第123話 おまえは一体何者だ?

文字数 3,293文字





 『マジカル・ニャワンダ』に現れた最後の里親候補者。



 その姿は、なんと――!



はじめまして~。

よろしくお願いします



なっ、なんだこの男はっ!?


頭に毛が一本もないではないか!?



テカテカしてる~ 


ボールみたい、ニャウ




 珍しいものを見て、面白がるメデアとイソルダ。



 おれは後ろを向き、事情通のファーマに問いかける。



おい、ファーマよ。

人間社会は、髪の毛の色で人を判断すると言っていたな?


では、アイツはどうなのだ!?




 ファーマはソファーから下りると、廊下のほうへ歩みながら言った。



いや、どうって言われても……




 なんとも歯切れの悪い返事だ。



 もしや明言をためらうほど、悪しき人間なのだろうか?



以前、人は外見を重視し、髪色だけで人間の良し悪しを見分けると言っていたな?


髪の毛自体がないということは、ヤツは相当な曲者なのではないか!?



いやいやいや、ハゲにも色々あるんや。

一概にヤバいとは言えへんよ



しかしおれは、ヤバいヤツか否かを見分けなくてはならんのだ

 



 大事なうちの子どもたちを怪しい曲者に渡すわけにはいかない――。



そうだ、こんなときこそ慈愛の目だ!




 イザベラは言っていた。

 猫を慈しむ気持ちが慈愛の目となって表れると。



 この男が猫に注ぐまなざしを見れば、事は明らかになるはず。



メデア、イソルダ。おまえたちはここにいろ。

相手が不審者でないとわかるまで、リビングに近づくんじゃないぞ



うん


了解、ニャウ




 おれは事実を確かめるため、里親候補者のもとへゆっくりと近づいていく。






 しかし相手がおれに気づくより早く、男のそばにいる人間たちが反応を示した。



 子どもと、女。

 二人の人間がおれに注目する。



あ~、シマシマ模様の猫だ~!



あら、大きな猫ちゃんね~




 するとようやく男がこちらに気づいて、おれのほうへ視線を注いでくる。



……



……



シャーッ!



なんで威嚇しとんねんっ!



あ、イカンイカン。

いつもの癖で威嚇してしまった……!




 野性味が抜けないのがおれの悪い癖だ。



 知らない人間に見つめられると、無意識に敵意を感じ、反抗せずにいられなくなる。



しかし、わからんなぁ……




 男の目は嬉しそうではあるが、慈愛の目かといわれると、謎だ。



 敵意はないが愛もない、そんな普通のまなざしにも思える。



あんまりジロジロ見たらアカンよ




 無遠慮なおれの態度を見かねたようで、再度ファーマがツッコミを入れた。



 その直後だった。



 新たに別の人間が登場した。



失礼いたします~




 突然玄関ドアを開けて、一人の男が入ってきた。



なにっ!? 

コイツも毛がないぞ!



あら、どうも~



こんにちは~



伯父(おじ)さん、もう「こんばんは」の時間だよ



ははは、そうだったね




 子どもらしき小さな人間が高めの声で言うと、髪のない男は穏やかに笑う。



 その佇まいに邪悪な気配はない。



みなさん、どうぞお上がりください



さぁ、こちらへ~




 オーハラとトラヒコが4人の訪問者をリビングへ案内する。



 その途中――



 通路にいたおれは、ふいに男から視線を注がれた。



……



気のせいか?


一瞬ヤツのまなざしに、慈愛を感じたような……




 それにしてもこの男、人間にしては声も挙動も静かだ。気配をあまり感じさせず、どこか飄々(ひょうひょう)としている。



 座卓を囲んで座ると、人間同士のやり取りが始まった。



 まずオーハラが向かいにいる訪問者たちに問いかける。



 おれはその模様を、ひとまずダイニングテーブルの下に潜んで観察する。



お越しいただいた方々は、全員寺住(てらずみ)さんのご家族なんですよね?



はい。

私を除く三名は、弟とその家族です



寺住(てらずみ)さんのご職業は、お寺の住職さんだそうですね



ええ、兄弟で僧をしております



兄弟でお坊さんですか。

珍しいですね~



よく言われます



お住まいは、お寺に住んでらっしゃるんですか?



寺の敷地内にある住居――庫裏(くり)というのですが、そこに住んでいます



庫裏、ですか?



