第15話 悲しい思い出 前編

文字数 1,204文字




 しとしと降る雨が草木にかかって、雫がポタリとおれの背に落ちてくる。



 雨のおかげで公園にひと気はないから気持ちの上では楽だが、体が冷えるせいで傷が痛んで仕方がない。



 大きな木を雨よけにして家族みんなで丸まっていると、メデアがイザベラに疑問を投げかけた。



ねぇ、お母さん。

人間はあたしたちを捕まえてどうするつもりなの?



ハッキリとは言えないけれど、きっとよくないことをするつもりなのよ



よくないことって?

噂じゃ、保護してくれる人間もいるって聞いたけど?



噂をアテにはできないわ



そうだけど……、

実際のところどーなの?


お母さんはあたしたちより人間のことに詳しいでしょ?

昔アパートで暮らしたことがあるって言ってたし



アパートにいたのは、ほんの短いあいだの話よ


それに……好きでそこにいたわけじゃないから……



エ……それ、どーゆうこと?



……



メデア。

あまりイザベラを困らせるな



別に困らせてるつもりはないんだけど



イザベラは人間恐怖症なのだ


そのような状態に陥るほど過去に(つら)い体験をしているのだろうから、興味本位でアレコレたずねるのはよくないぞ



トラウマ、ニャウ



心配かけてごめんなさい


こんな状況だし、かつてわたしの身に起こったことを話しておくべきだったわ



話して平気なのか?

辛いなら、無理をしなくていいのだぞ



いいの、大丈夫よ




 イザベラは立ち上がると、遠くを見定めるように両眼を据えた。



 視線の先には、園内に設置された捕獲器がある。



過去に何があったの?



昔、お母さんがまだ子猫だった頃の話よ


母猫とはぐれて各地を転々としていたわたしは、ある公園にたどり着いたの



公園って、砂場とかすべり台があるところだよね?



ええ。その公園にはたくさんの猫がいて、みんな知らない相手ばかりだった


だけど、迷い子だったわたしを公園の猫たちは温かく迎え入れてくれたのよ








それなのに――


わたしが、多くの猫たち(ともだち)を……死に追いやってしまったの



えっ……!?



死に追いやったとは、どういうことだ……!?



発端は、公園に一人の人間が現れたことから始まるわ


その人間が、猫の食べるゴハンの中に毒が混ぜるようになったからよ



毒だと!?



ええ……



ある日、公園にご飯を持ってくる人間が現れたの。

年齢は中年くらいの男だった


ゴハンをくれる人間はそれなりにいたけれど、彼のようにたくさんの食べ物を持ってくる人は稀だったわ


みんなは彼のことを〝エサの人〟と名づけた


エサの人は、はじめは優しかった。

けれど裏の顔は邪悪そのものだった……


彼は別の人間が持ってきたゴハンにコッソリ毒を混ぜていたの



別の人間が持ってきたゴハンに毒を!?



ええ。

他の人間の食事に対する信頼性を失わせるためよ


次第に公園の猫たちは、エサの人以外から与えられる食事を警戒するようになった


そうやって油断させたところで、彼は自分が持参したゴハンにも毒を仕込むようになったのよ



外道め……!



――ええ、そう。

外道よ!


人間は、ひどいわ……!






















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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