第27話 見知らぬ猫たちに見つめられながら②

文字数 2,237文字





 ――人との暮らしは窮屈だ。




 ――永遠に狭い場所へ押しこめられる。





 過去にそう聞いたことがある。



 真偽のほどはわからない。なぜならねこねこファイアー組は生粋(きっすい)の野良猫の参加しか認めなかったから、知れる話はたかが知れていたからだ。



 だからこうして人との暮らしを体験している者にたずねるしかないのだが……



どうなのだ、パンフーよ。

人間の家に行くと、二度と外に出られなくなるのか?



断言はできないけど、たぶんそんなことはないと思うよ



本当か?



うん。

しばらくは外を出歩けなくなるかもしれないけれどね


すべては、キミ次第さ



おれ次第……?



オーハラさんは話のわかる人だから、キミの意思を尊重してくれるはず



つまり、おれが人間との共存を拒めば、外の世界に戻れるということか?



おそらくはね。

だけど、それについてはよく考えたほうがいいと思う


時間はあるし、すぐに決断を下さなくていいんだ


まずは奥さんに会って、家族みんなで話し合ってから決めるのはどうかな



なるほど。

すぐに決断を下さなくていい、か




 そう言われると、心の負担が軽くなった。



 なにせ外の世界しか知らない者にとっては、内の世界の事情はややこしく感じられる。



 人間絡みのことや猫の扱いなど、ここで意を決するには何かと不明確なことが多すぎるのだ。


 

イザベラ。

異論はあるか?



わたしは、もちろんみんなと共にいたいけれど……


あなたたちの自由を奪ってしまうくらいなら、諦めるわ……



案ずるな。

おまえと共にいられない不自由さのほうが、おれにとっては耐えがたい


子どもたちもおれと同じ気持ちだと思うぞ



(くれない)様……


わたしは幸せね。

こんなに想ってくれる相手がいて



……


……




 外野の視線が突き刺さる中、おれは子どもたちにも意見を聞いてみた。



メデア。イソルダ。

おまえたちは、この家に入ることに抵抗があるか?



ちょっと不安だけど……でもやっぱりみんな一緒がいいなぁ


同感、ニャウ



わかった。

では、行こう!



さぁ、みんなおいで~



お猫様方~~~~! 

入り口のほうへ、おいでくださいませ~~~~~っ!




 家主のオーハラに続き、猫オタも庭先へやって来て、おれたちに手招きしてくる。



……


……




 室内猫からの容赦ない視線を浴びながら、縁側を下り、建物の入り口へと移動していく。



 それを見た猫オタは、



うおおおおおおおっ!

お猫様方が俺の呼びかけに答えてくださったぁぁぁぁぁっ!




 まるで一生の願いでもかなったのかというくらいのオーバーリアクションで吼えた。



まったく、うるさいヤツだ


おれが近づくと、おまえはいつもやかましいな




 そうツッコミはしたが、この男に対しての警戒心はだいぶ薄れている。



 おれたち家族に危害を加える素振りはないし、初見から世話になっているからだ。



 とはいえ自分から近寄る気にはなれないので、じろりと冷めた目を向けつつ、ある程度の距離は保ったまま猫オタの横を通過した。



うはぁっ!

塩対応でもかわいいです!




 中年女性のほうは、引き続きパンフーの飼い主と会話している。



よかったら、幸田(こうだ)さんも寄って行かれます?


ワンコは夫が散歩中だからいませんけど、ニャンコは見れますよ



せっかくですけど、これからパートに行かなきゃいけないので。

すみませんけど失礼します



あらあら、そうですか~。

では、また今度にでも



ええ、ぜひ


ほら、パン。

帰るわよ



はーい



それでは、後日うちの子どもたちも連れて遊びに行きますね~



ぜひぜひ~!

またね~、パンくん!




 中年女性はフェンスの向こう側にいる柴犬へ手を振った。



またね、オーハラさん!




 見事なコミュニケーションというべきか、まるで人間と心が通じ合っているかのようなやり取りだ。



それじゃ、僕は行かなくちゃならないから



ああ



紅くんと話せてよかったよ


また会えるといいな




 パンフーは挨拶を済ませると、シッポを振りながら飼い主と共に歩き去っていった。



いつか、ヤツに感謝する日が来るのだろうか……




 かすかにつぶやきながら入り口へ行くと、オーハラがさりげなくドアの隙間を広げた。


 

 おれは子どもたちが後ろにいることを確認し、前足で敷居をまたぐ。



無理やり捕まえなくても、家の中に入ってくれるなんてすごいなぁ~!



ホントね~!

度胸があるわ~!




 細かいことはわからんが、人間たちは物怖じしないおれの挙動に感心しているようだ。


 

 それだけでなく、言動や態度の端々から歓迎されていると感じることができる。



 ところが――



うっ……!




 強烈なニオイに鼻を刺激され、つい足が止まってしまった。



 そばにいる子どもたちもうろたえて、上げた前足を宙に浮かせたままでいる。



コレ、オシッコのニオイだよね……?


ツーンてする、ニャウ……!




 ニオイのもとをたどって視線を動かしていくと――



 やがて玄関に敷かれた布の敷物にたどりついた。



敷物に、猫の尿がひっかけられているぞ……!



オシッコを!?

なんでそんなことを!?



……わからん




 息を殺しながらおれは前足をそろそろと動かして、水気を帯びた敷物へ鼻を近づけた。




 若いオス猫のニオイがする……。




 すると、廊下の奥から、



「チッ」と不快げな舌打ちが聞こえてきた。



 ハッとしてそちらに顔を向けると――




……!




 無機質に輝く視線とぶつかった。



 玄関付近に設置された柵から、ひとりの猫がこちらを睨みつけている。



オマエたちにこの家を汚されるくらいなら、先に汚してやる!



汚されるだと!?




 なんということだ……!




 相手の猫は露骨なまでに敵意をさらし、威嚇とも取れる言動を放ってきた。

















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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