第53話 堕落した猫たち

文字数 2,383文字





 猫の目から見ても夕陽とわかる光がマタタビの森に注いでいる。



 森へ入って、ニオイを頼りにしばらく進むと、野良猫たちに出くわした。




あぁ~?

だれだ、おまえ


オレたちゃ今、集会中なんだよ


邪魔するつもりか~?



ふむ……。

ここにいるのは4匹か




 その4匹のうち3匹が、倒木の上にだらしのない格好で寝そべっている。



 落ち葉だらけの地面を踏みつつ、おれが接近していくと――



 彼らはやや背を伸ばし、前足をサッと出して警戒の姿勢をとった。



 ところが。



あ~? やんのか~?


でけぇ猫だな~


シラフで会ったら縮みあがっちまうぜぇ




 彼らはすっかり脳が溶けているかのようなトロンとした表情で、緊張感のカケラもないように見える。



 猫たちの足元には、残骸と化したマタタビが散らばっていた。



 それもかなりの量だ。おそらく頻繁にマタタビを摂取しているのだろう。 



 そのオス猫たちから少し離れたところに、メス猫がいる。



 唯一、知っている顔だった。



あら~?

誰かと思ったら、ボスじゃない~



久しぶりだな、ヤミミンよ



おひさしぶり~♪




 ヤミミンはひとり切り株の上に、だら~んとおなかを広げて寝転んでいた。



 マタタビで酔っているにせよ、ボス猫に接するにあるまじき振る舞い。

 完全に舐め腐った態度だ。



 しかし、もう組は解散し上下関係も消滅しているので、やむなきこと……そう割り切って黙殺する。



ボス~?


ボス猫って、負けた組のヤツか~?


なんでここにいるんだぁ~?

物乞いかぁ~?



ふざけたことを言っていると、叩きのめすぞ!



……ふぇぇぇ……!


そ、そう怒るなって……!


ぼっ、暴力反対にゃぞ~……!




 一喝しただけで、すぐ怖気(おじけ)づく。



 マタタビでヘロヘロになっているとはいえ、情けないヤツらだ。



ヤミミンよ、この者達は何者なのだ?



ソレは、あたしの5番目と6番目の彼氏~。

あとはオマケ~



オマケ?



そう、オマケ~。

使い走りも兼ねてる彼氏候補、みたいな~



へへへ、オマケ野郎だにゃーん








……愚かな




 ……たとえ何があろうと、こうはなりたくないものだ。



 オス猫(オトコ)(さが)にやるせなさを感じつつ、話題を転じる。



ところでおまえたちは、ここで暮らしているのだろう?

こうして森に籠って、マタタビばかり摂取しているのか?



そうだけど~、悪い~?



悪いというかなんというか、

てっきりおまえはトウとリャクと行動を共にしているものかと思ったぞ



は? 

行くわけないでしょ


あんなバレバレの嘘情報に引っかかるなんて、アイツらもバカだわ~


ここでマタタビを吸ってるほうがいいに決まってるのに~



しかし、マタタビの過剰摂取は体によくない


なぁ、おれと共にここを出て、人の住む家へ行く気はないか?

ここよりずっと良い環境だから、健全な生活が送れるぞ



人の住む家?


アハッ、バカバカしい!



バカバカしい、だと?



あたしたちはこの自由な暮らしが気に入ってるの。

人間に従うなんて、考えただけで虫唾が走る!


ってか、ありえない~! 

あ~~~、ゲロ吐きそうだわ~~~!



よかれと思って言っているのに、断固拒否というわけか



そーよぉ。

ボスだって、まえは人間と距離を置いてたじゃない


それなのに人間と一緒に暮らすだなんて……、

ジロリ組に負けて頭がイカレたんじゃないの?



……ッ




 さすがに胸糞が悪くなってきた。



 衝動の波に押されてキレそうになるが、それでは目的を失ってしまう。



 ひとまず微笑むイザベラの顔を思い浮かべて気を静める。



ふぅ……




 ひと息ついてから説得を試みた。



おまえが考えているほど、人間も悪いものではないぞ。

思いやりはあるし、こちらの都合に合わせてくれもする


むろん人間にもよるが、おれたちのような野良猫の面倒を進んでみてくれる者達がいることも確かなのだ



いちいち説教とか、クッサ!


どうせ人間なんて、健康管理とかいって、好き放題マタタビかじらせてくれないんでしょ



ウワ、そりゃひでぇ


なにが管理だ~! 

食いたいモンを自由に食わせろ~!


やりたい放題やらせろ~!




 やかましく騒ぐ野良猫たち。



だまれっ!

堕落した猫どもめ!



……!


……!


……!




 怒りをもって威嚇すると、ニャーニャー不満を垂れていた野良猫どもは火に水を注がれたように静まった。



おまえらは野良猫の風上にも置けぬ、いかがわしいヤツらだ!


おまえらなんぞより、人との暮らしに適応している飼い猫のほうがよっぽどしっかりしているぞ!




 あからさまに耳を伏せ、石のように固まっているオス猫たちを一瞥(いちべつ)し、ヤミミンは強気に反論する。



バカ言わないでよっ。

あたしたちも人間に飼い慣らされろって言いたいの?


猫だからって、みんなが人間になびくと思ったら大間違い! 

たとえエサをもらったからって、心まで許すわけじゃないんだからね!




 心まで許すわけじゃない――。



 おれも以前はそう思っていた。



 けれど、いまは少しずつ人に対する考え方が変わっている。




 ヤミミンはきっぱりと言い放つと、切り株からサッと下りた。



 不満げにシッポを揺らしながら、こんもり葉っぱの詰まった茂みのほうへ行ってしまう。



待て! ヤミミン!

考え直す気はないのか!?



ないわ。

あたしが求めるのは飼い主じゃなく、自由だもの


そーゆう猫もいると思って、諦めて!



おう。

ヤミミンの言うとおりだぜ~


オレたちゃ野良生活が一番なんだ~




 野良猫たちも次々に地面へ下り、ヤミミンを追っていく。



お、おい!

もうここには来るんじゃねぇぞ




 精一杯の虚勢を張ってオマケ野郎は捨て台詞をはくと、足早に去っていった。



……はぁ……。

無駄足だったか……




 失敗することなど考えていなかっただけに、虚無感につつまれる。



 だが、こんなところで立ち尽くしていても何にもならない。



もう脱走してからだいぶ時間が経っているな。

早く帰って、イザベラや子どもたちを安心させよう




 おれはその場を離れるため、落ち葉だらけの地面を歩みながら来た道を戻っていった。
























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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