第72話 紅の葛藤 後編
文字数 1,676文字
みなぎる怒り、怒り、怒り。
燃えあがる感情、震える体、全身の毛が怒りの炎につつまれて燃えてしまいそうだ。
我を忘れ、床板にギギギッと爪を立てたそのとき――
ふと、心の内からイザベラの言葉が蘇る。
次いで子どもたちの姿も浮かびあがってくる。
最後にイザベラの顔が、おれの大好きな微笑みへと変わった。
家族のことが浮かんでくると、怒りの炎はおのずと鎮火していった。
燃えカスがゆっくり水に沈んでいくように、少しずつ安定した気持ちが戻ってくる。
たしかにツートンの言うことは不快だ。
けれども全否定することはできない。
事実、おれはイザベラに負担をかけている。
それはまぎれもないことなのだ。
そう考えだした矢先、ツートンの発言が再び頭によぎった。
…………………………。
おれの血を引く子は、いま妊娠中のイザベラのおなかの中で
きっと彼女のことだから、元気な赤ちゃんを産んでくれるだろう。
子どもを作る目的は、それで充分に果たされたといっていい。
子作りに励み、その後再びイザベラが妊娠したとする。
彼女は、せっせとその子どもを産む。
そして、また妊娠。出産……。
また妊娠。出産。
妊娠。出産。妊娠。出産。妊娠。出産……
つまり欲求のままに子づくりをする行為は、相手を逃げ道ゼロの出産地獄へ追いやってしまうというわけか!
それもそのはず。おれの本能は、いつだって一方通行でこう訴えていた。
子どもが欲しい。
できることならたくさん欲しい――と。
幼少の頃の切なる願い、それはとにかく強くなることだった。
力が強くなれば、獲物をうまく狩れるようになるし、他のオス猫にも負けない。
おれの生存率は飛躍的に上昇する。
それもすべては適者生存のためだ。ひいては子孫繁栄に直結する。
しかし当時は本能のままに動いていただけで、確たる目的があったわけではない。
だが、家族ができた。
愛しい妻。
かわいい子どもたち。
おれに安らぎを与えてくれる、かけがえのない存在――
愛する者達を守りたい。
だからおれは、より良い縄張りを求めて戦いを選んだ。
にもかかわらずおれは、生涯共に添い遂げると誓った相手に、延々と負担をかけるのか?
負担をかけ続ける行為に、疑問を感じないのか?
おれはそばにあったダンボールの角に爪を立てた。それから体をグッと伸ばす。
まずはリラックスしておこう。
そして天袋の
すると――
いつの間にかイザベラがおれの様子を見に来ていたようだ。
おれの決意を聞いた彼女は驚いて跳び上がる。
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