第101話 お引っ越し
文字数 2,627文字
ロフトでの出来事の後、子猫たちのいる和室へ戻って家族と共にくつろいでいると――
伸びやかすぎる声を響かせて、オーハラ家に猫オタがやって来た。
オーハラたちはおれたちのいる部屋へ来ると、そのテントとかいう物を畳に置いて広げた。
布張りのテントには、所々に大小の穴が開いている。
大きな穴は、猫が出入りするには申し分ないサイズだ。
テントの中に入って待ち伏せするもよし、ひらいた穴を利用して外から奇襲をかけるのもよし。
遊ぶにはなかなか適していそうなシロモノではあるが……
イザベラはテントに近づき、鼻を寄せる。
イザベラは押し入れの板に跳び乗ると、慌ただしく毛づくろいを始めた。
気分を落ち着けようとしているのだろう。産後のイザベラはいつも以上に繊細で、子猫の動向に注意を払っている分、気疲れしやすいのだ。
おれは彼女の隣に行って、その横顔をそっと舌で撫でる。
小さな手足を精一杯動かして、ヒスイがおれのそばへ寄ってくる。
まだ言葉はしゃべれないが、小さな口をひらいて返事をする姿がなんとも愛らしい。
おれはヒスイの体に付着した抜け毛や小さなホコリを、丹念に舌で
涙腺崩壊気味の猫オタだけでなく、
オーハラはエプロンからスマホを取り出すと、それをおれたちに向けて撮影をはじめた。
人が集まり、子どもたちがテントを囲んで跳び回り、室内は陽気に活気づいている。
するとイザベラが気真面目な顔でポツリとこぼした。
イザベラは体を起こし、手前にいた子猫の首根を口でくわえて持ち上げた。
イザベラの口に抱えられたのは、次男のカンタだ。
……何を言っているのか、まったくわからん。
子猫を口にくわえているのでしゃべりづらいのだろう。
イザベラは顔をクイッと出入り口へ向けると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
動揺するオーハラたち。
おれはイザベラの後を追うことにした。
そばにいたヒスイをくわえて、イザベラの後ろについていく。
イザベラが足を踏み入れたのは、この家に来たときから使用している猫部屋だった。
壁に並んだケージの中にカンタを入れる。
いつもどおりの元気な声だ。
子猫の様子を見届けると、イザベラは引っ越し前より
ヒスイをケージの中に入れ、おれは微笑む。
目の前ではカンタとヒスイが互いに顔を寄せ合って、鼻チューの挨拶をしている。
廊下を足早に駆けて、メデアが猫部屋に入ってきた。
急ぎ和室に戻ろうと、部屋を出た矢先のことだった。
ピンポォ~ン!
ふいにインターフォンが鳴る。
外に誰かが来ているのは物音からして明らかだが……
返事をしながらオーハラが玄関へ向かう。
おれは廊下で足を止め、それを目で追った。
玄関からは、知らない人間の声が聞こえてくる。
階段の踊り場に佇んでいたアカリ婆とヒカリ爺が教えてくれた。
この家で暮らすようになって知ったことだが、人間社会では欲しいものを己の足で取りに行かなくても、自分のところへ運んでくれるサービスがあるのだという。
なんと便利なことだろう。
野良猫社会でそんなことができるなら、捕った獲物をすぐ宅配するだけで、どれだけの餓死者が減らせることか。
子の面倒を見る親の負担も減って、食料を奪い合う猫同士の争いも減って、いいことづくめに違いない。
宅配業者が去っていくと、オーハラたちは届けられた荷物をチェックしはじめた。
どことなく、食い物のニオイを感じなくもないが……
漠然と興味を惹かれて、おれは得意の忍び足で廊下を進んでいく。
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