第101話 お引っ越し

文字数 2,627文字





 ロフトでの出来事の後、子猫たちのいる和室へ戻って家族と共にくつろいでいると――



こんにっちわぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 


 伸びやかすぎる声を響かせて、オーハラ家に猫オタがやって来た。



奥方様たちがずっと押し入れ生活なのもどうかと思い、テントをお持ちしました!



あ、すごい!

子供用のテントだ



これ、どうしたの? 



IKENYA(イケニャ)で買ってきました!



あら!

わざわざ買ってきてくれたのね!



お猫様方が入ったらさぞかわいらしいだろうなぁと思ったら、もう商品を手にレジに向かっていたんですよ



あはは!

猫さんたちが使ってくれるといいね!




 オーハラたちはおれたちのいる部屋へ来ると、そのテントとかいう物を畳に置いて広げた。



 布張りのテントには、所々に大小の穴が開いている。



 大きな穴は、猫が出入りするには申し分ないサイズだ。



 テントの中に入って待ち伏せするもよし、ひらいた穴を利用して外から奇襲をかけるのもよし。



 遊ぶにはなかなか適していそうなシロモノではあるが……



 イザベラはテントに近づき、鼻を寄せる。



知らないニオイがするわ



気に入らないか?



知らないニオイを嗅いでいると、だんだん不安な気持ちになってくるのよね……



無理に入らなくてもいいのだぞ


イザベラが使わなくても、メデアとイソルダが興味津々だしな



なにこれ~! 楽しい~♪


待ち伏せもできる、ニャウ♪



そ~れ、パンチパンチ!


爪の餌食にしてやる、ニャーウ!



おおおおおおおおおっ!


姉弟(きょうだい)猫様たちは、さっそく使ってくれている……!



破壊されるのも時間の問題かもしれんがな……



ひとまずわたしは押し入れに戻るわね



ああ




 イザベラは押し入れの板に跳び乗ると、慌ただしく毛づくろいを始めた。



 気分を落ち着けようとしているのだろう。産後のイザベラはいつも以上に繊細で、子猫の動向に注意を払っている分、気疲れしやすいのだ。



 おれは彼女の隣に行って、その横顔をそっと舌で撫でる。



ありがとう、あなた



礼なんていいさ



ミャアミャア




 小さな手足を精一杯動かして、ヒスイがおれのそばへ寄ってくる。



そうか。

おまえもしてほしいか



ミャア♪




 まだ言葉はしゃべれないが、小さな口をひらいて返事をする姿がなんとも愛らしい。



 おれはヒスイの体に付着した抜け毛や小さなホコリを、丹念に舌で(すく)っていった。



あぁ……なんて尊い場面なんだ……っ!



感動して、涙が出そうになっちゃいそう!




 涙腺崩壊気味の猫オタだけでなく、桃寧(もね)も微笑みつつ瞳を潤ませる。



記念に写真に撮っちゃおうかしら




 オーハラはエプロンからスマホを取り出すと、それをおれたちに向けて撮影をはじめた。



 人が集まり、子どもたちがテントを囲んで跳び回り、室内は陽気に活気づいている。



 するとイザベラが気真面目な顔でポツリとこぼした。



そろそろ引っ越しをしなくちゃ



引っ越し?



猫も引っ越しをするのよ


同じ場所で子育てをすることはなくて、移動を繰り返しながら子猫を育てていくの



そうだったのか



この押し入れは安全そうだったから出産する場に選んだけれど……


やっぱり子育てし続けるには、ちょっと不満だわ



なぜだ?

適度な暗さもあって、壁に囲まれているから安全面も保たれていると思うのだが



人や他の猫たちが来るとね、余計に蒸し蒸しするっていうか、湿気がこもるのよ


空気が(よど)むと雑菌が繁殖しやすくなるし、子どもたちにもよくないでしょ



なるほど、たしかにそうだな




 イザベラは体を起こし、手前にいた子猫の首根を口でくわえて持ち上げた。



 イザベラの口に抱えられたのは、次男のカンタだ。



どこへ行くのだ?



ふぇおべあよ



ふぇおべ……?




 ……何を言っているのか、まったくわからん。



 子猫を口にくわえているのでしゃべりづらいのだろう。



……




 イザベラは顔をクイッと出入り口へ向けると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。



ああ、奥方様がっ……!



早足で出て行っちゃったよ……?



あらら、引っ越しかしら?




 動揺するオーハラたち。


 

 おれはイザベラの後を追うことにした。



ヒスイ、おいで



ミャア~




 そばにいたヒスイをくわえて、イザベラの後ろについていく。







 イザベラが足を踏み入れたのは、この家に来たときから使用している猫部屋だった。



 壁に並んだケージの中にカンタを入れる。



ミャー




 いつもどおりの元気な声だ。



 子猫の様子を見届けると、イザベラは引っ越し前より(ほが)らかな表情になった。



やっぱりこっちのほうがいいわね。

日当たりもいいし、空気も淀んでない



ならば、よかった




 ヒスイをケージの中に入れ、おれは微笑む。



 目の前ではカンタとヒスイが互いに顔を寄せ合って、鼻チューの挨拶をしている。



ミャアミャア


ミャーミャー



あ、カンタの瞳がひらいたわ!



おおーっ!



ミャーミャー



ムゥゥゥ……!


直視できないくらいかわいいな!



ふふふ。

あなたをそんな気にさせるなんて、子猫ってすごいわね



お父さーん! お母さーん!




 廊下を足早に駆けて、メデアが猫部屋に入ってきた。



どうしたのだ? メデア



まれの目もひらいたよ!



そうか、ひらいたか!



うん!



よかったわ~!

残るはミヌだけね



ああ、楽しみだな




 急ぎ和室に戻ろうと、部屋を出た矢先のことだった。




 ピンポォ~ン!




 ふいにインターフォンが鳴る。



 外に誰かが来ているのは物音からして明らかだが……



はーい




 返事をしながらオーハラが玄関へ向かう。



 おれは廊下で足を止め、それを目で追った。



 玄関からは、知らない人間の声が聞こえてくる。



何事だ?



宅配じゃ


宅配業者が家に来ると、なんらかの荷物が運ばれてくるのじゃ




 階段の踊り場に佇んでいたアカリ婆とヒカリ爺が教えてくれた。



ああ、なるほど




 この家で暮らすようになって知ったことだが、人間社会では欲しいものを己の足で取りに行かなくても、自分のところへ運んでくれるサービスがあるのだという。



 なんと便利なことだろう。



 野良猫社会でそんなことができるなら、捕った獲物をすぐ宅配するだけで、どれだけの餓死者が減らせることか。



 子の面倒を見る親の負担も減って、食料を奪い合う猫同士の争いも減って、いいことづくめに違いない。



コータたちだって、死なずに済んだかもしれない……




 宅配業者が去っていくと、オーハラたちは届けられた荷物をチェックしはじめた。



 どことなく、食い物のニオイを感じなくもないが……



 漠然と興味を惹かれて、おれは得意の忍び足で廊下を進んでいく。



いや、決して食い()に釣られたわけではないぞ



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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