第38話 ネコ遊び ≪後編≫

文字数 2,599文字




 おれにネコじゃらしを押さえ込まれて、驚きつつも喜ぶ猫オタ。



こ、これが神猫(かみねこ)様の力……!




 一時的に手を退()かし、ネコじゃらしを動かせるようにしてやる。



 猫オタはそれを握り直すと、右へ左へ、金属フレームの表面をなぞるようにすばやく移動させはじめた。



フフフ!

これは基本のネコじゃらしモーションですが、動きは速くしています


この速さについて来れますかなっ!?



ぬるいわっ!

そんなもの、見切れぬわけがなかろう!




 おれはネコじゃらしの移動に合わせて(てのひら)で叩く。




 ピシャリ、ピシャリ!




 白い穂先を何度も狙い打ちする。



さすがは神猫様(かみねこさま)


では、このワニャワニャパニックならどうですっ!?



ワニャ……?




 猫オタはオモチャの動きに変化をつけた。



 ケージの外側からネコじゃらしを出したり引っ込めたりと、穂先をランダムにのぞかせる。



フン!

おれの動体視力を(あなど)るなよ!




 拳をくり出すと、鉤爪(かぎづめ)は一撃のもとに穂先を捕らえた。



 動物の毛にも似たフワフワした繊維を、深く鋭く突き刺す。



ウッホゥ!

すさまじく攻撃が速い……!


フハハハハ!

我が力、思い知るがいいっ!




 おれは爪を引っかけた状態をキープし、ネコじゃらしを自分のほうへ引っ張る。



すごい力だ……!



フンッ!




 最後のひと押しで、猫オタの手からつるんとスティックが抜けた。



 ――勝ったな!



 絶好の機会を逃さず、おれは猫オタからネコじゃらしを強引に奪い取る。



すご~い!


勝負あり、ニャウ!





 子どもたちから飛び交う歓声。



 父として、とても誇らしい気分だ。



 勢いづいたおれは、ネコじゃらしの先端を口にくわえた。



 狩りのときのような本気モードでアゴにグッと力を込める。




 ブチッ!



アアァァァッ――!?




 ネコじゃらしは、敗れた。



 おれの力の前に、はかなくも散った。



 スティックと穂先、バラバラになった2つのパーツが足元に転がる。



なんという力だ……!

人間だって、ネコじゃらしを引きちぎるのは苦労するのに……!



フハハハハハ!

我が力、恐れ入ったか!




 猫オタは、おれが足元に落としたネコじゃらしの穂先を指でつまんだ。



 それを拾い上げ、まじまじと見つめながら荒い鼻息をつく。



さ、さすが神猫様!

もし神猫様が巨大化したら、俺なんて秒で(ほうむ)られますね……!




 秒でホウム……?



 何を言っているか、サッパリわからんが、



こうしておまえと遊ぶのも悪くなかったぞ。

よいストレス発散になった!




 そうやって「ニャン」と返事をしてやると、猫オタはまたしても感涙した。



あぁあぁぁぁぁあぁ~~~!


身体からオキシトシンが溢れ出るぅ~~~っっっ!




 そこへオーハラが2階に上がってやって来た。



あらあら、オモチャを壊しちゃうくらい遊んだのね。

ケガの具合に影響はないかしら?



神猫様は強靭なので、差し当たって問題はなさそうですが



ふふ、そうかもね


けれど油断はできないから、後日病院へ連れていってあげなきゃ



ですね



病院……?


いま、不穏な単語を耳にした気がしたが



え、そうなの?


ごめんなさい。

ウトウトしていたから聞き逃してしまったわ



いや、いいんだ。

連日睡眠不足で疲れているのだろう


眠れそうなら、ゆっくりするといい



ええ……




 再び丸くなるイザベラのそばに行き、おれはその場にしゃがみ込む。



 その頭上から人間たちのやり取りが聞こえてきた。



それにしてもこの猫さんたち、井伏(いぶせ)くんになついているようね


もしよかったら、しばらくこのコたちの面倒を見る?



見ます! 見ます!

ぜひ、そうさせてくださいっ!



あら、いいお返事。

それじゃ、ボランティア名簿に登録しておくわね~



あの、できれば他の犬猫様たちも、お世話させていただけると嬉しいのですが



他の犬猫さんたちも?



はい!



だけど、あなた大学生なのよね?

学校は平気なの?



授業とバイトがありますが、問題ありません!


時間を止めてでもフリータイムを作って、ここに来られるようにします!



あら、そう~。

時間を止めるのね?



はい!

息の根を止めたら、死んでしまいますので!



なるほどねぇ。

たしかにそのとおりだわ~


ところでうちはボランティアだから、バイト代とかそういうのはねぇ……



あ~、ですよねぇ



なにせ自腹を切ることもしょっちゅうだし、寄付金や物資を支援してもらっても、(ふところ)が潤うのとは違うから……


だから金銭的なことは期待に応えてあげられないかもしれないけど、それでもいいかしら?



はい、結構です。

俺は無償のボランティアとして活動したいですから!


こうしてお猫様方に会えるだけで、お金以上の幸福を頂戴していますので!



井伏くんは、とことん猫が好きなのねぇ



大好きです! 

いつか猫と一緒に暮らしたいって、心の底から思ってます!



ところが、なかなかうまくいかなくて……



まぁ、そうよね。井伏君は一人暮らしだものね。

条件に合わないって突き返されるのも無理ないわ



ですが猫と触れ合うことすらも許さず、いきなり門前払いするのはどうかと



もちろん残念な気持ちはわかるわ


けれどわたしたちボランティアにも、動物の命を守るっていう、とても大事な責任があるからね~


もし条件に満たない人に譲渡してトラブルにでもなったら、一番辛い目に遭うのは犬や猫たちだもの


不幸な動物を減らすために活動しているからこそ、判断をおろそかにはできないのよ



そうですよね……。

おっしゃることは、もっともだと思います



せめて相手が適合者か否か、バーコードでピッと読み取れるくらい簡単に済めば苦労はないんだけれどねぇ



バーコードかぁ……

そういえば昔流行ったバーコードバトラーも、悪意ある大人たちによって汚されたんだよなぁ



あらら、そうなのね~。

どこの界隈にも悪い人がいて困ってしまうわねぇ




 猫オタとオーハラは世知辛い世の中を嘆くかのように、しみじみと語り合っているようだが……。



ふたりとも一体なんの話をしているのだろう?



よくわかんない


わかっても嬉しくなさそう、ニャウ




 そうしてしばらくのあいだ人間たちの話を聞き流すことしかできないおれたちだったが……



 ふと壁の向こう側に気配を感じた。



 それは人間では察知不可能な、猫にしか聴き取ることのできないレベルの音だった。



この付近から、猫の息遣いが聴こえる――




 ふっとそちらへ視線を移してみれば、



……




 ドアの隙間から、少年猫・大地(だいち)がじっとおれのほうを見つめていた。
























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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