第102話 心温まるメッセージ

文字数 3,809文字





 急遽(きゅうきょ)、宅配で送られてきた謎の箱……。



箱の中身は、キャットフードに違いない!




 さりげなく玄関との距離を縮めながら、おれは人々の話に耳を傾ける。



あら、これは助かるわね~!




 オーハラはダンボール箱に片手を入れ、袋を一つ取り出す。



何が入ってたの?



キャットフードよ


アミと大地の里親の向田(むこうだ)さんが、キャットフードを購入して、送ってきてくださったのよ



へぇ、太っ腹だね~!



たまにこういう親切な人がいるおかげで助かるのよね~



やはりニオイの元はキャットフードだったか




 自分の嗅覚が確かだったことに満足し、フッと軽めに息をつく。



 視線の先ではオーハラ、桃寧(もね)、猫オタの三人が、一つのダンボール箱を囲んで楽しげに言葉を交わしている。



ねぇねぇ、箱の中にメッセージカードも入ってるよ



何が書かれてるんですかね?



「先日はアミと大地を譲渡していただき、ありがとうございました」


「つきましては、アミと大地の様子を録画したビデオメッセージを送信いたしましたので、ご都合のよろしいときにでもご覧ください」だって



あら~、もうアミと大地の近況報告を送ってくださるなんて、うれしいわ~!


さっそくビデオメッセージを観ちゃおうかしら♪



おかあさん、ご機嫌だね



育てたコたちのその後はいつも気にしているからね~。

だから近況報告が来ると、ついウキウキしちゃうのよ



その気持ち、すごくわかりますっ!


俺もボランティアに関わるようになって、ここを巣立っていったお猫様たちのことをずっと気にかけていましたから!



ふふっ、やっぱりそう感じるわよね


それじゃ、さっそくみんなでビデオメッセージを観ましょうか



うん、そうしよ~♪



やったっっっ!



神猫様たちも一緒に観る?

アミと大地のその後の様子がみられるわよ




 おれが答えるより先に、近くに来ていたファーマがキレのいい声で返事をした。



めっちゃ観る観る~!

早う、みせてーな!



何を観るのだ?


会話に、アミと大地の名が出てきた気がしたが、聞き間違いか?



いや、ゆうとったよ。

ふたりのこと、映像で観られるらしいで



おお!

姿を確認できるのか!



あたしも観たい~!


ぼくも~!




 メデアとイソルダが小走りでおれのもとに寄ってきた。



ハハハ、おまえたちも来たか。

では一緒にアミと大地の姿を観よう!



ニャー♪


ニャーウ♪



わしらも行くか


そうじゃな




 人も犬猫もウキウキしながらリビングへ移動し、テレビ画面の前に座りこむ。



 オーハラがリモコンを操作するうちに、アミと大地の姿がパッと画面に映し出された。







あら~!

アミ~♪ 大地~♪



ちょっと大きくなってる~!



立ち姿が堂々としてきましたね!




 さっそくはしゃいだ声をあげるオーハラたち。



 犬猫のおれたちは、騒ぎ立てずにじっくりと画面に見入っている。



まだふたりがいなくなってひと月もしないのに、すごく久しぶりな感じがするぞ



せやなぁ




 アミと大地は、見知らぬ家の中で猫じゃらしを相手に遊びはじめた。



 とても熱中した様子で、無理やりつき合わされてる感はまるでない。



毛艶もいいし、表情も活き活きしているわね



元気そうでよかったぁ



うおおおおおおおおっ! 

感激っす!




 ほどなくして、映像の場面が切り替わる。



 すると――



ニャア……ニャア……


ニャア……。

ニャアニャア……




 唐突にふたりは鳴きだした。



 それぞれ棚板の上に佇みながら 大声にならない程度の声を発している。



あら。

アミと大地、画面に向かって鳴いているわ


以前はあんなに鳴くコじゃなかったんだけれど



でもシッポがピーンとして、機嫌はよさそうだよ



まさかおふたりとも、おしゃべり猫になったのではっ!?



ちゃうちゃう。ちゃうで?




 ファーマは人間のように首ではなくシッポを振って、猫オタの発言を否定する。



人間にはわからへんやろうけど、アタシたちにはわかるんや


ふたりの言うてること、一言逃さずぜぇ~んぶな!



そうドヤるな。

同じ猫なのだから、言葉がわかるのは当たり前ではないか



せやけど、まぁちょっとくらい優越に(ひた)ったってええやん



ファーマ!

黙って、ニャウ!


そうだよ。

アミと大地が語りかけてくれてるんだからっ!



にゃっは! 

そない怒らんでも――



シィー!


うるさくされると、聞き取れる言葉もわからなくなってしまうじゃろ



ハイ。すんまへん……

ひさしぶりにアミと大地の顔見たら、テンション高うなってもうて



ほら、ファーマ。

大地がしゃべっているぞ




 おれたちは全員、画面の向こう側にいる少年少女に注目した。



マジカル・ニャワンダのみんな、元気カナ?

