第69話 紅の悩み

文字数 2,095文字





 おれを(ねた)むツートンの感情を緩和させるため――



 ファーマの提案を受け入れ、自分のダメなところを打ち明けることになった。



 自分のダメなところ……それはおれの悩みでもある。



 あまり聞かせたい話じゃないが、覚悟を決めて打ち明けることにしたものの――



……?


……?




 こんなとき、純朴な子どものまなざしは、針のようにチクリと罪悪感を刺す。



(くれない)、なにをためらっている?



いや……



用がないのなら、オレは消えるぞ



待て。

ファーマの言うように、おれが悩みを語ることでおまえたちの(ねた)みが薄れるのなら、そうするつもりだ


だが、そんなことが本当に効果をもたらすのか? 



フッ、優越(ゆうえつ)は心の渇きを(うるお)


オマエの語る内容がどの程度のものか知らないが、オレを満たすような話なら、他の者達にも伝えてやろう



そんなことができるのか?



シャドーであるオレから、心の中にいるツートンや、他の者達へ語りかけることは不可能ではない


むろんその者達が受け入れるかは保証できないが、おそらく自分たちに好都合な話なら耳を傾けるだろう


話の内容次第で、それぞれが胸にいだく妬みの感情は緩和するに違いない



わかった。

では、包み隠さず話そう



しかし、親分様!

成功の保証がどこにもない話に乗るのは、いささか危険ではありませぬか?



いや――

可能性があるなら、それに賭けるしかない




 そう言っておれは入り口付近にいるファーマに指示する。



ファーマよ、すまんが子どもたちを連れて別室へ下がってくれないか



別室に行くんか。

まぁ、エエけど



え~、一緒にいたらダメなの?


フニャ~……。

ぼくらが邪魔、ニャウ?



そうではないが、これはオトナ向けの話なのだ


おまえたちが聞いても意味がわからんだろうし、面白味もないはず



ニャッハ!

ほんなら、ぜひあとで聞かせてや~


ほなな~



……




 ファーマが子どもたちを連れて退室していくところを見送っているうちに、なんとも言えない緊張感が胸いっぱいに込み上げてきた。



……では、いまからおれの悩みについて打ち明けようと思う


じつは、これは昨晩もあったことなのだが――



えっ!? 

アレを話すの!?



ああ。

おれの悩みを語る以上、話さないわけにはいかないだろう



だけど……ちょっと恥ずかしいわ



イザベラは何も悪くはない。

落ち度があるとしたら、おれだけだ


おまえは何も恥じる必要はない



で……、

その悩みとは、どのようなものなのだ?



それは、その……、

夜の営みについてだ



ほぅ?



ちなみにこれは数あるうちのほんの一例にすぎないのだが……


深夜、みつきの猫部屋訪問を終え、イザベラと共に部屋に戻ったときのことだった




スヤスヤァ~


スヤスヤァ~




 子どもたちはぐっすりと眠っていた。



 それを見て、正直おれはチャンスだと思った。



よし、子どもたちは寝静まっているようだ。

さっそく始めよう




 ――始めるとは、言うまでもなく男女のアレのことだ。



だけど、いろいろあってあなたも疲れたでしょう。

今夜はもう寝ましょう



それはそうだが……


イザベラ。

やはり寝る前に、触れ合おう!



え? ええ……


そうしたいのはやまやまだけど、ちょっとねぇ



ん?

ちょっと、なんなのだ?



妊娠してから、あまり意欲がわかなくて……



昨日もそう言っていたじゃないか



このところ寝不足気味で疲れているし、前より食事量も減って体力も落ちているのよ


できればいまはゆっくり寝て、出産に備えたいわ



むろん、無理をさせてすまないと思っている


だがおれにとって、夫婦の(いとな)みは切っても切れないものなのだ



もちろん、わかるけれど……、

せめて子どもが産まれるまで待ってちょうだい



いや、待てない!

いますぐ交わろうっ!



ちょっ――!?




 おれは衝動に突き動かされるままイザベラに跳びつく。







 カプッ!




 気づけば自分の気持ちとは裏腹に、イザベラの首根に牙をあてがっていた。




いっ、痛い……っ!



ハッ! すまん!

おれとしたことが、情欲に流されて、つい……




 すぐに口を離したが、イザベラは身をよじって気怠(けだる)そうに横たわる。



っもう……。

いきなり襲ってくるから、ビックリしたわ



またやってしまった!


おれは、なんと愚かなことを……!



……いいのよ。

わたしのほうこそ、毎日我慢させてばかりでごめんなさい




 イザベラが申し訳なさそうに目を伏せる。



 彼女の悲しげな表情を見ると、胸が苦しくなってくる……。



すまない……イザベラ!



もういいのよ。

一緒に休みましょ



ああ




 夫婦、身を寄せ合って眠りにつく。




 ――こんなことではイザベラに負担もかかるし、おなかの子にもよくない。




 おれの欲求が収まらんばかりに、イザベラに負担をかけてしまっている。



 だが、本能に(あらが)い続けるのも難しい……。




そうして欲求と、妻への愛との板挟みにより悩みは深まるものの、身体は(うず)くばかり


結局、連日同じようなことばかり繰り返している、というわけなのだ



へぇ、それは意外だった


義理に厚い元ボス猫が、そのような()にもつかない悩みを抱えていたとは……





 シャドーは、これまでにない喜びをあらわすかのように、顔を歪めて笑う。






 ニタァと薄気味悪く、意地悪そうに――。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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