第76話 告白 前編

文字数 2,339文字




 自由のないケージ生活。



 朝でも昼でも夜でも、おれのまわりは壁だらけだ。



 何もやることがないので寝て時間を潰すが……



スゥスゥ……



はぁ……


退屈だ……




 そんな軟禁状態が幾日か続き、気怠さをおぼえていたある日のことだった。




 ガチャリ。




 ドアがひらくと、見慣れた顔が隙間から出てきた。



ごめんね。神猫様。

長いあいだ閉じ込めちゃって




 オーハラは部屋に入ってケージのそばにしゃがみ込むと、金具に手をかけ施錠を外す。



とうとうここから出してもらえるのか!?



もう出ていいわ。

だけど、暴れたりしないでね。約束よ



約束?

よくわからんが、もうここに長々と閉じ込められるのはごめんだぞ




 扉をグイと押しやり、外へ一歩踏み出す。



 ついでに前後に手足を広げてグゥ~ッと伸びをする。



フゥ~!

ようやく外に出られた~!



窮屈だったわよね。

運動したいだろうと思って、オモチャを持ってきたの。

よかったら、これで遊んで




 オーハラが手に持っているのは、トンボに似たオモチャだった。

 振るとカシャカシャと音が鳴る。



 棒の先端についている羽根飾りの無造作な動き、さらにそこから発するカシャカシャ(おん)が猫の狩猟本能を刺激する。



 オーハラは、それをおれの頭上で何度も振って誘いをかけてきた。



つい手を出さずにはいられなくなるではないか!

覚悟しろっ!




 相手の動きはすでに見切っている。



 空気さえも切り裂くような一撃が羽根飾りを捕らえる。



 間髪置かずに噛みつき、喰らいついたまま引っ張ると――





 ブチッ!



あっ……!?




 あっという間に、オモチャは壊れた。



 羽根飾りは棒から引きちぎられておれの口に収まると、グシャリと噛み潰されて形を失う。



えええ~~~っ! 

またぁ~~~っ!?



ん?

もう少し加減するべきだったか……?



グラスに続き、ハンモック、それにオモチャ……。

神猫様の破壊リストが次々に埋まっていくわね


はぁ~……




 オーハラはおれが口にくわえたオモチャを回収すると、溜息まじりに部屋を出ていった。







 それからほどなくすると、イザベラと子どもたちが入ってきた。




ケージから出してもらえたのね!

よかったわ!



お父さんだけ閉じ込めるなんてヒドイよ。

ツートンは他の部屋で悠々と過ごしてるのに


格差、ニャウ!



ここでは先住猫が優先される仕組みなのだ。

扱いに差がでるのは、やむを得ないことなのだろう




 冷静に言ってはいるが、冤罪という事情が絡んでいるだけに、内心腹立たしくもある。



 そこへ、みつきも交ざってきた。



親分様!

お元気そうでなによりでございまする!



おまえも元気そうだな




 いつも同じ部屋で過ごしている家族と違って、みつきと顔を合わせるのは数日ぶりだ。



ここへはどうやって来たのだ?



じつは拙者も今日、ケージから解放され申した



風邪が治ったからか?



さようでございます




 みつきの顔は活き活きとして、声も涼やかだ。



これでようやく拙者も他の部屋を自由に出歩けるようになり申した



よかったな



いえ、それが……




 にわかにみつきの表情が曇る。



 日射しを遮るどんよりした雲のように、顔にほの暗い影が漂いはじめる。



いろいろと問題がございまして……



問題?

どういうことだ?



拙者がこの家の中を物珍しく探険していると、あの変猫が絡んでくるのでございまする



あぁ、そういうことか


アイツめ、湿気みたいにうっとうしいヤツだな




 元はといえば、おれがケージに閉じ込められたのもツートンのせいだ。



 正確に言うならツートンの中の別キャラの仕業の可能性が高いが、とにかくいまはヤツの名を聞くだけで、不快感がこみ上げてくる。




 視界に入るのも目障りな存在だが――



 そんなおれの気持ちなどお構いナシにヤツは現れた。



やあ、みつき!



うげぇっ! 

ツートン……ッ!




 ツートンが現れギョッとするみつき。



 ツートンは何食わぬ顔で部屋の入り口に立つと、親しげにみつきに話しかける。



なんでそんな嫌そうな顔するの?

オレの顔に何かついてる? 


これでもグルーミングは徹底してるんだけどなー



貴様! 

よくもぬけぬけとこの場に来れたなっ!



え~なんでいきなりキレてるの?

情緒不安定すぎない?



おまえが言うなっ!




 ツッコミを入れつつも、おれは冷静に相手を観察する。



 おもてに漂う雰囲気からいって、どうやらこのツートンは以前に遭遇した『ワル』ではなさそうだ。



貴様は……誰だ?



誰って、オレはツートン・ゼロだよ


前にも自己紹介したけど、もう忘れちゃった?



いや、憶えている。

なるほど、ゼロだったか



それより、話があって来たんだ


ねぇ、みつき。

ちょっとオレと一緒に来てくれないかな?



気が乗らぬでござる



そんなこと言わないで一緒に来てよ~。

大事な話があるんだ



話なら、ここですればよいのでは?



ここで?



いかにも



あ~そういうことか




 ツートンの顔に、あざとさを感じさせる笑みが浮かぶ。



みつきは、まわりのヤツらに聞いてほしいんだね?



は? なにをでござるか?



なにって、オレの気持ちだよ。

オレに好かれてるってことを、まわりにアピールしたいんだろ?



言いがかりも(はなは)だしいっ!

そんなのは願い下げでござるよ!



ハハハ! 

アレが嫌だと言ってみたり、コレが嫌だと言ってみたり、乙女ゴコロは移り気だなー


でもオレは(ふところ)が広いから、そんなみつきのワガママも受け入れてあげるよ



い、いや……結構でござる


というか、さっきから言っていることがひどく一方的でござるよ



そうかな~?

でも、仮にそうだとしても仕方ないよね


好きって気持ちに相手が答えてくれないから、一方的になっちゃうんだし



え……



じゃあ、言わせたがりなみつきのために、オレの気持ちを思いきって白状しちゃうね?


みつき、オレと付き合ってくれないかな?








はぁぁぁぁああぁぁぁぁあああ!?





 みつきは大絶叫し、アゴが外れて落ちるくらいに驚愕した。























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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