ボクは見てのとおり元気ダヨ


あの頃は里親さんのところに行くのが嫌だったけど、おかげでいまはだいぶ慣れたヨ



あたしたち、すごく大事にしてもらってるわ


最初は環境の違いに戸惑ったけれど、飼い主さんたちはいろいろ気にかけてくれるし、遊びにもつき合ってくれるから快適よ


あたしや大地がちょっと高く跳びはねただけで、すごく喜んでくれるの



いっぱい遊んでくれるから、張りきって動きすぎちゃうくらいダヨ



そうやって誰かに喜んでもらえるって、幸せなことよね



飼い主さんたちは、ボクたちが話しかけるとすごくうれしそうにしてくれるんダ



それにあたしたちと一緒にいると、刺激的で若返るっていってたわ


あたしは太っちゃいそうだけど



おいしいものをイッパイ食べさせてもらってるからネ



フフ、マジカル・ニャワンダにいた頃よりも贅沢させてもらってるかもね




 ふたりは穏やかな顔にほのかな笑みを浮かべる。



アミと大地は、現状に満足しているようだな



そうみたいだね。よかった


ぼくも贅沢させてほしい、ニャウ



充分イイ思いしているだろう。

ワガママを言うな!



フニャウ




 ふいに大地がおれの名を呼んだ。



Mr(ミスター)(くれない)




 画面の中の大地とピタリと目が合う。



 目の前に大地がいるような気がして、懐かしいような寂しいような、複雑な感情がこみ上げてくる。



ボクはいま、キミの言った〝自分の良さ〟ってものに少しずつ気づけているヨ


あの人たちが時間をかけて、ボクに教えてくれたんダ



それはなによりだな



ここに来てから、最初は不安で鳴いてばかりだったけれど、飼い主さんたちは怒らないで優しく接してくれた


だから勇気を出して、自分から飼い主さんのところへ寄ってみたんだ


そしたら、すごく喜んでもらえたんダヨ



ふふっ、飼い主はさぞうれしかったことだろう



ボクは昔から、寂しがり屋の反面、甘えん坊なところがあった


頭を撫でてもらうのが好きで、オーハラさんやトラヒコさんにも触ってって、よくねだったものサ


そんなボクの甘えん坊なところが、飼い主さんたちには好ましいっていうか、たまらなくうれしいみたいなんダ


これって、外の厳しい世界で生きていくには役に立たないものだよね。

だけど、飼い主さんたちには喜んでもらえる



ああ、そのとおりだ。

良いことに気づいたな



ボクたち猫は、ほんの少しの触れ合いでも人を喜ばすことがデキル――


それに気づいたら、甘えん坊な性格も自分の長所だと思えるようになってきたんダ


ふとしたときに、また人間に裏切られないかなって心配になることもあるけれど……


ボクは、紅の言ってくれた言葉を信じて頑張るよ


〝考え方を変えれば、未来は明るくなる〟ってネ!



大地……



いつかまたMr.紅と話がしたいな。

もっと大きくなって、キミと一緒に駆け回りたいヨ


キミの拳を受け止められるくらい、強くなりたい



大地はまだあたしの拳を受けるのも精一杯だからね



フフ。

悔しいけど、そのとおりダネ



ファーマ、アカリ婆、ヒカリ爺、ツートン。

紅ファミリーのみんな……


あたしたち、ちゃんと幸せに暮らしてるから。

だから、心配しないで



アミ……



マジカル・ニャワンダのみんな……


みんなと別れるのはとても辛かった。

寂しくて八つ当たりもいっぱいした……


あのときのボクは、身勝手だったネ。

たくさん迷惑かけて、ゴメンナサイ……



気にするな



せや。

反省できるようになっただけで偉いことや



ボクは改めて、みんなに感謝してるんダ。

オーハラさんや、トラヒコさんにもネ


みんなとのつながりがあったから、ボクはいまこうして幸福な生活を送れている。

すごく……すごくありがたいヨ


ありがとう。

お礼を言うのは照れくさいけど、でも、本当に救われた……


ボクはみんなのこと、忘れないカラ……



どうかみんなも、幸せになってネ!



あたしからも、ありがとう……!


みんなが幸せになれるよう、心から願っているわ……!




おれも願っている


おまえたちが、末永く幸せに暮らせることを――




 ふいにアミと大地が消えて、画面は真っ暗になった。



 ふたりの姿を記録した映像が終わってしまったようだ。



アミも大地も、少しのあいだに見違えたなぁ。

精神的に成長したっちゅうか



良い方向に向かってくれてなによりだ




 もしもふたりが悪いほうへ向かっていたら、これほど胸が温かな気持ちにつつまれることなどなかっただろう。



アミと大地が幸せそうでよかったぁ!



これからも幸せに暮らしてほしいですねっ!



ホントそうね!

里親さんにも感謝だわ!




 オーハラは両手を握って胸に当て、祈りを捧げる。



これからもずっと、あのコたちが幸せでありますように――




 おれも祈るように、まぶたを閉じる。



アミ――


大地――




 ふたりの姿は画面から消えてしまったが、おれにはあのコたちが幸せそうにしている場面がごく自然に思い描けた。



 それは花のように短い期間ではなく、根を張った大樹のように、遠い未来まで続いていくように感じられた。



























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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