第78話 訪問者

文字数 3,164文字





 突然オーハラ家に見知らぬ人間たちがやって来た。



 客とやらをオーハラとトラヒコが玄関先で出迎える。



こんにちは~、初めまして


犬猫ボランティアの『マジカル・ニャワンダ』を運営しております、大原(しおり)と申します



その補佐をしている、大原トラヒコです



町議会議員の聖政人(ひじりまさと)です



妻のミエ子です



……息子っす




 一瞬妙な間が空くが、オーハラはすらすらと挨拶を述べる。



本日はようこそお越しくださいました



そうかしこまらなくていいですよ。

プライベートですから



そうですか。

では、こちらへ




 オーハラとトラヒコは、3人の客をリビングへ通す。



 その足元にはアカリ(ばあ)とヒカリ(じい)がいるが、客たちはあまり関心がないらしく目もくれない。



なんか興味なさそー


ウニャウ。

どーでもよさそう、ニャウ



アンタら、あの訪問者の様子を見るために部屋から出てきたん?




 家族みんなで階段に佇んでいたら、ファーマが話しかけてきた。



そうだが、あの者達はなんなのだ?



例の里親候補者やと思うわ



里親候補者って、ツートンの?



せや。

今日来る予定やって、言うてへんかったか



ツートンに里親候補者が現れた、というところまでしか知らされてなかったぞ



さよか。

トシのせいか、伝え忘れてもうたわ


ともかく、今回のはハズレや。

あんなん盗み見する価値もないで



ハズレ?

どういうことだ?



先日オーハラさんが、電話口で「里親」やら「ツートン」やら何度も言うてたんや


それで電話の相手は里親候補者やってピンときた。

もう何年も似たようなやり取り見てきてるからな


そのときのオーハラさんの声の感じで、電話の相手が当たりかハズレかなんとなくわかんねん


なぁ、アカリ婆とヒカリ爺も、せやろ?




 玄関からリビングへ移動中だったアカリ婆とヒカリ爺は、ファーマに話しかけられて立ち止まる。



そうじゃなぁ


ハズレのときは、しゃべり方が慎重になるのぅ



そんなことまでわかるのか



まあな♪



しかし、なぜそのような者達を迎え入れたのだ?

あまり好ましい人物でないのなら、断ればよいではないか



ん~、そうやけど……、

ボランティアをやってる以上、シカトするわけにいかへんからやろ


ホンマはオーハラさんやトラヒコさんかて、応対したくなかったんとちゃうん?



応対したくない……。

そういうものか




 おれは改めてリビングのほうに視線を向けた。



 人間たちは大きな卓の左右に向かい合って腰を下ろしている。



あの3人、えらいキツイ香水のニオイがプンプンするで



この変なニオイ、香水っていうんだ


臭いけど、メデアが使った後のトイレよりはマシなニオイ、ニャウ



ちょっ――!?


フザけたこと言うと、ひっぱたくよっ!



メデア、イソルダ!

こんなところで姉弟(きょうだい)ゲンカしないの!



せやで~。

荒ぶったらアカンよ~




 ファーマは(たしな)めるイザベラの隣に立って、立ちこめる臭気を払うようにシッポを振る。



ちょっと臭うくらいならしゃーないけど、猫に興味あってそれなりの基礎知識つけてたら、あんだけプンプン臭うレベルはあり得へん



たしかに異様だな。

そんな者達が、なぜツートンを?



わからんなぁ。

猫好き、はたまた犬好きってわけでもなさそうやし



あ、奥のキッチンからツートンが出てきたわ




 ツートンだけでなく、みつきも食い気に釣られてヤツの後をついて行ったからその部屋の中にいる。



 ただし人間を警戒しているので、部屋の敷居をまたごうとはせず、じっとその場に(たたず)み成り行きを(うかが)っている状態だ。



このコがツートンですよ



……



あら、写真よりも実物はもっとキレイね。

わたし好みの上品な顔だわ


あなたはどう?



いいんじゃないか。

色が黒と白なのは、見た目にもハッキリしていていい



あなたは?



