第114話 燃える心
文字数 2,590文字
突然、メデアとイソルダが家を出ると言いだしてから……
おれは気が気でない。
プレイルームにいるオーハラたちが遊びに誘いかけてきても、興味を示すどころではなくなった。
問い合わせはあるみたいや。
候補者はまだ絞れてへんようやけどな
アタシは里親希望者から連絡来とるってことしか知らんし
では、里親希望者たちがどのような人物なのかは、わからんのだな?
わからへんなぁ。
そもそも里親希望者っちゅうのは、この町だけやなく、いろんな場所から応募してくるんや
せやから希望者は何人もおるし、相性よさげな候補者を絞るだけでも結構な作業になる
メデアはうれしそうだ。
きっと頭の中で都合のよいことばかり想像しているのだろう。
群がるのはみな、おまえを利用しようと企む、信用できぬ者どもかもしれんではないか!
などとネガティブ発言を放ったせいだろう。
おれの頭に、ひどいイメージが浮かんでしまった。
おい、オーハラ!
ボケッと突っ立ってないで、子どもたちの里親について教えてくれ!
おれが鳴いて訴えると、オーハラはキョトンとした顔を向けてくる。
桃寧はおれを誘い込もうとしてオモチャを振りはじめる。
見当違いも甚だしい! 的外れもいいところだ!
おまえらの言うことをおれたちは必死に理解しようとしているのだから、おまえたちも猫の気持ちに気づいたらどうだっ!
まぁ、そうカリカリするでない。
長年共にいるわしらでも通じぬことは多々あるのじゃ
それでも通じるだけマシだと思いつつ顔をプイッとそむけると、傍らにいるメデアがおれに微笑みかけた。
平気ではない。
見知らぬ人間をなぜ平気と言い切れるのだ
おまえは以前、人間のことを嫌っていたし、怖がってもいたではないか
それは……人間のことをほとんど知らなかったからだよ。
いまはだいぶ慣れたし、信用できるって思うもん
それはまだおまえたちが子どもだから、オトナ猫より警戒心がゆるいだけのことだ
当たり前だろう。
人だけでなく、どんな生き物であっても同じこと
相手が真に良き人間とわかるまでは、たやすく気を許してはならない――
それが野良猫社会を生きて培われた、命を守るための気構えでもあるのだぞ
だが世の中には、そうではない人間もいることを決して忘れてはならん!
そうだね。
うちのお母さんもひどい目に遭わされたし……
でも、人のことが信用できなくて〝脱走〟を企むのは……どーなの?
だってお父さん、この家を出て、また外で暮らそうって考えてるんでしょ?
家の見回りとき、念入りにチェックしてるみたいだったから、もしやとは思ってたんだけど
いや。勘違いするな。
むやみに脱走を図っていたわけではないぞ
家を出ようと思ったのは、ゼロからオーハラたちが子猫を里子に出すと聞いたからだ
じゃあその話さえなければ、ここで暮らすつもりだったの?
まぁ、そうだな。
完全に迷いがなかったわけではないが……
けれどもおれは、みんながより良い生活を送れるよう最善の道を選ぶつもりでいた
そうだ。せっかく生まれてきたからには長生きしてほしいと常々願っているからな
だったら……この家にいて。
あたし、お父さんに外に行ってほしくない
だって、また外に出たら何が起こるかわかんないもん。
いくらお父さんが強くたって、外は危険がいっぱいなんだよ?
もう廃工場は奪われちゃってるし、みんなで暮らせる場所もないしさ
あたしたちだって、お父さんに長生きしてほしいって思ってるんだから……!
ヒカリ爺が言ってたじゃん。
うちで過ごせばあと10年は生きるじゃろうって
それなのに外へ出て行ったら、寿命が縮まっちゃうよ!?
ぼくもそう思う、ニャウ。
外で暮らすのはやめてほしい、ニャウ!
お父さんがあたしたちを大事に想ってくれるように、あたしたちにとってもお父さんは大事な存在なんだよ
いつも優しくて、気を利かせてくれて、あたたかく包んでくれる
お父さんには何度も助けてもらってる、ニャウ!
ずっとずっと元気でいてほしい、ニャウ!
子どもたちに慕われて羨ましい限りじゃ。そなたがよき父である証拠じゃな
これからはこの子らの父猫として、里親候補者を吟味してもらわなアカンのやからな!
せや。
このあいだウチに来た、町議会議員みたいなのが里親になったら地獄やろ?
頭にこびりついた不快な記憶。
あの場面がうちの子どもたちをめぐって再現されると思うだけで全身の血が騒ぎ立ち、居てもたってもいられなくなる。
まるで体に熱い炎が宿るようだ。
ねこねこファイアーパワーがみなぎってる証拠、ニャウ……!
メデアとイソルダの幸せのため、おれがよき人間を見極めてみせるっ!
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