第71話 紅の葛藤 前編

文字数 1,272文字





 部屋を出ていた子どもたちが急ぎ足でおれのもとに戻ってきた。



お父さーん!


お父さーん!



メデア、イソルダ



ツートンの様子が変だったけど、何があったの?


アイツ、すれ違ったとき、

「焼きカツオ」って連呼してた、ニャウ



ツートンは、シャドーから別のキャラに切り替わったのだ


名はゴマ団子といって、焼きカツオが好きらしい



なんや、ゴマ団子て。

テキトーな名前やな



同感だが、伏せ字にしたくなるような名前をつける飼い主よりマシだろう



チン〇とか、マン〇とかな。

反社会的なネーミングなんかも、結構エグイで



う~ん……。

ペットの名前は、できるだけ問題のない範囲で選んでほしいわね……



それより、ファーマよ。

ツートンがこれまでにゴマ団子やマメ大福などと名乗ったことはなかったか?



ん~、言われてみればあったかもしれへんけど……


ツートンがしょーもない冗談言うてると思っとったから、真に受けへんかったなぁ



では、アミだけがそれを冗談と聞き流さず、ツートンの秘密に気づくに至った、というわけか



そうだと思うで。

アタシはめっちゃ聞き流してもうたから


普通、そいつのキャラが変やからって、多重猫格とは思わへんもん



やむを得んことだ。

気づかずとも無理はない



あっ、ところで例の嫌がらせの一件は片づいたんか?



おそらくな。

断言はできんが……




 おれはまだツートンを理解しきれていない。

 だがシャドーから聞いて、ある程度は事情を把握したつもりだ。



 ヤツの根幹にはドス黒い感情が根のようにはびこっていて、それが心の別キャラにまで波及しているという。



 感情のねじれは深刻に響く。



 恥エピソードを晒したくらいで、本当に収まるのだろうか?



 話の効果でツートンを中心とする多重キャラたちが一時的に悦に浸れたとしても、それが継続するか疑問が残る……。



あのツートンが満足するような話ってなんやろなぁ~


気になるなぁ~。

一体どんなネタ打ち明けたんや?



あたしも気になる~


ぼくも気になる~



おまえたちは知らなくていい話だ



そう言われると、もっと知りたくなる~


おせーておせーて、ニャウ



ダッ……ダメに決まっているだろう!




 おれはピシャリと言い放ち、さっさと部屋を出た。



 足早に2階へ上がると、和室から天袋に跳び乗る。



 天袋は大地のお気に入りだった場所だ。



 それがいまでは、おれのお気に入りの場所となりつつある。



薄暗い場所は、好きだ


まぶしすぎる場所は疲れるが、適度な闇は心に落ち着きをもたらしてくれる……




 ひとり薄暗い空間に籠っていると、頭にこびりついていた出来事がいちいち掘り起こさずとも浮かんできた。



 おれはツートンの言葉を、冷静に振り返ってみることにした。



――そっちなんて、去勢してない欲望まみれのオス猫のくせに!


――欲求を制御しきれず、妻に負担をかけどおしなんでしょ?



……


ぐぬぬっ……!



アアアアアアッ!

ゆるせん~~~っっっ!




 おれも所詮はただの猫。



 どんなに抑制しようとも、コントロールしがたい感情がドバーッと溢れて、次々に怒りが沸きあがってくる。



 あまりにも怒りが高ぶりすぎて、激しい興奮の坩堝(るつぼ)の中へ落ちてしまいそうだった。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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