたらいい。
ようやく命を賭した縄張り争いから解放されたのだ。
あとは思うままにのんびり生きて、イザベラと年を重ねていけたらいい。
おれはイザベラと体を寄せ合い、手のひらを重ねた。
お互いの肉球は長年外を歩いてきたから荒れている。
けれど――
このザラザラした肉球の感触も愛おしい……。
イザベラ……
おまえに出逢えてよかった。
メデアやイソルダとも家族になれたし、子宝にも恵まれた
こうして穏やかに暮らしてゆけるのは、おまえがそばにいてくれたからだ
あなたは家族のことを一番に考えて、みんなの幸せを願ってくれる、ステキな旦那様よ
しばらくして、朝になった。
同じ階にいるファーマがおれたちにいる猫部屋に顔を出す。
その件なら問題ない。
それよりファーマ、具合はもういいのか?
陽気なファーマさんが元気だと、部屋の雰囲気が明るくなるわね
元気な挨拶が耳に心地いい。
ほどなくすると、みんな猫部屋に集まった。
近頃あのツートンすらも、子猫の様子を見に部屋を訪れるようになっている。
もしかすると、うちの子どもたちを見ながら、無意識的に彼の中に眠る思い出の弟妹たちを偲んでいるのかもしれないが。
いまさらこんなことを言うのもなんだが、毎日がネコの集会みたいだな
こうしてみんなと顔を合わせて話ができて、ある意味最高じゃのぅ
食べることは生きるうえで最も重要なことでござるよっ!
不自然なタイミングで閉口し、ケージの上に佇んだまま置物状態になるツートン。
ハハー! その猫の言うとおりだよ。
毎日ゴハンが食べられるのって、素晴らしいことさ!
話のわかる御仁よ、拙者も同感でござるっ!
ツートンが床に跳び下りて入り口へ歩みかけた矢先、またしても変化が起こった。
ヴァルヴァロッサ~!
わたくしのかわいいヴァルヴァロッサは、どこかしら~?
なんや、今日はキャラ変が多いな。繁殖期になると、血が騒ぐんかいな
わかっている。
シッシッ、令嬢キャラはさっさと去れ!
おれはシッポを左右に振り動かして、ツートンことエンドレアに退出を促すが、
わたくしを蔑ろにすると、死後も呪いますわよ!
そこへ助け船のように、階下からオーハラとトラヒコの声が響いてきた。
みつきを先頭に、アカリ婆とヒカリ爺も廊下へ出ていく。
部屋に来ていた犬猫たちは、朝食をとりに下の階へ下りていった。
もう少しの辛抱だ。
すぐにおれたちも食事の時間になるから
今日もおまえたちにカリカリを分けてやるから、みんなで食べよう
ウェットフードね。
あれは香りがよくて、おいしいわよね
話していたら、わたしも食べたくなったわ。
あとでオーハラさんにおねだりしてみようかしら
イザベラが人におねだりする気になるとは、一歩前進だな!
ふたりが目を細めて微笑む顔が目に浮かぶ。
オーハラとトラヒコ。おれの飼い主になってくれた良き人間たち。
まだ触れ合いはじめたばかりだが、やがてはお互いの距離が完全に縮まって、かけがえのない存在になってゆくのだろう。
以前パンフーが言っていた。
「人間への歩み寄りが大事」だと
まだおれたちには、その歩み寄りが足りてないのかもしれない
だがいつかきっと、人間たちとより良い関係が築けるはずだ。
おれはひそかにその日が来るのを楽しみにしている
むろんおれもそのつもりだが、なにぶんオカシな猫が交ざっているからなー
おそらくツートンは、あの様子ではしばらく里親に引き取られることはないだろう。
ゼロが出現すると「みつきと一緒がいい!」とゴネ始めるし、令嬢キャラは癖がありすぎるし、それになにより毎回キャラ変が激しすぎる。
再び里親のところへ行っても、トライアル記録を更新するだけの結果に終わるだろう。
まぁツートンはやむを得ないとしても、みつきはあんなに変じゃないから、いつも助かっているわよ
そうだな。
みつきはおれたち家族に忠節を尽くしてくれる良い子だ
だがいまは食い気がすごすぎて、里親のもとへ行く気もなければダイエットする気もないらしい。
残念ながら里親が彼女を引き取ったところで、世話する相手を食い物供給係としかみないだろう。
高齢のアカリ婆とヒカリ爺は、あと何年一緒にいられるのかしらね
先のことはわからないが、一日でも長く健やかに生きてくれたらいい
ファーマもまた良き先輩として、これまでおれに多くの言葉を伝え、助言を与えてくれた
どれほどの月日が流れても、親切にしてくれた思い出は消えることはない
そうね。
良い思い出は大切に保管されるわ。いつまでも……
いままでに出逢った猫も犬も、大切な思い出となって心の中に生き続けるだろう
だからこそ、おれはこの思いをみんなと分かち合いたい
理不尽な扱いを受けた者達へ、真心を尽くし、愛情を伝えたい
保護されたばかりの頃は、みんな孤独だ。不安におびえ、何もかもが信じられなくなっている。
これ以上傷つかないよう自分の心に殻を作り、その中に永久に閉じこもろうとする。
その殻をあたたかく包み、いずれ外に出られる手助けをする。
迷える猫たち、犬たち。どうか、これ以上苦しまないでほしい。
良き相手に巡り会って、幸せになってほしい。
おれは愛するイザベラと共に、みんなを精一杯支えていくつもりだ。
保護された命が幸せな道を歩めるために――。
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