第114話 燃える心

文字数 2,590文字




 突然、メデアとイソルダが家を出ると言いだしてから……



 おれは気が気でない。

 プレイルームにいるオーハラたちが遊びに誘いかけてきても、興味を示すどころではなくなった。



ファーマ。

知っているなら教えてくれ


メデアとイソルダに里親候補者はいるのか



問い合わせはあるみたいや。

候補者はまだ絞れてへんようやけどな



ええぇっ!?



本当かっ!?



ホンマや。

ちょっと前にオーハラさんらが話しとった



あたしに里親が……!?


メデアだけじゃなく、ぼくにも来てる?



たぶんな



たぶんて……。

曖昧、ニャウ



アタシは里親希望者から連絡来とるってことしか知らんし



では、里親希望者たちがどのような人物なのかは、わからんのだな?



わからへんなぁ。

そもそも里親希望者っちゅうのは、この町だけやなく、いろんな場所から応募してくるんや


せやから希望者は何人もおるし、相性よさげな候補者を絞るだけでも結構な作業になる



希望者は何人も――!


すごいっ!

あたし、モテモテなんだ!?



まぁ、そーやな



やったー♪




 メデアはうれしそうだ。



 きっと頭の中で都合のよいことばかり想像しているのだろう。






いや、喜んでいる場合かっ!


群がるのはみな、おまえを利用しようと企む、信用できぬ者どもかもしれんではないか!



 

 などとネガティブ発言を放ったせいだろう。



 おれの頭に、ひどいイメージが浮かんでしまった。







 なんと怖ろしい……!




おい、オーハラ!

ボケッと突っ立ってないで、子どもたちの里親について教えてくれ!




 おれが鳴いて訴えると、オーハラはキョトンとした顔を向けてくる。



あら? 

神猫様がわたしに向かって鳴いてるわ



今度こそ遊んでほしいのかな



ネコじゃらしで遊ぶー?



ネコじゃらしだと!?




 桃寧(もね)はおれを誘い込もうとしてオモチャを振りはじめる。



 見当違いも甚だしい! 的外れもいいところだ!



ちっとも伝わってへんなぁ



話のわからんヤツらめ!


おまえらの言うことをおれたちは必死に理解しようとしているのだから、おまえたちも猫の気持ちに気づいたらどうだっ!



まぁ、そうカリカリするでない。

長年共にいるわしらでも通じぬことは多々あるのじゃ



ゴハンと散歩はわりと通じるんじゃがのう



ゴハンと散歩て……すごく基本的なやつね




 それでも通じるだけマシだと思いつつ顔をプイッとそむけると、傍らにいるメデアがおれに微笑みかけた。



ねぇ、お父さん。

そんなに心配しなくても平気だよ


アミと大地だって、いい飼い主に出逢えたんだしさ



平気ではない。

見知らぬ人間をなぜ平気と言い切れるのだ


おまえは以前、人間のことを嫌っていたし、怖がってもいたではないか



それは……人間のことをほとんど知らなかったからだよ。

いまはだいぶ慣れたし、信用できるって思うもん



それはまだおまえたちが子どもだから、オトナ猫より警戒心がゆるいだけのことだ


誰でも簡単に信用すると、痛い目を見るぞ



まだ人のこと、疑ってるんだね



当たり前だろう。

人だけでなく、どんな生き物であっても同じこと


相手が真に良き人間とわかるまでは、たやすく気を許してはならない――


それが野良猫社会を生きて培われた、命を守るための気構えでもあるのだぞ



でもこの家の人たち、親切……ニャウ



わかっている。

あの者達たちは善良だ


だが世の中には、そうではない人間もいることを決して忘れてはならん!



そうだね。

うちのお母さんもひどい目に遭わされたし……



油断禁物、ニャウ



でも、人のことが信用できなくて〝脱走〟を企むのは……どーなの?



ムムッ!?

なんだ急に脈絡のない話を持ち出して……



だってお父さん、この家を出て、また外で暮らそうって考えてるんでしょ?



イザベラから聞いたのか?



わたしは何も言ってないわ



ふぅん、やっぱり脱走しようと狙ってたんだ


家の見回りとき、念入りにチェックしてるみたいだったから、もしやとは思ってたんだけど



いや。勘違いするな。

むやみに脱走を図っていたわけではないぞ


家を出ようと思ったのは、ゼロからオーハラたちが子猫を里子に出すと聞いたからだ



じゃあその話さえなければ、ここで暮らすつもりだったの?



まぁ、そうだな。

完全に迷いがなかったわけではないが……


けれどもおれは、みんながより良い生活を送れるよう最善の道を選ぶつもりでいた



みんなのために最善の道を……?



そうだ。せっかく生まれてきたからには長生きしてほしいと常々願っているからな



だったら……この家にいて。

あたし、お父さんに外に行ってほしくない


ぼくも……



どうしてだ?



だって、また外に出たら何が起こるかわかんないもん。

いくらお父さんが強くたって、外は危険がいっぱいなんだよ?


もう廃工場は奪われちゃってるし、みんなで暮らせる場所もないしさ



他の猫たちだって油断がならない、ニャウ



案ずるな



案ずるよ!


あたしたちだって、お父さんに長生きしてほしいって思ってるんだから……!



メデア……



ヒカリ爺が言ってたじゃん。

うちで過ごせばあと10年は生きるじゃろうって


それなのに外へ出て行ったら、寿命が縮まっちゃうよ!?



ぼくもそう思う、ニャウ。

外で暮らすのはやめてほしい、ニャウ!



おまえたち……



お父さんがあたしたちを大事に想ってくれるように、あたしたちにとってもお父さんは大事な存在なんだよ


いつも優しくて、気を利かせてくれて、あたたかく包んでくれる


さっきだって、ワルの攻撃から庇ってくれたでしょ



お父さんには何度も助けてもらってる、ニャウ!

ずっとずっと元気でいてほしい、ニャウ!



ホッホゥ。

そこまで親の身を心配してくれるとはのう


子どもたちに慕われて羨ましい限りじゃ。そなたがよき父である証拠じゃな



あまり言うな。

褒められると顔がむず痒くなる



にゃっは!

照れてる場合やないで


これからはこの子らの父猫として、里親候補者を吟味してもらわなアカンのやからな!



里親候補者を吟味?



せや。

このあいだウチに来た、町議会議員みたいなのが里親になったら地獄やろ?



だああああああああああああっ!


あんなものは、断固拒否だっっっ!




 頭にこびりついた不快な記憶。



 あの場面がうちの子どもたちをめぐって再現されると思うだけで全身の血が騒ぎ立ち、居てもたってもいられなくなる。



 まるで体に熱い炎が宿るようだ。



あ、あなた……っ!



ひさしぶりにお父さんの目に炎が浮かんでる……!



ねこねこファイアーパワーがみなぎってる証拠、ニャウ……!



うおおおおおおおおっ!


メデアとイソルダの幸せのため、おれがよき人間を見極めてみせるっ!











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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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