……




 息子は話しかけられても顔を上げずにいる。



 問いに答えず、視線も合わせず、スマホとやらに夢中のようだ。



 なんとなく気まずい空気が漂いはじめるが、オーハラ夫妻は慣れているのか、動じた様子もなく猫に話しかける。



ツートン。

おとなしくしていて良いコね~



(ひじり)さんたちは、君のことが気に入ったみたいだよ



……




 彼はかすかにつぶやいた。



 人の耳には感知できなくても、猫の耳は相手がなんと言っているのか一言一句逃さず聞き取れてしまうのだ。



あっそ。

ボクは興味ないんだけど


そんなことより早く焼きカツオちょうだいよ。

このへんひどく香水臭いけど、好物がここにあるって、ちゃんとニオイでわかるんだから



澄ました顔をしていたが、結局中身はゴマ団子のままのようだな



そうみたいね




 オーハラはゴマ団子の体に手を触れながら、いたわるように語りかけた。



このコは前もってお話ししたとおり、色々と事情のある猫ですから、私たちも人一倍気にかけているんですよ



事情というのは、トライアルの件ですか?



はい



その猫、トライアルに2度も失敗したんですよね?



ええ……。

うちでは基本的にトライアルは受けつけていないので、こんなことは滅多にないんです


トライアルを〝気軽に犬猫を返却できる期間〟くらいにしか思っていない人もいますから


ですので、一度こちらへ帰された犬猫に限り、トライアルを実施しているんですよ



それにしても、何度も失敗するなんて珍しいですわねぇ



なにぶんひと癖あるコですからね~。

ゴハンの好みなんかもコロコロ変わりますし



まぁ、それはお手伝いさんに適当に出してもらえば



適当に!?



もちろん好みに合わせたものを、ってことですよ



そうでしたか。

でしたら問題はないと思います


じつは他にも、その日の気分によってトイレの砂が気に入らなかったりすることもあって、好みに合わないと掻き出してしまうこともあるんですよ



あら、砂まで?



ええ。ちゃんと容器の中ではするんですけどね。

砂の上ではしないから、少しトイレのニオイはキツくなるかもしれません



臭いのは嫌だわ



うちには犬が一匹いるが、そんな振る舞いはしたことがない。

というか、ぴしゃりと叱れば治るのでは?



だといいんですが、なかなかうまくいきませんね~



ましてや頭ごなしに叱りつけたところで、猫に(うと)まれるだけですよ



ふむ、そうですか。

まぁ犬猫専用の部屋は完備してあるし、さしたる問題にはならんでしょう



犬猫専用の部屋があるんですね。

それはなによりです



まぁ、ある程度の妥協は仕方がないわね、保護猫なんだし(・・・・・・・)



え?



だって要するに保護猫って、大半が野良猫ってことでしょう?



ええ、まぁ



本心を言えば、できれば野良猫なんて家に入れたくないんです


野良猫は汚いし、頭は悪くないのかもしれないけれど、反抗的で言うことを聞かなさそうだし


ですけど、いまは保護猫ブームでしょう? 

世の流れには逆らえませんからねぇ



……



……



あら嫌だわ、私ったら言いすぎたかしら?



まぁ人の意見はそれぞれですよね。

猫の良さを知るまでは、偏見を持ってらっしゃる方もいますし



ホホホホホ!

あくまで私の勝手なイメージですよ。ここの猫が汚いとは言ってませんからね?



ええ……



あ、それより、これをどうぞ。

ほんの心ばかりの御品ですけど




 中年女性はオーハラに紙袋を渡した。



あら、猫のおやつがいっぱい!


焼きカツオも入ってるわ。

これ、ツートンの好物なんです



焼きカツオ!?




 ツートンは紙袋に片手を伸ばし、強引に奪おうとする。



あらあら、ツートンったらすっかり興奮しちゃって



拙者(せっしゃ)も食べたいでござる~~~っ!




 それまで慎重だったみつきが、焼きカツオと聞くや否やオーハラのもとへ突進した。



あら、みつきも。

それじゃ、さっそくあげるわね




 オーハラは焼きカツオを袋から出して二つに割る。



 それを器にのせて足元に置くと――



ニャッハー!


ヒャッハー!




 怒涛の勢いで食いつくツートンとみつき。



はあぁぁぁああぁぁあああ!

こっ、これは――っっっ!








……おれも食いたいぞ




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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