第131話 エンプティネスト・シンドローム④
文字数 2,872文字
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一夜が明けた。
起床し、食事を摂って、毛づくろいの後、軽い運動をする。
いつものルーティンをこなしながらも、心がざわついて仕方がない。
家族や他の猫たちも、身の置き所を失ったようにソワソワしている。
一方オーハラは、朝早くから支度をしていた。
子どもたちを里親のもとに連れていくための準備だ。
遠目ながら玄関に二つのキャリーバッグが置かれているのが見える。
玄関から、子どもたちを呼ぶオーハラの声がした。
とうとう別れの時が来てしまった。
口には出さないようにしているが、気持ちは憂鬱だ……。
納得したつもりでも、感情が波立たずにはいられない。
ああ……
時間を巻き戻せたら、どんなにいいだろう……!
か細い声でイザベラが話しかける。
いままで気丈に振る舞っていたイザベラだったが、さすがにその顔は物悲しさにつつまれている。
子どもたちを産んでからずっと一緒だったのだから、別れが
メデアとイソルダが玄関に行くと、オーハラは脱走防止柵に手をかけた。
おれはリビングからダッと駆け出し、脱走防止柵へ跳びこむ。
境界が閉じられる寸前で、柵と壁のあいだに割りこんだ。
身を
脱走防止柵の内側へイザベラが入っていくと、おれはそのあとに続いて玄関へ歩み寄った。
話が通じたのかわからないが、後ろで柵が閉められる。
その外側にファーマやみつきたちも集まってきた。だがおれたちに気を遣っているのか、おとなしく佇んでいる。
おれはイザベラと共に子どもたちのもとへ近づいた。
子どもたちと顔を寄せ合い、舌で毛を撫でて気分を落ち着かせる。
愛しい者達に触れているうちに、おれの心は穏やかさを取り戻してきた。
差し迫ったような表情の子どもたち。
その心の重荷がなくなるよう、おれはできるだけ柔らかい表情を意識して答える。
ようやくメデアとイソルダの顔に笑みが戻る。
いつもと変わらぬ笑顔なはずなのに、やけに尊く見えるのはなぜだろう……?
毎日見られた笑顔が、遠くに行ってしまうからだろうか。
この時間が、永遠に心に刻みつけられる瞬間だからだろうか。
おれは居ても立ってもいられず、子どもたちに体を寄せて頬ずりをした。
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やわらかな毛に顔を当て、深く息を吸いこむ。
穏やかな日射しのように、やさしくてふわっとする香り……。
そのニオイを忘れたくはなかった。
これっきり二度と会えなくなるわけではない。
そう心に言い聞かせても、胸が絞めつけられるように苦しくなる。
どんなにあがいても、家族全員でいた日々は戻らないのだ。
――さよなら、愛しい子どもたち。
まだ教えたいこと、語りたいことがたくさんある気がしてならないが、みんなで過ごせる時間はこれでおしまいだ。
それから先の記憶はボンヤリしている。
オーハラは、子どもたちをキャリーバッグに入れようとしたけれど、手こずってばかりだった。
彼女の瞳は涙で一杯になっていて、あまり前が見えていないようだった。
おれはしばらくイザベラと身を寄せ合ったまま、一心に子どもたちの幸福な未来を願っていた。
その情景を思い描くと、悲しみに滲んでしまいそうな視界に、ふっと明るい光が差すような気がした。
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