第30話 孤独な少年

文字数 2,694文字





パパさん、帰ってきたわね



せやな~。

出迎えに行こか



ボクはここに残るヨ



残る? どうして?



気が乗らないから



……



……



……?




 微妙な空気が漂う。



 理由はわからんが、メス猫たちは少年猫に何か思うところがあるようだ。



ほな、ウチらで行ってくる



すぐ戻るから



……




 少年猫は無言で廊下へ出ていくふたりを見送った。



 年齢はメデアとイソルダと同じくらいだろうか。



 体格はこの少年猫のほうがずっと小さい。



 幼く小柄な猫は顔をこちらに向け、おれの真向かいに立った。



ひと足先に自己紹介しておくヨ


ボクの名は、大地(だいち)



ダイチ?



全身が見事なアースカラーだから、それにちなんで名づけられたんダ



へぇ~


ふぅ~ん



素敵な名前よね



ああ




 イザベラはやわらかく微笑み、おれに同意を促す。



 彼女が話を盛り上げるようなことを言うのは、この少年を気遣う気持ちがあるからだろう。



 なぜそうしているのかはわからんが……。



大地よ。知っていると思うが、おれはねこねこファイアー組のボスだった


名を(くれない)という



ウン。

大体のことは、そこにいるイザベラさんから聞いているヨ




 臆した素振りもなく、堂々と答える。



 ケージ越しとはいえ、元ボス猫を相手に怖気づいた様子もないのは立派なことだ。



 もしかするとそれは、あのツートンという猫の言っていたように、〝先住猫のほうが立場は上〟という自尊心によるものなのかもしれない。



あたしは、メデア


ぼくは、イソルダ



キミたちとは年が近いみたいダ。

ヨロシク



よろろ~


よにゃう



こらっ! 

ちゃんと挨拶なさいっ!




 母猫のお叱りを受けて、子猫たちはシュンとしながら挨拶しなおす。



よろしく……


よろしく、ニャウ




 それを目にした少年猫・大地は、やや不満そうな面持ちのままアゴをクイッと上げた。



 上から見下ろすように子どもたちを睨みつけて言う。



ここではボクのほうが先輩なんだからネ!

礼儀を欠いた振る舞いは、ヤメテくれないと――



ふぅ……



と言いたいところだが、ヤメテおこう


どうせボクは、もうじき……




 言いかけて、途端にガクリとうつむく。



 たちまち妙な沈黙が出来上がる。



ハァ……








訳アリの気配が濃厚だな……




 しかしそれについておれがたずねる前に、彼は顔を上げて話題を転じた。



ところで、Mr.(ミスター)紅。

組のボスというくらいだから、キミは相当ケンカが強いんだろうネ?



百戦すれば百勝した。

負けたのは、生涯一度きりだ



なるほど。武勇伝は尽きないワケか。

けど、血統ではどうカナ?



血統だと?



ああ、そうダ。

猫の良し悪しは、血統で決まるといっても過言じゃない


ちなみにボクの祖父は、かの有名な〝アビシニアン〟なんダヨ



アビ……?


シニアン?



なんだソレは? 

まったく聞いたこともないが、有名なのか?



もちろん有名よ。

アビシニアンは比較的珍しい洋猫なの



洋猫?

あ~、だからしゃべり方に独特のクセがあるのか




 なぜか洋風の血を受け継ぐ者は、言い回しが妙だったりする。



 おれの知る猫も、長年野良生活を送るわりに語調はオカシなままだった。



 おれたち猫には違和感でしかないが、人間には鳴き方が変わっている程度にしか思われないのだろう。



し、失礼ダナ! 

アビシニアンを知らないなんて……っ!




 大地はあからさまに気分を害したようだ。



 近くにあった木の柱に憤懣(ふんまん)をこすりつけるかのように爪研ぎをはじめる。



ニャッハ!

血統アピール、めっちゃスベってるやん!



だから張り合わないほうがいいって言ったのに




 早々(はやばや)と部屋に戻ってきたメス猫たちが左右からツッコミを浴びせた。



 ふたりとも呆れ口調ではあるが、心底嫌がっている(ふし)はない。



 大地は爪を研ぐ手を止め、屈辱を(にじ)ませた顔を彼女たちへ向けた。



だって、まさかアビシニアンの名前が通用しないなんて……、

そんなの反則にも等しいじゃないカ!


人間ですら、アビシニアンの名前を出せばコロッと落ちるのに……!




 大地はプイッと顔を背け、足早に走り出す。



 止める間もなく、部屋から出ていってしまった。



ありゃ~、すっかりご立腹やん


まぁまだ子どもやから、気ぃ悪くせんといて



わかっている



血統なんてこだわるほどやないんやけど、孤独なあのコにとってはそれだけが誇りやねん



孤独、か……


親兄弟と生き別れにでもなったのか?



生き別れゆうか、人間の勝手な都合で捨てられたんよ



そうか……。

身勝手な話だな



大地は「あんな家、自分から出ていってやった」って言い張ってるけどな。

もとは飼い猫で、親元で暮らしてたみたいやわ


大地がいまより幼い頃に、引き取り手が見つかったらしいんやけど……


その人間が「やっぱりメス猫がいい」って言い張って、急遽キャンセルになってもうたんや



キャンセルだと!?



せや。元々大地の飼い主やった人間は、保護ボランティアしとるわけでもなんでもなく、ただ産まれて増えた子どもを人に渡しとっただけやった


まぁ、飼育の面倒から逃れるためでもあったんやろな。

それだけならかめへんけど、手元に残った大地の世話をするんも面倒になったらしくてな


結局あのコは、ひと気のない公園に置いていかれたそうや



身勝手なっ!



ひどい……!


理不尽、ニャウ!



まだ小さいのにね……。

あのコはきっと寂しいんだと思うわ


だからわたしたちが気を遣ってあげる必要があると思うの



なるほど。

イザベラが気遣っていたのは、そういう理由からだったのか



ええ、あまりにも不憫でね……



大地はいま気持ちが乱れとるけど、根はエエ子や。

嫌厭(けんえん)せんと仲良うしたってや



あたしからもお願いします。

ちょっと気難しいコだけれど、よかったら仲良くしてあげて



うん、わかった


了解、ニャウ



子どもたちが同意しているのに、親のおれが拒否するわけにはいかんな



といっても、大地にはみんなと長く交流できるような時間はないけれどね



どういうことだ?




 質問を投げかけてみたが、彼女は微笑を含んだ顔を向けるばかりで答えない。



その話は長くなるから、また今度


それより自己紹介が止まったままだから、もし続けるならファーマ姉さん、先どうぞ



アタシ?

ん~そうやな~、何から言えばええんやろ




 首をひねって考え出す相手を見て、サビ柄の猫は優雅に微笑む。



ふふ、ファーマ姉さんは物怖(ものお)じしないし、顔もかわいいし、フサフサのロングコートもキレイでしょ?


これで病気を抱えてるなんて、信じられないと思わない?



病気……?



えっ……?



聞き間違い、ニャウ?



ううん、そうじゃないわ。

彼女は通称・猫エイズと呼ばれる病気にかかっているの


もう何年も、ずーっとね



何年も、ずっとだと……!?




 それは思考がプツリと途絶えるような、思いがけない衝撃だった。

















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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