第84話 一生の思い出となる出来事

文字数 2,254文字





 ダダダダダッ!




 ダダダダダダダダダッ!




 いくつもの肉球がリズミカルに床を跳ねる。



 先頭はファーマ。

 その後ろに、おれ、メデア、イソルダ、みつき、イザベラと続く。







ハァーッ!



フッ!



ニャー! 


ニャーウ! 



ニンニン!



フェェーイ!




 ファーマの運動不足解消のため、急遽走り込みを始めることにした。



 みんなで階段を駆け上がって2階の各部屋を走り回ると、次は1階へ下りて廊下をひたすらダッシュする。



あら、さっそく遊んでくれてるのね~!

とっても助かるわぁ~




 廊下を横切る際におれたちを見て、オーハラは満足げだ。



 言葉はわからずとも、ファーマが運動していることに喜びを得ているのは伝わってくる。



ハァハァ


アカン……。

さすがにきついわ




 先頭のファーマの足がついに止まってしまった。



 彼女は走るのをやめると、即座に床の上にうずくまる。



まだ走り込みの途中だぞ。

多少きつくても続けないと、効き目がないではないか



もう無理やって~!

昨日の夜も今朝もめっちゃ走って、足パンパンや!



先輩、根性ですよ!



いやいや、根性とかいう問題やないって。

このトシでダッシュはキツイねん。筋肉痛になってまうわ



筋肉痛? にゃにソレ?


筋肉痛なんてなったことない~、ニャウ



若さ自慢かっ



おまえたちも、しゃべってばかりいないで動け!


床がすり減るくらい走って走って、走りまくるのだ!



ニャッハ! 

鬼やな



鬼ではない! 時に厳しくするのが指導者の役目なのだ!

さぁ、走れっ!



ニャー!


ニャーウ!



ニンニン!



フェェーイ!



いやいやいや、アタシはもう無理やで?




 やむを得ずファーマをその場に置き、おれたちは家じゅうを駆け回った。



 最終的にリビングに行きつき、休憩に入る。



フゥ……、

たくさん走ったわね



イザベラは妊娠中なのだし、無理をしなくてもよかったのだぞ?



いいのよ。たまにはおもいきり走りたいと思っていたから。

おかげで気分爽快だわ


いっぱい走ったら、さすがにおなかがすいてきちゃったわね



ほぅ! それはなによりだ



お母さんがおなか減ったっていうこと自体、珍しいもんね


今日はゴハンいっぱい食べられそう、ニャウ?



ふふ、そうね。

あなたたちほどじゃないけど





 おれたちはこのあと食事を()った。



 その後も充足した時間を過ごし、やがて夜になった。



 夜も()けて自室に戻り、家族そろって寝ていると……



ウウ~ン



ムッ……?




 異様な気配を感じ、ハッと目を開ける。



 近頃みつきの夜鳴きは静まっているから、切羽詰まった猫の鳴き声が聞こえること自体が異常なのだ。



 苦しげな声の主は、イザベラだった。



どうした!? イザベラ



き……気分が悪いわ……


おなかが……痛い……!



腹痛だと?




 そばに横たわるイザベラの状態をチェックする。



 呼吸が早く、やや体温が低い。



まさか、食あたりか!?


とはいえ、おれも同じドライフードを食べたが、体に問題などなかったぞ……



違うの……、

そうじゃないのよ……



違う……?



これはおそらく陣痛だわ


こ、子どもが……産まれるの



なっ――


なにぃぃぃいいい!?








それは一大事ではないかっ!




 たしかにイザベラのおなかは、はち切れそうなほどに膨らんでいた。



 この中にいったいどのくらいの子猫が入っているのだろう?



 日々想像をめぐらすだけで、豊かな気持ちになったものだ。




 それが、ついに――



 ついに出てくるのか――……!




イザベラよ、陣痛に間違いないのだな?



ええ、おなかの中にいる赤ちゃんがね、早く外に出たいって下りてくるの


この感覚は、メデアとイソルダを出産したときと同じ。

出産前の兆候だわ



わかった。おまえがそういうのなら間違いない


ところで、イザベラ。

おれは、その……何をしたらいい?



いますぐに産まれるわけじゃないから、そんなに気を揉まなくても大丈夫よ


出産も二度目となれば慣れたものだしね




 イザベラはおれに心配をかけまいとするように優しく微笑んでくれる。



 励まさなくてはならないのは、おれのほうだというのに……。



でも……、

わたしの取り柄は健康な体だけど、不測の事態が避けられないときもあるわ


もしわたしの身に何かあったら……、

メデアとイソルダをお願いね



よせ! 

不吉なことを言わないでくれ



そうだけど……、

一応言っておかないと、何が起こるかわからないから



おれの命に代えても、おまえの身に何も起こさせはしない!


だから安心して、おれたちの子を産んでくれ



大丈夫よ、あなた。

元気な赤ちゃんを産んでみせるから




 イザベラはおれの前足にそっと手を触れた。



 おれは身を屈め、彼女の頬に口を当てる。



それとね、もう一つ伝えておきたいことがあるの



うん?



わたしはまだ人という存在を信用しきれていないところがある。

けれど……


この家の人達は、充分信用に値する人たちだと思うの。

だからきっと、この出産にも協力してくれるんじゃないかしら?



そうだな。

おまえの考えに間違いはないだろう



あなたもそう思うなら、あの人たちを頼って



わかった



それじゃわたしは、できるだけ誰の目にもつかないよう、あの箱の中に潜んでいるわね




 イザベラは起き上がって、部屋の隅に置かれたダンボール箱のほうへ歩み出す。



待ってくれ!


できればおれも……そばにいたい



でもまだみんな寝ているし、あなたもゆっくり寝てていいのよ?



子を産むおまえを手伝いたいんだ


これはきっと、おれたちにとって一生の思い出となる出来事だろうから……



あなた……


そばにいてくれるのがあなたでよかった……



おれのほうこそ、おまえがいてくれてよかった……




 しばらく見つめ合って、彼女のまなざしに愛を感じると、おれは箱のほうへと移動した。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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