見た感じは、普通の一戸建てとそう変わりはありません。

改装したので、和室より洋室のほうが多いくらいですよ



へぇぇぇ~、そこに4人で住んでらっしゃるんですか?



じつは我が家は三世帯住宅になっていまして、私の両親、弟一家、そして単身者の私が別々に住んでいるのです



三世帯と聞くと、大家族のような印象を受けますが



家族の人数は6人なので、たいして多くもないですけれどね



あら、そうなんですね



住居はおおむね独立したスペースになっているので、猫をお譲りしていただいた場合、里親希望者の私一人で面倒を見ることになります


ですが家を空けている時間の長いときなどは弟一家に世話をしてもらうことになるため、みんなで面談に参加したほうがいいと思い、こうして4人で訪問することにしました



ご配慮いただき、ありがとうございます



ねぇ、ぼくも猫ほしい~



ははは。

ほしいって言って、簡単にもらえるものじゃないんだよ



里親って、小さい子どもがいるとダメなんですよね?



いえ、そんなことありませんよ


どうしても無理そうな神経質気味の猫さんなどはお断りしていますけれど、うちでは基本的にお子様がいてもOKです



では、引き取り先に子どもがいても、問題はないのですね?



ええ。

昔わたしが暮らしていた家にも、猫がいたんですよ


あのときはまだ子どもで、5歳くらいだったと思いますが、猫と暮らした日々はかけがえのない思い出です


猫や犬、動物は飼い主にとって生涯気の許せる友となってくれますから、ぜひ子どものうちから触れ合ってほしいと思っているんです



たまに子どもが猫をイジメたなんて話を聞くと、ドキドキしちゃいますけどね



イタズラなどしないよう、親である私たちがしっかりと見張っていますので



ちゃんと猫を大事に扱わないとダメよ



はーい



……相変わらず、何を言ってるかサッパリわからん


だが、最後に現れたあの男が里親候補者らしいことはなんとなくわかったぞ



ちょっとちょっと!

ひと言、ええか?




 廊下からリビングをのぞき込んでいたファーマが、おれに呼びかけてきた。



あれはおそらく、危なくないハゲやで



危なくない?

では、危ないハゲとは何なのだ?



たとえば目に黒いグラサンかけて、(ふところ)に刃物隠し持ってるヤツとか



そんなヤツがいるのか



人間社会のハゲはな、善良なのと、そうでないのとで、きっぱり二極化しとるんや


これが猫やったら、善良オンリーゆうても過言やない


毛のないスフィンクスとかドンスコイとか、見た目のインパクトはすごいけど、性格のエエ子が多いって話やからな



よくわからんが、あの男は善良なハゲで、怪しい人物ではないということだな?



会話を聞いとる限り、たぶんそうやと思うわ



わしらも同感じゃ



うむうむ。

あの男には、悪しき人間の発する邪気というものがない




 ソファーの上で丸まっているアカリ婆とヒカリ爺が、眠たげな顔を起こして言う。



ふむ。

ふたりもそう感じるか




 おれは階段付近にいる子どもたちに視線を移し、問いかける。



メデア、イソルダ。

おまえたちは、どう思う?



テッカテカだね!


キノコの傘みたい、ニャウ



それはハゲ頭に対する感想だろう。

おれが聞いているのは、あの男を良いと思うかだ



う~ん、

いきなり聞かれても……


難しい、ニャウ……



では質問を変えよう。

おまえたちが里親候補者に希望する絶対条件とは、なんだ?



おいしいもの食べさせてくれる人! 


おやついっぱい食べさせてくれる人!



食い物のことばかりだな



あとは臭くない人がいい、ニャウ!


あっ、それ重要かも!



なるほど、ニオイか


だったら、試しにあの男のニオイを嗅いでみたらどうだ?



こっそり近づいてみろって?



うむ。

ヤツらは話し合い中だから、気づかれることはあるまい



やってみる、ニャウ




 メデアとイソルダは、そっとリビングに足を踏み入れると、里親候補者のもとへ忍び寄った。



 男の真後ろに肉薄すると、ふたりは鼻先を近づけてニオイをチェックし始める。



クンクン


クンクン



どうだ?



……


……




 なんとも言えない表情の子どもたち。



 その顔から、感情のすべてを読み取ることはできない。




 だが……




 急におれの気持ちは落ちつきを失った。




 腹の底からゾワゾワと虫が這いあがってくるように、奇妙な感覚がこみ上げていた。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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