第22話 敵対する心

文字数 2,489文字




 ウゥゥゥゥゥと唸り、突然現れた人間の女へ怒りの咆哮を放つ。



イザベラを返せーっ!



あらあら、ケガしてるわりに元気ねぇ




 相手はおれを軽くあしらって、こちらを凝視しすぎない程度に見つめてきた。



あなたたち、公園の猫さんたちよね。

こんなところで会うなんて、ビックリだわ




 微笑みを交えて、中年女性は温和な口調で言った。



 しかし子どもたちも相手がイザベラを連れ去った人間だと気づいて、すでに威嚇モードに入っている。



フゥゥゥゥ~~~ッ!


ウナァァァ~~~ッ!




 一方猫オタは……



お猫様方のことを知っているってことは――!?




 やって来た人間に対し、思いがけない出来事と言わんばかりに声を張りあげる。



もしかして、マジカル・ニャワンダのボランティアさん!?



初めまして。

犬猫の保護ボランティアをしている大原(おおはら)です



あー、そうそう、オオハラさんでした!


すみません。

俺、名前を覚えるのは苦手で……



0型で大雑把で、ちょっと大柄な、オ~がいっぱいの大原って覚えてください



なるほど、なるほど! 


俺は、井伏潤一郎(いぶせじゅんいちろう)っていいます


猫好き文豪の井伏鱒二と、同じく猫好き文豪の谷崎潤一郎を掛け合わせたような名前なんですけど、案外周りからツッコまれることはありません



あらあら、そうなのね~。

じゃあその文豪さんたちの名前から、猫好きDNAを受け継いでいるのかしらね~



ハハー! 

そうかもしれませんねぇ~



何を笑っているのだ、猫オタめ!



ところで、その猫さんたちはどうしたのかしら?

今朝はまだあの公園にいたはずだけど



やはり拉致(らち)したのかっ!



いやいや、違いますよ。俺がここまでお連れしたんです


お猫様方はご家族のひとりいなくなったことに、大変ストレスを感じていたようなので



あらら、それは申し訳ないことをしちゃったわねぇ


家族を引き裂くつもりはなかったんだけれど、離れ離れになった当事者からしてみればそう思うのも無理はないわ




 中年女性は申し訳なさそうな表情をおれたちに向けてくる。



 その顔に跳びつく勢いでおれは牙を()く。



イザベラはどこだ!?


隠し立てすると、容赦はしないぞ!




 ジロリ町のボスとやり合ったときのように腹の底から唸り声を発し、もはや人間との交戦も辞さない覚悟で強行姿勢をとった。



お、お母さんを連れ去って(いじ)めてたら、こっ、この爪で八つ裂きにしてやるんだからっ!


て、天誅、ニャウ!




 恐怖心を内側に隠して、精一杯の虚勢を張る子どもたち。



 その内面を見透かしたように、相手は(なだ)めるような口調で言う。



無理しなくても大丈夫よ~。

怒ると、疲れちゃうからね~


心配しなくても、あの妊婦さんなら無事でいるからね~




 その発言の中に聞き覚えのある単語を耳にし、おれのヒゲがピクピク動く。



『妊婦』、『無事』……。

いまそう言っていた気がしたが



うん、言ってた



つまり、イザベラの身に問題はないということか?



お母さん……無事、ニャウ?



断言はできんがな。

おれの読みが間違ってなければ、イザベラは息災なはずだ



お母さんに会いたいよぅ……


ウニャ……




 母猫が恋しくなった子どもたちは、興奮状態から冷めたようだ。



 逆立っていた毛はボリュームダウンして、好戦的なトゲトゲしさが瞬く間に失われる。



そうだな。

おれも一刻も早くイザベラの顔を見たい


この人間が出てきた家を探索すれば、イザベラと再会することも不可能ではないはずだ!




 思い立ち、自転車の前カゴから跳び下りる。



 するとさっそく猫オタが反応を示した。



嗚呼……! 

なんという軽やかさ! 


これぞ万物の頂点を極めたような、秀麗なフォルムをいかんなく発揮した美しき跳躍!


まさに、神!



……



って、ジャンプ姿に見とれている場合じゃなかった~~~っ!


ああああああ~! 

神猫様ぁぁぁぁぁ~!


俺を置いて行かないでください~~~~~っっっ!




 猫オタは地面に降り立ったおれを捕まえようと、手を伸ばしてくる。



騒ぐな!

イザベラに会いに行くのだ!




 その手をよけると、猫オタは傍らにいるお巡りに訴えた。



こんなときこそお巡りさんの出番じゃないですか~。

お猫様方を保護くださいよ~!



えっ?

いや~、自分猫アレルギーなんで、触るのはちょっと……



あらあら、猫アレルギーじゃ大変ねぇ



ええ、ですから捕獲は難しいです。

それでは!




 男はうろたえた様子で背を向けると、小走りで傾斜を駆けていく。



 そそくさと坂の上に停車している車に乗り込んだ。



雑な対応だなー……。

いまどきゲームの門番でも、もっと気の利いたこと言うぞ




 去っていくお巡りを遠い目で見送りながら、猫オタがぼやいた。



メデア、イソルダ!

いまのうちに、早くおれのもとへ来るんだ!



ニャ!


ニャウ!




 子どもたちはきちんと指示に従ってくれた。



 道路の隅を小走りで駆けつつ、おれのそばに寄ってくる。



あっ!

お待ちください、お猫様方ぁ~~~っ!




 猫オタは自転車をその場に置き捨て、距離を縮めようとした。



愚かなっ。

俊敏な猫にかなうはずもないではないか!




 おれを先頭に、追いかけっこのはじまりだ。



 子どもたちも一緒に親子で足並みをそろえて高速移動すると、人間たちとの距離がみるみるひらいていく。



あああっ、マズい!

このままじゃ、お猫様方を見失ってしまう……!



うふふ、こんなこともあろうかとコレを持ってきたわ




 中年女性は、得意げな様子で腰まわりの前掛けからスティック状の小袋を取り出した。



あっ!

それは――!?



猫寄せアイテム、ニャオ☆チュールよ!



ニャオ☆チュールだと!?




 猫ならば聞き逃すことのできないキーワードを耳にして、思わず足が止まる。



あれって、すごくおいしいんじゃ……!?


魔性の食べ物、ニャウ……!




 食欲に火をつけられ、視線を逸らせない。



 両足はすっかり魔性の糸に絡められてしまったように動かなかった……。













人間アイコンは公式さんの素材で統一したかったのですが、

庶民的な趣を感じさせる中高年のオバちゃんが見当たらなかったため自作素材を使用することにしました


フリー素材が多いのは大変良いことだと思いますが、中高年の男性に比べて年齢層の高い女性のアイコンが少ないような……
















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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